一軍にもデキない娘はいた
翌日。
今日は一軍選手たちも稽古入り。
昨日のハエたたき稽古に参加してもらう。
さすがというか稽古の賜物というか、一軍の中にバッタ跳びをする者はいなかった。
それだけの実績と練度は重ねている。
ただ、ハエたたきのショットが力んでいる者がいた。
デキる女のメイさん、カモメさん、ソナタさん、ハツリさんだ。
別な言い方をすれば、剣道経験者の隊長さんとフィジカル魔神のニンジャさんは、「もっと力を抜いていいよ」というだけでどんどん良くなる。
打ち込みもう一歩の面々は理由が分かっている。
カモメさんは気合いと根性と精神力の人。
つまり力んでいないと死んでしまうタイプの人間。
デキる女のメイさんは、本来『普通の女性』だから。
ソナタさんは腕相撲は得意なのだろうが、器用な側の住人ではないから。
そしてハツリさんは……。
「力を抜くって難しいですねぇ……」
「……………………」
そうは言っているが、彼女もまた不器用村の住人なのだ。
これは珍しいことではない、現在の学生などにはよく見られる傾向なのである。
自転車で曲乗りまがいの真似はできても、砂利道を走ることができない。
専門で取り組んでいること、学んだことは私世代の人間よりもはるかに上手だ。
しかしそれを未経験のことに応用したり、不測の事態への対応というのは、かなりレベルが低い。
簡単に決めつけてしまうと、能力なり知識に幅が無いのだ。
井の中の蛙大海を知らず、されど天の高さを知る。
専門分野においてははるか高みを知れども、どうにも幅が無くなってしまっている状態。
それを応用が効かないとなじるのは中年の証拠。
専門分野において現代の若者は、私たちが小器用に生きていたのとは違い特化された生き方をしてきたのだ。
ハツリさんを弁護するならば、彼女は本来剣士ではない。
Vtuberなのだ。ハエたたきが下手なくらい、なんだというのだ。
「とはいうものの……」
その出来はあまりにも酷い。
カエルのようにピョコンと跳んで、着地してからボスッと叩くのだ。
こんなとき、カエデさんはどう指導したっけ?
記憶を探っていると、木魚と鈴が目に入った。
そうだ、これだ!!
さっそくハツリさんを呼びつける。
「ハツリさん、これをちょっと叩いてごらん」
そう言っていわゆるバチを与えた。木魚はすでに据えてある。
ハエたたきとは違って、ハツリさんは軽くポクッと叩く。
「もう少し軽く叩くと、もっと良い音がするよ」
「はーい、ポクッ♪」
「できるじゃないか、上手上手。じゃあハエたたきは?」
「はーい♪ べふっ!」
なんでやねん。
なんでやねんではない、彼女はハエたたきの柄を強く握りすぎているのだ。
もしかして、ハエたたきを使いなれてないのか?
片手剣を渡して、カカシを打たせてみた。
ピシッと鋭い打ち込みが入った。
それこそ、なんでやねんだ。
いや、こういうのが時々いるのは知っている。
途中経過すっ飛ばしていきなり高級な技を使える奴が、時々いるのだ。
ただ、その連中が努力をしてない訳ではない。
努力をしているがドンくさいのである。
色々と間違えて寄り道をして、横幅が広いくせに高みまで到達してしまう。
努力しても間違いがあり、それでもなお高みを目指してまた努力をする。
幅が広いから受け入れられる、受け入れられるから飲み込める。
飲み込むから高みへと近づくのだ。
試行錯誤。
これを繰り返すから、そうした連中は厚みがあるのだ。
ハツリさんは配信者として、古参の部類に入る。
アイドルさんたちのほとんどが、彼女を『センパイ』と呼んでいる。
TRY&ERRORなんぞはお手の物というところなのだろう。
「じゃあ今度は踏み込んで打ってみようか」
「わかりました、リュウ先生♪ エイッ、ぴょこん、ペチッ!」
だから、なんでやねん。
そしてそのとき、背後から木魚の音が。
割と力まかせに木魚を叩いているのは、ソナタさんだった。
この娘もまた、不器用人間のひとりだ。
「やあソナタさん、君も力みがちだったね」
「はい、ボクもハエたたきが上手くいかなくて。そしたらリュウ先生がハツリセンパイに木魚を叩かせてるじゃないですか。これにどんな意味があるんですか?」
「ハエたたきでビッタリ叩くと、ハエが潰れて汚くなってしまう。だから軽く叩く。木魚の柔らかな音も、軽く叩くから心和む音になる。片手剣も同じっていうことさ」
するとソナタさんは剣の手で木魚のバチを持った。
そこから軽く軽く……ポクッ♪
そら、良い音がした。
「何度も叩いて、その力加減を手の平に染み込ませるんだ」
そう、稽古は染み込ませるものだ。
本来ならば時間をかけてじっくりと。
自分でそのコツを発見して、モノにするまで。
そしてそうそうハツリさんだ。
彼女は仲間たちの足を見ていた。
足である、脚ではない。
それなのに彼女の視線が湿度高めに思えるのは、私の気のせいだろうか?
「で、足を見ているけどハツリさん。何か掴めたかな?」
「う〜ん……これはこれは『見てすぐに』とはいかないだけど……」
まずは垂直跳びをトントントーンと軽やかに。
この垂直跳びというのは肩の力を抜くのに適しているそうだ。
事実、ハツリさんの身体は強張りが消えている。
ハエたたきを取る手も、適した力加減だ。
そこから、スッ……。
音もなくステップイン、ピッとハエたたきでカカシをかすめる。
かすめたと思ったら、間合いを外すようにステップアウト。
もうそこに、ハツリさんはいない。
ステップイン、ステップアウトをハツリさんは繰り返した。
その度ごとにハエたたきで、ペッシペシと軽く軽くカカシを叩いていた。
「ただし、バンザイ剣道は直そうね」
ハツリさんの変身に、私は満足しながら告げた。
さらにソナタさん。
こちらも木魚の音色が澄んできた。
「じゃあ、動きながらハエたたきをしてみようか」
ハエたたきは重くないからね、と告げて得物を渡す。
腕力自慢のソナタさんだが、摘む程度の力でハエたたきを手にした。
鼻がくっつくような距離で、カカシの前に立たせる。
その場で垂直跳躍をさせた。
そしてハエたたきでカカシの顔を押さえ、後退……後退……。
ハエたたきが離れない距離で、停止。
「それがハエたたきの当たる間合いだからね」
「はい」
「そこからハエたたき同士の一足一刀まで」
後退、後退、止まる。
そしてGOの合図で、ソナタさんは飛び込む。
ピシッと良い音がした。
ソナタさんが力むのは、彼女が小柄なせいもある。
一生懸命飛ばないと手が届かない。
そんな意識にとらわれていたのだろう。




