若獅子たちの闘い
リュウ先生視点、イズ・バック。
なにやら後方が騒がしい。我らが総裁鬼将軍がなにやら主張している。かいつまんで整理すると、新たな戦力として花開いた者がいるようだ。それは大変に頼もしく喜ばしいことである。しかし今現在、私と士郎先生、そして陸奥屋一党にはあまり関係が無いことであった。
何故なら次々と現れる敵兵を、ことごとく葬らなければならなかったからだ。
まず私の前に、細い針金のようなレイピアという武器を手にした娘が現れた。フェンシング競技の選手のようである。ほぼ真半身の姿勢で私に挑んでくる。チラチラと散らすフェイントがうるさい。しかしそれでも、その偽装攻撃がすべて嘘ン子であることを、殺気で読み切っていた。
私は凡百の敵兵を蹴散らしながら、フェンシング娘が必殺の一撃を突いて来るのを待っていた。
試合慣れしている。苦杯を舐めながら研鑽を積んできた娘なのだろう。しかし、現実世界で腕試しをする機会のある競技に、負ける訳にはいかない。私などは腕試しの機会すら与えられていないのだ。
……攻防を繰り返している間に、疑問が生じる。もしかしてこのフェンシング娘は、私の隙を誘っているだけなのではないだろうか? 私の隙を誘って、他のプレイヤーにキルを取らせる仕事をしているだけではないのか?
……なめられたものだな、古流剣術。形骸化された形ばかりのものと思われているのか……。
残念だったな。他流派ならばその考えは正解だっただろう。しかし私は無双流だ。江戸時代の創立ではあるが、令和の御世でもいやらしく粘液質の光沢を放って生き延びている流派の使い手なのである。幕末の動乱という大舞台に躍り出ることはなかった無双流ではあるが、しかし。もしもというならそれだけの実力があったことだけは教えておいてやろう。
読者諸兄からすればフェンシングという武術は、真横を向いているため攻撃すべき面積が少なく、突き技中心という予備動作の少ない攻撃が主体であるため、難攻不落と感じていることかと思う。しかし、武術は武術。競技は競技。敵に勝たんとする気持ちは一緒である。攻撃動作に予告は無くとも、相対する者の気配は同じである。
ほれ、足かな? 一歩さがってかわす。そして引き小手で戦斧の防具を吹き飛ばす。……今度は腹だろう?
胴へ伸びてきたレイピアを弾いて、槍使いのスネを打った。自分の仕事が達成できずに、フェンシングの娘は苛立ち始めた。タイミング、正確性、攻め所、どれをとっても先ほどからくらべれば、格段に落ちている。攻めが雑になってきたのだ。
その小手を打った。防具が弾け、レイピアの娘は慌てて後退する。……今度は人影に紛れてキルを狙いにくるかな? 両手剣の戦士を、下から打ち上げてバンザイさせる。私の胴もガラ空きだ。そこへレイピアの娘が飛び込んできた。
しかし、半歩後退しただけでその突き技は無効。届いていないのだ。逆に彼女は死に体、私は大上段。面を打つ。袈裟に斬る。逆胴ももらった。その上で、さらに胴。信じられないという表情を残して、レイピアの娘は姿を消す。おそらくは不正無しに、『王国の刃』で豪傑格まで登ってきたのであろう。それだけの力量はある娘であった。
さて、豪傑格の集団も、私と士郎先生の二人であらかた甲冑を剥いでしまっている。トヨムたち、あるいはユキさんたちといった若い連中が、猟犬のように彼らを追い立てて、私たちの前に追い込んでくれる。そうでもしないと、敵の豪傑格は全員、敵前逃亡してしまうのだ。
こうした状況を打破するには、敵は英雄格、無双格といった上位プレイヤーが救出に来なければならないのだが、キルを取られるのが恥ずかしいのか、まったく前に出てこない。むしろ、東軍B陣地を占領している新兵、あるいは熟練格の連中が、トヨムたちを妨害しようと頑張っていた。
仲間の窮地に駆けつけないとは、それでも勝とうとしているのだろうか?
もちろん本丸を空けることができないのはわかる。しかし撤退から復帰している兵が数多いように。それらをまとめればトヨムたちを倒すことはできなくとも、妨害からの救出くらいはできるであろう。彼らは陣営の勝利よりも、自分の命が惜しいのだろうか?
キルを取られるのが、それほど恥ずかしいというのか?
しかしついに敵陣の復帰者が、占領していた東軍のB陣地に集結した。私たちとは比べ物にならない人数だ。そしてそれまでB陣地を防衛していた西軍が、私たちへと刃を向けてきたのである。白銀の髪に朱袴の剣士、そしてレスリングスタイルのグラップラーを中心に、敵が駒を進めてきた。
白銀の髪をした剣士は、息を飲むほどに美しい娘である。グラップラーも野の花のようではあるが、可憐であると言えた。どちらも群がる東軍新兵、あるいは熟練兵をなぎ倒して進んでくる。それを守るのは、ひのふの……十二人の護衛兵たちだ。これらも悪くは無い腕前である。
しかし……。
「リュウ先生、あちらの主力が出てきたみたいだぞ?」
「そうさな、士郎先生。どう見る?」
「若いな……」
「私もそう見た。……トヨム、あのグラップラーのお姉ちゃんと遊んで来い。包囲網は穴開きでかまわんぞ」
「じゃあ銀髪のお姉ちゃんはウチでもらった! ユキ、ちょうどいい相手だ。一手御教授願って来い」
ということで、私と士郎先生はホープ二人を差し向けた。これは一対一、誰にも邪魔されないタイマン勝負が面白いだろう。私は小隊メンバーに、士郎先生は鬼組メンバーに周囲を囲ませて手出し無用の陣を張った。あちらの護衛十二人も、一緒になって人垣を作る。手出しはしないという意思表示だ。
リング。
ボクシングでもプロレスでも、四角い試合場を輪と呼ぶ。その呼び名は、選手二人を見届人たちがグルリと輪になって取り囲み、試合場としたところが始まりとされている。
トヨムもユキさんも、白銀に髪の剣士もグラップラーの娘も、倒れるまで出られないリングの中にあった。
「天神一流剣士、白銀輝夜だ」
白銀の剣士は名乗った。
「草薙神党流、草薙深雪!」
名乗るなよ、本名。
「三条西流柔術本家、三条葵」
上方の流派だろうか? あまり聞いたことは無い。
「もと北星学園柔道部、藤平響」
私は群がる敵兵たちに呼びかけた。
「おい、ちょっとだけ休戦だ。面白いものが始まるぞ」
すると、やはり好きなのだろう。彼らは戦さの手を休めて、初めて見るであろう古流の闘いに目を向けた。いや、彼らだけではない。アナウンスが入って、この四人のタイマン勝負が宣告され、イベントそのものが一時中断されたのだ。
二万にのぼる参加者の行動が制限され、半ば強制的にこの一戦に目を向けさせられる。
ユキさんと白銀輝夜は下段。互いに歩み寄り一刀一足の間合いで中段に構えを移す。剣を交えて蹲踞、互いに得物の木刀は地面に置く。『学ぶ者』として、ユキさんの木刀が下になっていた。
両者蹲踞のまま指先を地面に着けて一礼。そこから得物を右手にする。まるで突き刺した肉体から引き抜くように、両者木刀を引き抜き間合いを取る。すでに立ち上がっていた。鏡で写したかのように、両者とも下段である。
あれだけ東軍の兵を蹴散らした白銀輝夜だが、ユキさん相手ではさすがに勝手が違うようだ。前に出られない。性格の違いなのだろうか? それとも適性とでも言おうか。ユキさんの守りは鉄壁に見える。適性というなら、白銀輝夜は上段に取った。火の位と呼ばれる構えである。
ふむ、白銀輝夜という剣士はそういう剣士なのか、と納得する。だからといって、ユキさんが攻めに転じるで無し。ユキさんはユキさんで、前に出られないのだ。攻め気の白銀輝夜は、すでに相討ちの覚悟を決めているのだから。
「面白ぇな、士郎先生」
「チッ……アレっぱかしの上段になにビビってやがんだ。攻めっ気を逆手に取ってやりゃあいいんだよ」
弟子の不出来に舌打ちしている。私は笑って、「ユキさんはまだ、アンタほどには達してないんだよ」と言ってやった。
グッ……白銀輝夜が殺気を重くのしかけた。しかし鉄壁のユキさんは動じない。逆にユキさんもまた、殺気を強めて白銀輝夜を圧倒する。面白い一戦だ。守りのユキさん、攻めの白銀輝夜。ユキさんを柔とするならば白銀輝夜は剛。柔よく剛を制すか、剛よく柔を断つか。
敵に合わせる柔軟性のあるユキさんが有利、と私は見るがしかし、その差は決定的とは思えない。白銀輝夜の剛剣にはユキさんを断ち斬るだけの力量があるとも見える。そうなれば、試合巧者がこの闘いを制するだろう。
立ち合いの経験というならば、ユキさんには草薙士郎という稽古相手がいる。そしてキョウちゃんもいる。はばかりながら、この私も相手をしたこともあった。では白銀輝夜は? 古流という狭い社会では、師匠以外の稽古相手に恵まれないという状況はままある。それを果たして白銀輝夜、克服できているや否や?
と、白銀輝夜が剣を振り下ろした。何もない虚空を斬って捨てたのである。まるで何かを見たかのように。それにつけこむように、ユキさんが出た。下から斬り上げる。白銀輝夜これを強引に防いで、無理矢理攻撃へと繋げた。ユキさんの太刀も変化している。
どっちが先だ!?
「チッ……つまんねぇな……」
いや士郎先生、これだけの相手に相討ちなんですから、褒めてやりましょうや。
「あ、あの! すみませんみなさん!」
律儀に謝罪をしながら、ユキさんは消えてゆく。白銀輝夜は苦虫を噛み潰したような顔で撤退していった。
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