星影きららの憂鬱
【星影きらら視点】
何故この男は、ボクを見詰めているんだろう? これはたまたま? それとも半年も後のボクたちが、アーカイブを確認することを知っていて?
どうしてもボクには、後者にしか思えてならないんだ。
こんな画角の片隅みたいなところから、はるか未来の視聴者を睨んでいる男。
「明日香さん、この男は……?」
「えぇ、この方がアマチュア最強チーム『陸奥屋まほろば連合』の頭目、鬼将軍さんですわ。素性は割れていまして、総合企業ミチノックの代表で総裁。財界の鬼将軍などとも呼ばれてますのよ?」
「ああ、そうか……そうなんだね、わかったよ……」
ボクはこの男を倒すんだね?
いや、倒さなくちゃならないんだ。
この男を野放しにしちゃいけない、この狂気をふりまかせてはいけないんだ。
例えゲームの仮想空間であっても。
この男は毒だ。
人類を狂気へと、死地へと押し進める猛毒なんだ。
事実、奴の毒はオーバーズ・アイドルを取り込み、誤字脱字を飲み込んで世界中を惹きつけている。
ソナタ姉さんだって、『新しいゲームで配信しよっか♪』程度の軽い気持ちだったはず。
それがどうだ、モニターの中の天琴ソナタは身体に似合わぬ兇器を振り回し、敵を求めて戦場を駆け回っているじゃないか。
鬼将軍、この男は危険だ。
本当なら他人の目を見て話すことさえできないような、そんな人間さえも戦場へと陥れる。
人類を狂わせる猛毒なんだ。
年末イベント、陸奥屋まほろば連合対オーバーズ・アイドル。
参加者の顔をひとつひとつ確かめてみた。
嫌嫌プレイしている顔など、ひとつも無い。一般人も、アイドルも。
みんな嬉々として、この殺伐とした空間を楽しんでいる。
誰も彼もが、この戦闘を喜んでいるんだ。
……毒に狂わされて。
可愛らしい女の子たちがいる、Vtuberだ。
ごく普通のプレイヤーがいる、一般参加者だ。
およそ武器も戦争も似合わない、戦いとは縁のない人々のはず。
そんな人たちを狂わせているのが、この男なんだ。
「この男を……殺そう……」
「えぇ、彼を倒さずして勝利はありませんわ」
「これ以上、好きにさせちゃいけない……」
ボクの心は決まった。
ストップ・ザ・鬼将軍。
この男を止めるんだ。
「参考までに、鬼将軍が討ち取られた動画も視聴します?」
「え、負けてるの!? この男」
「王国の刃公式ルールでは勝ちですが、双方取り決めのルールでは一敗してますのよ?」
「なんだ、そんなに大した人間じゃないのか」
ボクも油断した。
この悪魔のような男も、苦杯を舐めているんだと。
甘かった。
制服姿に革鎧の少女たちが、突撃を繰り返す。
陸奥屋まほろば連合のネームドプレイヤー、あるいは達人とか災害とか呼ばれる先生方に阻まれ、押し返され、あるいはキルの憂き目に逢おうとも。
それでも剣を捨てることなく、得物を杖にしてでも立ち上がる。
「おかしいよ!」
「おかしくはありませんわ、きららさん。彼女たちは母校の廃校を賭けて、ミチノックに挑んでますの」
「だからって、こんな!!」
「始まりは単純、一芸に秀でていれば廃校は取り消されるのではという、生徒たちの可愛らしい考えから」
「……………………」
「それを聞きつけた『悪魔』が囁きましたのよ。我々を倒せば、誉れとなろうって……」
「……………………」
「結果、一発大逆転で勝利条件を満たし、廃校処分は免れたようですわね」
「違うんだ、そうじゃない……おかしいのは、普通の女の子たちが狂ったように、武器を手にして戦っていることなんだ!!」
「それが戦争というものですわ、きららさん」
駄目だ、ボクの持つ危機感が明日香さんに通じてない。
こんなところで言い負かされていちゃ、駄目なんだ。
「オーバーズの練習風景なんていう動画はありますか?」
藁にもすがるような思いで訊いてみた。
ある、と明日香さんは答える。
その練習風景というものが、ボクの思う通りなら、あるいは……。
素振り、素振り、素振り。
日本刀をかついでいた頃のオーバーズ・アイドルたちは、ひたむきに熱心に、ただ刀を振っていた。
そして試斬、カカシに向かって駆けていき、構えた太刀を振り下ろす。
殺陣のような華やかさは無い。
ただただ泥臭く、血の臭いが入り混じった練習。
これには誤字脱字メンバーたちも息を呑んだ。
「俺たち、こんなのと戦うのか……?」
「いいえ、今回の陸奥屋まほろば連合は、西洋武器を用いますので。ここまでの血生臭さは無いはずですわ」
「でもさ明日香ちゃん、なんでオーバーさんたちはここまで練習できるの?」
先輩の言葉に、すかさずボクは立ち上がる。
「すべてはこの男、鬼将軍がみんなを狂わせているからです!」
「まさかそんな……」
「ひとりの人間がみんなを狂わせる? それは無いだろ」
みんなは否定するけれど、結果はこの通り。
世界規模の配信者団体、『誤字脱字』と『オーバー』という二大巨頭が『王国の刃』というステージに集められ、血みどろの戦いへと引きずり込まれてしまっている。
誰も彼もが自らの意思と勘違いして、恐ろしい殺人兵器を担ぎ、人を殺すことのできる技を身につけて、戦場と敵を求めているのだ。
「わかるかな、この異常事態が。普段はあんなゲームこんなゲームで誰も傷つかない配信をしてたのに、仮想空間とはいえいつの間にか戦争に加担させられて、殺し合いの真似事をさせられてるんだ」
「だからなに?」
当たり前な疑問をぶつけてくるのは、男の娘Vtuberのヤシロくん。
「僕たちはリスナーさんのため、日々工夫を凝らして配信をしている。誰の意思でも彼の意思でも、リスナーさんのためならボクは戦争でも殺し合いでもするよ」
ヤシロくんには過去がある。
自分を大切にしないだけの根拠が、幼少期にトラウマとして刻み込まれている。
だから、怖いものが無い。
だけどここは、みんなの兄さん今回は大将の藤元恭介さんがたしなめてくれた。
「口が過ぎるよ、ヤシロくん。簡単に戦死志願なんて出さないでくれ、俺たちには君が必要なんだから」と。
「必要? それは駒としてかな?」
ヤシロくん、本当に心が荒んでいる。
だけどここでもう一人、オフで遊んだりコラボをこなしている虎一郎さんが口を開く。
「馬っ鹿野郎ヤシロ、友達とか仲間って意味に決まってんだろ」
その一言で、ヤシロくんもどうにか落ち着いてくれた。