ゴールデンウィーク決戦
明日から春の大型連休、つまりその前夜だ。
アイドル一軍チームはすでに控え室にあって、ウォーミングアップに余念がない。
いや、高ぶる気持ちと緊張感を忘れようとしているのかもしれない。
カモメさんがその場跳躍から素振り、そしてその場跳躍を繰り返していた。
剣道有段者の隊長さんは剣素振りに没頭している。
ニンジャさんとデキる女メイさんは、一足一刀の間合いを確認しているのか切っ先を交えたまま動かない。
ハツリさんは姿見の前で片ヒザを着き、こちらも素振りを繰り返している。
そして小柄なソナタさんは。
椅子に腰かけ歌を口ずさんでいた。
三者三様、集中のしかたはそれぞれだ。
控え室の反対側では、それぞれのジャーマネさんたちが心配そうな面持ちで、担当アイドルさんを見守っている。
それしかできない、もうこの期に及んでできることは何もない。
「……勝てますよね、リュウ先生?」
ジャーマネさんのひとりが訊いてきた。
「相手のあることですから、絶対とは言い切れません」
「そんな、あんなに努力してきたのに!」
「努力は相手方もしてきているでしょう、それも『株式会社オーバー所属アイドルを叩きのめすため』に」
「そんな無責任な!」
「担当アイドルさんがかわいいのは分かります。ですが彼女たちは、勝負の場にのぼったのです。栄光を掴む権利があれば、一敗地にまみれる資格も有しています。絶対の強者など、この世には存在しません」
マネージャーさんは、唇を噛みしめた。
もう、何も言わない。
控え室には会場の様子を映し出すモニターがあった。
試合に出場しないアイドルさん、あるいは誤字脱字メンバーたちが歌って踊って会場を盛り上げている。
歌もダンスの振り付けも、今日この日のために稽古を重ねてきたものだった。
一軍選手の稽古相手を務め、配信もこなし、その上で歌やダンスのレッスンを重ねてきた。
こちらも真剣勝負だが、あちらも真剣勝負である。
アイドルである以上、あちらの失敗は許されないのである。
スタッフさんが入室してきた。
入場五分前を告げる。
試合会場の興奮は絶頂である。
団体の垣根を超えて、全員がひとつの歌を熱唱していた。
「株式会社オーバーアイドルさん、入場口までお願いします!」
スタッフさんの言葉に、六人は無言でうなずいた。
控え室を出る。
長い通路を渡り、静かに戦場へと足を進める。
「あの、リュウ先生?」
マネージャーさんのひとりが、小声で訊いてくる。
「入場前でに円陣を組んで、声出しなんてするんですか?」
「それで勝てるのでしたら」
「え!? やらないんですか?」
「あれは内に溜めた気を吐き出すので、よろしくありません」
ですので、ここから先ほどは口を開かぬよう、と付け加えた。
いよいよ入場口、アイドルさんたちは配信服にスネ当て手甲、革鎧に鉄を飲んだ鉢巻。
革鎧には角帯をきつく締め込んで、大小を落としている。
本当に誰も、一言も発しない。
発しないのだが、自然と黒マントのカエデさんが先頭に立つ。
最後尾は、私だ。
時計を眺めてタイミングを合わせて、3、2、1……花道への扉が開かれた。
壮絶なまでの圧力をはらんだ歌声に圧倒される。
そして、二軍三軍のメンバーたちがアーチを作って迎えてくれた。
「頑張れカモっ!!」
「隊長っ、あいつらまとめてぶっ飛ばせ!!」
「ニンジャ、ニンジャ、ニンジャ!!」
「デキる女は負けたりしないんだからな!!」
「ハツリちゃん!! ここで勝ったら女が爆上げだよ!」
「ソナタン! 気合いだ気合いっ!!」
熱い応援が注がれた。
しかし、私には分かっている。
誰ひとりとして白い歯をみせてなどいない。
眼差しするどく、試合場を見詰めて歩を進めているのだ。
試合場では、始祖アイドルの相川海さんが歌っていた。
株式会社オーバーアイドルたちのテーマソングだ。
その試合場へと、ひとりまたひとりとリングイン。
テーマソングを歌い切った海さんは、笑顔で手を振りファンサービス。
一礼のあとリングを降りた。
続いて誤字脱字代表の歌い手が、セリから上がってきた。
誤字脱字テーマソングは、すでに始まっている。
私は敵陣の入場口を見ていた。
どれだけ仕上げて来たのか、拝見させていただくためだ。
その誤字脱字サイドの入場口が開く。
女性ばかり六人、あちらも同じく普段の配信服に革防具。
そして手に手に片手剣や両手剣を携えていた。
仕上がりはどうだろう。
ひとりひとりの顔を見た。
仕上がっていることが見て取れる。
それ相応の稽古は積んで来たということだ。
誤字脱字サイドではなく、西洋剣術サイドとして見てみよう。
シルバーコンドル、スネークピット、ライオンズデンの三チームがW&Aに打ち負かされているのだ。
ここは指導にも力が入ったことだろう。
選抜選手たちの表情にも自信があふれている。
その選び抜かれた精鋭が、試合場へと登壇してきた。
株式会社オーバーが人気ならば、誤字脱字もまた人気である。
結果、会場が揺れるほどに足が踏み鳴らされ、大歓声が巻き起こる。
あちらもセコンドがついている。
マネージャーさんが六人と、長身の男。
奴が西洋剣術のインストラクターか。
うん、フィジカル面で優れていそうだ。
その指導員が、三人いる。
「リュウ先生、あの三人が指導員でしょうか?」
「おそらくね」
強そうとか弱そうといった批評などせず、カエデさんはアイドルさんたちを集めた。
「誤字脱字の六人は、おそらくバラエティに富んだ選手たちです。攻撃型、防御型、バランスの取れた戦法の三種類。通りいっぺんではいかないかもしれませんが、リュウ先生の技を信じて」
「コクリ」
やはり誰も、一言も発しない。
「では、先生から一言」
いきなり振るなやカエデさん。
だが、私の言葉はひとつだけだ。
「生きんと欲する者は死す! 死なんと欲するは生くる!! ならば征け!! なんとしても勝利をもぎ取れ!!」
「おうっ!!」
初めて声を発した。
これが吉と出るか凶と出るか。
それこそ『神の味噌汁』だ!
ならば征け!! 信念とともに!
乙女たちの鉢巻は日の丸印だった。
中には旭日旗を模した者もいる。
「令和の御世にヒノマルかよ」
思わず苦笑してしまったが、心意気は汲むことにした。




