特訓
「さて、各々方」
翌日私は世界の中心にいる女の子たち、つまりオーバーズ・アイドルの前にいた。
株式会社オーバーが用意してくれた、『立てた部屋』道場だ。
ここに本日は陸奥屋まほろば連合総出でお邪魔している。
ちなみに女子部護衛隊はフジオカさんが。、一般部は士郎さんが指導に当たってくれていた。
それぞれが担当を持ち、夏至イベントへと舵を切っている。
春の誤字脱字戦を経て、稽古の参加者が目減りしていた。
さすがに一軍メンバーもスケジュールが込み入っているのだろう。
その代わりと言ってはなんだが、普段出席率の悪いメンバーが稽古に来てくれている。
「ウチのアホったれがいらない約束を全世界に振りまいてしまったがために、私たちは次なる戦いで頼りないにもほどがある西洋剣を用いなければならなくなってしまった」
「あら、仰いますけど先生。この片手剣、私には使い勝手がいいですよ?」
クソガキ魔女っ子が、ピンと切っ先を振った。
うん、様になっているという思いと、あぁそうかいお前さん日本刀はキライかよという思いが交差してしまう。
「だって私たちは非力な女の子ですから、得物は軽い方が嬉しいわ」
火力のことがスッポリ頭から抜け落ちている辺り、二軍三軍の発想である。
しかも頭の悪い発想はまだ続く。
「余は和装じゃが、レイピアというものは似合うかも知れんな」
「洋装のお姫さまなら、なお似合うなのよさ」
いかん、見栄えばかり気にしている。
武器というものはそうではない、とりあえず火力は正義といって間違いないものなのだ。
それが『自分の配信衣装にはこの防具が似合う』とか、『こ〜おカラーでそろえてq…いないか』などと、かなり呑気な話題で盛り上がっている。
そんなアイドルさんたちの眼差しが、一点に集められた。
「みなさん防具のデザインで盛り上がっているようですが、我が軍の推奨装備は革鎧ですのでお忘れなく」
漆黒のマントをなびかせたカエデさんだった。
白地に青くウルト〇マン柄をデザインした、いつもの特製革鎧である。
それを見た女の子たちは、ホゥとため息を漏らした。
「さすがカエデ参謀、すごく似合ってるなのよさ」
「ありがとうございます、姫。ですがみなさんも稽古を重ねれば、防具の方が馴染んでくれますよ」
「でもアタシたちじゃそこまで着こなせないわ、そのブルーの地下足袋」
そっちかよ。
「私も地下足袋には慣れてなかったものですが、和服の稽古と思えば」
「おぉっ、目的地は『ヤマトナデシコ』ですか!?」
「どうりで歩き方が上品というかなんというか」
「う、道化師にゃ難しい目的地かも……」
「それでも初期の頃は、私も撹乱に囮と道化師役を務めたものですよ」
アイドルさんとしては設定上の役柄である道化師を語ったはず。
それをカエデさんは『王国の刃』におけるポジションで混ぜっ返していた。
「ですがカエデさま、わたくしに合う革鎧がなかなかありませんが……」
そのように嘆くのは、高身長にグラマラス・ボディ。
大人の色香を振りまくアイドルさんだった。
「心配いりませんよ卯月先生、隊長さんも艦長さんも防具をカスタムして調整しましたから。ちゃんとそのダイナマイツな美ボディは納まります」
「卯月先生のバストは良いとしても、参謀ちゃん?」
ご存知、艦長さんが疑問を口にする。
「なんだか艦長の片手剣、斬れ味がイマイチのような気がするんだけど?」
「イマイチどころではありません、ナマクラ以下に刃を潰してあります」
「なによそれ、艦長たちに死ねって言ってんの!?」
「いえ、今回はちょっとした実験で、下手に刃を立てるとか難しいことを覚えるより、鉄の棒で思い切り殴る方が効果的ではないかと考えまして。成績次第では刃のある剣も検討します」
刃の無い剣と知ってアイドルさんたちは不満そうだったが、カエデさんが「刃のついた剣は扱いが面倒ですよ」と教えると口をつぐんでしまった。
「まあ確かに、テニスのラケットか何かと考えればその方が扱いやすいかもね」
クソガキ魔女子さんの一言で、他のメンバーも納得してくれたようだ。
「それじゃあまずは構えから」
片手剣と両手剣とに分かれている。
そのうち小柄なメンバー、片手剣から。
真横を向くようなフェンシングの構えではない。
片足を後ろに引いただけの、いわば剣道に近い足。
前足は、剣を手にしている側の足。
剣を手にした拳は胃袋の高さ、切っ先は目の高さ。
それではレイピアの構えではないと仰る方もいようが、これはタイマン試合ではない。
集団戦のための構えなのだ。
それならば馴れていない横構えよりも、正面立ちに構えた方が良い。
「で、打ち方だが……」
「え、もう打つことやっちゃうんですか!?」
「あぁ、変に正しい打ち方とかゴチャゴチャ言っても仕方ないだろ? イベントまで、もう二ヶ月を切っているんだからドンドン打ち合いやらないと、間に合わないぞ」
具体的な数字、二ヶ月を切っていることを告げると、オーバー・アイドルたちの顔に改めて緊張の色が走った。
そう、あと二ヶ月もしないうちに彼女たちは、戦場へと駆り出されるのだ。
選手として選抜された一軍アイドルたち、どこか他人事として眺めていたことが、いよいよ自分たちの身に降りかかってくるのである。
「それじゃあみんな、剣道はその場に置いてこれを持ってくれるかな?」
「何なのよさ、この網アミ?」
「フェンシングの面にしては柄がついてるし……そもそも顔を隠せないわね……?」
うん、わかっていた。
蛍光灯ボクシングの説明をしたとき、一軍のソナタさんが蛍光灯の紐を知らなかったんだ。
『ハエたたき』なんて、知らないよね? そもそも東京にはハエがいるやらいないやら。
いたとしても殺虫剤を使うだろうし。
「これはかつてご家庭で大活躍した、ハエたたきという道具だ。片手剣の美味しいところは、ここに入っている」
「あ、おじいちゃんの家で見たことあります! なんの道具なのか分からなかったんですけど!」
「だけどこんな軽い道具で、片手剣を使えるようになるの?」
もちろん、と私は太鼓判。
まずはみんなをカカシの前に立たせる。
ダミー・カカシ先生は横に腕を広げた十字型、その腕に向かってそーっと腕を伸ばし、軽くペシッと叩いてみせる。
「今のが上手な片手剣の打ち方だよ」
当然のように、アイドルさんたちはポカンとしていた。