星影きららの出口
【なおも星影きらら視点】
ボクの憂いが届いたのか、恭介兄さんも身を乗り出して聞いてくれた。
「うん、きららの言いたいことは分かった。敵の総大将は人心を操り、人々を死地へと誘う悪魔のような男なんだろうな」
聡明で助かるよ、恭介兄さん。
「だがきらら、鬼将軍という男がそんな悪魔だからといって、どうする?」
「へ?」
「鬼将軍という男がチョビひげの独裁者のような、人類として忌むべき存在だったとして、だったらどうする?」
「欲を言えばこの世から退場してもらいたいかな……」
「でもここはゲーム世界だ。なにをしたところで、世界に影響は及ぼせない。いや、現実世界だとしてもお前は鬼将軍に手をかけるのか?」
「……それは、しないかな?」
「そうだ、しないだろうしする必要もない。何故ならお前は配信者だからだ。知識人でも学者でも文化人でもない、配信者なんだ。配信者がするべきことは、分かるだろ?」
「配信だよね、わかったよ。ありがとう恭介兄さん」
「礼を言うのはこっちさ。俺もおかしいと思ってたんだ、オーバーズ・アイドルの異常な戦闘能力。うんえいから寝耳に水な『王国の刃』への出撃要請。付け焼き刃の斬れ味品評会みたいな六人制試合と、夏至イベントへの強制的な参加。全部この男、鬼将軍が仕組んでたんだって分かったからな」
「それが理解できましたところで、恭介お兄さまはどうなさいますの?」
「おう、きららにした質問を、そのまま明日香にされちまったぜ」
「ふふ、おどけてもこの質問は引っ込めませんことよ?」
あ、恭介兄さんの目がギラリと輝いた。
「そうさなぁ、この鬼将軍って奴からすれば、オーバーズ・アイドルの勝利ってとこまで筋書きはできてるだろうから……あくまで俺個人の願望なんだけどよ、みんな……」
そしていい年した大人が、イタズラを思いついたような悪ガキの顔になった。
「ひと泡吹かせて、目にモノ見せてやりたくねぇか? 『お前なんかの、思う通りにはさせねぇぜ』ってよ」
大笑いして手を叩いているのは、男の娘ヤシロくん。
反応が丸っきりの子供だ。
そして賛同してるのはヤシロくんだけじゃない、誤字脱字男子メンバー全員が声を挙げる。
「「「やってやろうぜ!!」」」
合言葉は『We will rock you』(目にモノ見せてやるぜ!!)に決定した。
決定したなら、何するどうする?
もちろん練習だ。
人生で一度も握ったことのない日本刀、とりあえず明日香戦法で一発クリティカルは出せるようになった。
だけどせっかくなら、せっかくカカシくらいは斬れるようになったんだから、これと組み合わせた技はできないか? みんなで工夫してみる。
配信で合同練習に出られない人も、配信後や空き時間に練習に来てくれた。
それを証明するための掲示板を、道場に設置しておく。
全員が毎日練習しているのがわかる。
誰が、どんな練習を、どれくらいしたのかを記入してるから。
逆に言うと、他の人の練習量を見て『アイツに負けるか!』って競争意識も芽生えてくる。
西洋剣術の先生をお招きしての、合同練習会。
ボクたちが顔を並べると先生方が、「お?」なんて言ってくれた。
「今回はみんな、随分と練習してきたみたいだね。顔を見ればわかるよ」
Vtuberの顔は、イラストに過ぎない。
だけどそれでも、自信に満ちた顔を見て取ってもらえるのは嬉しい。
リスナーさんの愚痴を言うんじゃないけど、Vの努力は伝わりにくいせいかそういった評価は稀だからね。
「よし、それじゃあ今日はとっておきの技を教えてあげちゃおうか!」
西洋剣術の先生は、あくまで気さくで親しみやすい。
「今日教えるのは、突きだ!」
はい、突きってあの突きだよね?
腕を突き出せばそれだけで技になるっていう。
斬るなんていう複雑な動作よりも、もっと簡単。
だから『ヤ』のつく自由業のオジサマたちは、斬る技を捨てて腰だめで突っ込んでくる。
「でもさ、そこはやっぱり『王国の刃』だし日本刀だからさ、ちょっぴりアヤつけてみようよ」
何度も繰り返すけど、ボクたちの先生は大変に気さくな先生だ。
まずは実演してくれる。
グンと前に出て、前足の着地と同時に腕を伸ばす。
「これが突き技だけど、正直に突きを出すと小手がねらわれる。それをどうにかする技なんだけど、まずは当たり前な突きを練習ね」
突き技、それがどのような光明を招くのか、誰にも分からない。
だけどそれしか、ボクたちにはできないんだ。
突いて、突いて、カカシに架けられた革鎧を破壊する。そして……。
「それじゃあそろそろ日本刀ならではの突き技に入ろうか」
明日香さんは西洋剣を構えさせられて、先生が日本刀を構える。
さ、突いてきてと言う先生。
明日香さんはレイピアで飛び込んだ。
そして……。
吹き飛ばされる、明日香さんの革鎧。
明日香さんの飛び込みと同時に、先生も前に出たのはわかったんだけど……何が起きたんだ!?
「今のが西洋剣術がもっとも気をつけないといけない、日本刀の操作方法だよ」
今度はゆっくりと、分かりやすく解説してくれる。
切っ先を交えた同士、そこから明日香さんが前に出てくる。
先生は日本刀を、わずかに横へ傾けて。
日本刀には反りがある、その反りをレールにしたかのように明日香さんの切っ先が、先生から反れて。
結果、先生の切っ先は明日香さんの胴へ。
明日香さんの切っ先は明後日の方向へと流されてしまった。
「これが日本刀の突き技。恐ろしいだろ? 突いているはずなのに、踏み込めば踏み込むほど切っ先が反れてしまうんだ」
敵の攻撃は必ず反れる、こちらの攻撃は必ず当たる。
うん、イイね。いかにもイマドキのリスナーさんたちが好みそうな技だ。
「他にもこんな技もあるけど、これは参考までに」
先生は日本刀を振り下ろす。
構えていた明日香さんの剣が擦り降ろされて、切っ先が床板に突き刺さった。
そしてお辞儀をしていたはずの日本刀は、素早く鎌首を持ち上げて明日香さんの喉元に噛みついて……そこは寸止めだった。