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立ち合う

 私は初伝技を一本につき五回ずつ稽古した。初伝は十二本、のべ回数六十回になる。しかし五本目の稽古の途中で、トヨムが声をかけてきた。



「ね、旦那? そろそろカカシを叩いてみていいかい?」



 ふむ、何かを掴んだかのような眼差しだ。やる気を伸ばすのが私のやり方、当然許可する。もちろん自分稽古を中断してだ。

 トヨムは柔道の構え、両肘を脇腹につけて、リラックスしている。そして今回は腰を落とさず、柔道家らしく重心を正中に立っていた。しかも今回は下半身もリラックス。かかとを浮かせてヒザでリズムをとっている。


 軽く右足で地面を蹴って、それでも弾丸タックルのように速い! そして伸ばした左はそれより速い!

矢のように伸びた左はカカシの顔面を消失させた。Criticalの文字が浮かぶ。銀の糸を引く投げナイフのように、左が戻ってきた。それは左肩が引かれていることを意味する。つまり……。


 次に伸びるのは右!

 これはカカシの胴を破壊した。もちろんCriticalの文字が発生する。だがトヨムはこれだけでは終わらない。右肩を引いて、鎖に結わえた分銅のように伸ばす左フック!

これが兜を打ち砕いた。


 ……正直に言えば、たったあれだけのアドバイスでここまで拳が伸びるとは。まったく想像もしてなかった。しかし私は道場主、ここは厳しく有らねばならない。



「……トヨム、君は真面目に柔道だけやってた。って訳じゃないな?」

「ケンカとかはしてないよ? 単純にボクシングが好きだっただけさ」



 柔道家がプロレスを好むならわかる。総合格闘技でもいい。しかしボクシングが好きだとは……。



「アタイの家は貧乏でね、ボクシングジムやカラテ道場に通う余裕が無かったのさ。だから中学高校と、部活で柔道をやってたんだ」



 なるほど、部活ならばタダで格闘技が習える。しかしこれ以上立ち入ったことは聞くべきではないだろう。



「では次、セキトリ。やってみるかい?」

「おう!」

 と、こちらも元気がいい。



 例によって、『昇り龍』を斜めに抱えてまずは蹲踞。そこから頭を低くして立ち合いの姿勢。そこから突っ込む、ハッキヨイ! ドン! とカカシに強く当たり、その位置で頭突きを加える。カカシの兜はCriticalの文字を浮かべて破壊された。もちろんセキトリもこれでは終わらない。『昇り龍』でグッとカカシを押し込み、自ら間を拵えてから昇り龍のスパイクでカカシを打ち据える。



 前手のシゴキ、そして小指の締めで打つ、見事な一撃だった。短く持った得物でも、セキトリは打撃のコツを得たようである。



「……………………」



 私は天才の類を信じない。一に聞く耳。二に理解する頭。三に努力、努力、努力!

四に工夫。そして五に『良き師に巡り合うこと』と信じている。少なくとも古流はただ稽古すれば良いというものではない。ダメな稽古は流派の真髄から離れるばかりなので、やらない方が良いくらいだ。


 そこで一番重要なのが素直に聞く耳なのである。そして「このオヤジは何を言ってるのだろうか?」と考える頭が必要なのだ。その真意を解釈してから稽古を始めないと、間違えた技、モノにならない稽古ばかり続けることになる。そして目一杯稽古をしたなら、必ず行き詰まるときが来る。そのときには授かった『教え』を基準や物差しにして工夫をするのだ。そして良い師に巡り合うこと。これは人間一人の力ではどうにもならない。ということで、武術の神さまに自分が愛されているかどうか? が試されるときなのだ

もしも君が師匠に恵まれていないと感じているならば、悪いことは言わない。いますぐ『武』を捨てるんだ。きっと君はモノにならない。モノにならないことで貴重な時間を費やすのは馬鹿馬鹿しいことなので、月謝分だけお酒を飲みに行ったり美味しいものを食べに行ったり、女の子とデートする資金にすればいい。

 だがしかし、トヨムとセキトリは明らかに武術の神さまに愛されている。



 たったこれだけの、わずかな時間で私の伝えた技を私が満足できるくらいにはモノにしたのだ!

 逆に私が迷う。

 いいのか?

 ゲーム世界とはいえ未来あるこの二人に、精神修養などおためごかし、その実は生粋の『殺しの手段』でしかない古流を授けて。後戻りのできない人生を強要するようなことをしても……。


 友達がいるだろう。親兄弟もいるだろう。ともすれば彼氏彼女がいるかもしれない。そうした人々と袂を分かち、ただ修羅となる道を歩めと私に言えるのだろうか?

 とある航空探検家が山の難所に飛行機で挑み敗北を喫したとき、山が……山が笑っていたそうだ。そして今、私は感じる。武術の神さまが、迷い躊躇している私を、笑っているだろうと。



「どしたの旦那?」

「ワシらの技がダメダメじゃったかのう?」



 呆然としている私に、二人は気を揉んでいた。

 だから私は応える。



「お前ら天才かよ……。この当たりの教えはウチの道場で五年学んでもたどり着けないヤツらがゴロゴロいるんだぞ?」

「セキトリ、セキトリって天才なのか?」

「お互いツラ見りゃわかるじゃろ? これが天才のツラかいな!」

「まったくだ!」



 二人の天才はゲラゲラと笑っていた。どこまで底抜けなんだ、この阿呆どもは。

 だが、二人が天才と知れたならばこちらも馳走してやらねばなるまい。覚悟しろ、ここから先は流派を代表して御馳走責めにしてやるからな!

 私は木刀を握り直す。



「じゃあ模擬試合と行こうか、どっちが先に来る?」

「アタイ!」

「ワシ!」



 わずかにトヨムが早かった。ということで、拙者一手を指南しよう。



「いいか、これから見せるのが本物だ。しかもゲームだからケガはしないし死なない。だから俺は全力で行くからな」



 一人称が私から俺に変わってしまった。明らかに私の方がタギッている。いいか、無責任なこと言うようだが、俺に火を着けたのはお前たちだからな。悪いのは俺じゃないぞ?


 トヨムが前に立つ。私はひとりの剣士になっていた。

 いいか龍兵、目の前にいるのは天才格闘家だぞ? 屠らなければ、お前が殺されるんだ!

 木刀を中段にとる。




 トヨム……お前を……殺す!




 その決意と信念で切っ先をつける。

 明らかにトヨムはひるんでいた。おそらくその人生の中で一度も浴びたことのない『本物の殺気』を浴びているのだ。突撃攻撃を躊躇するのは当然のことである。


 しかし面白いことにトヨムは私と同様な殺気を放ってきた。いや、弱者であるトヨムがなんとか現状を打破しようとしているのだ。私以上の殺気かもしれない。

 古流の切っ先は剣道とは違い、鶺鴒の尾は使わない。ただ一途に、ただ熱心に、その必勝の信念を切っ先に乗せるのだ。



 タールのように粘りを帯びた空気が、道場を支配する。おそらくトヨムは手も足も、身体全体に粘るタールを浴びたように動けないはずだ。この殺気にもいささか段階があって、炎のように燃え上がる、弟子を引き上げる殺気。そしてトヨムたちのようなイカレた連中を相手にしたときのために、あらかじめ体験させておく殺気がある。


 弟子を引き上げるための殺気など、この二人はとっくに卒業している。コイツらもまた、私と同じでちょっと頭がどうかしている人間なのだ。

 その証拠に、トヨムはヒザでリズムを取り始めた。行くぞ、行くぞ! 右に左に、重心を置き換えるたびにトヨムから殺気が放たれる。


 私の手の内で、勝手に木刀が飛んだ。ビシリッとした手応え。トヨムの左拳が変形している。どうやらトヨムの左に、私の剣が反応したようだ。



「ふ〜〜ん……これが使用不能になった拳の感覚か……」



 稽古とはいえ、初のダメージ。おそらくヴァイブレーションを感じていることだろう。

 トヨムは模擬戦用のポーションを口にした。それから左手を握ったり開いたり。感覚は戻ったようだ。



「じゃあ旦那、こんなのはどうだい?」



 柔らかなヒザ、揺れる頭部。ポジションは私の正面。そこから狙いをつけさせまい、というのだろう。急速に頭を振った。「来る!」私の直感が告げた。

 バシーーン! 私の木刀が鳴る。トヨムの頭で鳴る。兜を使わぬトヨムは、四肢をピンと伸ばして前のめりに顔面から倒れた。



「おい、大丈夫かトヨム! 先生、やり過ぎぞい!」

「忘れたかセキトリ、ここはゲーム空間だ。アバターが失神KOされても、実体に害は無い」

「お、おう。そうじゃったそうじゃった」

「ということで、次はセキトリだが、どうする?」



 トヨムは仰向けに寝かされた。マンガのようなグルグル目をしている。これで、まったく実体に深刻なダメージが無いとわかる。

 そしてセキトリだ。



「おう、一丁カワイガってもらおうかいのう!」



 西洋式鎧武者が愛用の得物『昇り龍』を抱えて蹲踞した。そして得物が地面に着くほど頭を低くして……粘る……粘る……まだ立たない。そして互いの殺気も粘るように絡みつき……ハッキヨイ!

と飛びかかってきたのは、セキトリの幻。殺気が生み出した偽物。そして私も殺気の幻を放つ。


 それに反応して、セキトリは思い切り立ち合ってしまった。

 注文通り! 頭部をしたたか打ち据えて、二人目の天才を叩き伏せた。


 いい……! 大変に良い稽古であった。こちらが二人を存分にもてなすつもりだったのが、私の方が『ごっつぁん!』であった。文字通りの御馳走を堪能したような満足な気分で、ムクリと起き上がるセキトリを見た。



「お〜〜……これがゲーム人生二度目の退場かい……」

「どんな感じなんだ?」

「全身にヴァイブレーション、アバターを動かそうにも、全然動かんのじゃい。目も耳も効くんじゃがのぉ……」

「あ〜〜ようやく動けるようになったぞ……」



 トヨムも起き上がってきた。



「まだまだアタイたちじゃ旦那には敵わないな。次の一本はセキトリ、アタイとやるかい?」

「おう、望むところよ!」



 ということで若者二人はおじさんのことなど放ったらかしで、稽古場中央で向かい合った。


 しかしこれは面白い取り組みだ。私としても注目せざるを得ない。トヨムは直立、というか柔道の構えで拳はリラックスさせて、ヒザでリズムを取っている。セキトリは蹲踞、堂々とした巌のよう。得物の昇り龍はヒザに置いてある。


 ズ……巌が動いたような気がした。いや、見ずともわかる。蹲踞のまま、それでいてわずかな重心の移動だけでいつでも立ち合える姿勢をとっているのだ。片やトヨム、こちらも風の動きか水の流れかのように絶えず動き回っていて、掴み所がない。が、しかし二人とも殺気十分気合い十分。いつ立ち合ってもおかしくない気配であった。



 ス……と、トヨムの殺気が消えた。それはもう気配をすべて消してしまったかのように、いなくなってしまったかのように。

 誘われるようにして、セキトリが立った。そこを逃さずトヨムの左!


 セキトリの兜が弾け飛んだ。しかしトヨムの脇腹にも昇り龍の一撃が。読者諸兄は甲冑に守られているだけ、セキトリの未熟と判断するかもしれない。しかし私の判定はセキトリの上手と見る。

 確かに甲冑を身につけていないだけ、トヨムは不利な面があるだろう。しかしあれは重たくて、なおかつ動作を制限されるのだ。そんな甲冑を身につけておきながら、素早いトヨムの動きに対応できたのは、やはりセキトリの上手と言って差し支えないだろう。


 そして何よりも、甲冑を身につけていようといまいと、結果は結果だ。討ったのはセキトリ、討たれたのはトヨム。体格の大小、性別の男女など、勝負には関係無いのだ。そのトヨムが、アシをピンと伸ばし身体をくの字に折り曲げて倒れ込んだ。おかしなことに感心してしまうが、身体をくの字に折り曲げたトヨムは頭が地面に着きそうであった。


 トヨムの脚は平均よりも長く見える。それでありながら頭が地面に着きそうということは、おそろしいほど身体が柔軟だということだ。


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