やり難い相手
アイドルさんたちは、一様に「はえ〜……」という顔をしていた。
無理もない、居合の立ち技は知っているだろうが座技など知る機会すら無かっただろう。
まして片ヒザ着いた状態で動き回ることでさえ、つい今しがた知ったばかりなのだ。
「もしかしてリュウ先生……」
カモメさんが口を開いた。
「カモメたちにそれをやれと?」
「他に誰がやるんだい?」
「……またまたぁ♡」
「やれ」
ズバリ言ったのは士郎さんである。
「なに、そんなに難しいことじゃないさ。ヒザ着いたまんまちょこちょこ動いてチョイチョイ打って、ここぞってときにズバッと斬ってまた逃げるだけさ。難しいことはない」
「いや難しいから!! どこの達人技だよってくらいに難しいから!」
「心配いらねぇよ、お姉ちゃん」
カモメさんの肩をガッシリと掴み、その目をまっすぐに見詰めて士郎さんは言う。
「リュウさんがしっかり鍛えてくれる」
野郎、俺に丸投げしやがったな。
というか、全責任俺かよ。
思わず一人称が変わるほどの責任転嫁っぷりじゃないか。
「う〜〜ん、カエデ参謀が『人間性を失うくらい稽古してください』って言った意味がわかるなぁ……」
ソナタさんがボヤくが、それはちょっと違う。
人間性を失うくらいの稽古というのは、序盤の技術。
片ヒザついた状態で敵の刃に近づくことだ。
「まずはいろはのいの字、素早く相手の間合いに入る稽古。これをよくよく吟味、練磨しよう」
その間合いでの攻防、そして優勢を保つことに習熟する。
すべてはそこから始まるのだ。
「まずは大きなひと太刀など忘れて、軽い攻撃即座に脱出。これをしっかり身につけるんだ。そのためにも……」
ネームドプレイヤーたちを呼んだ。
白銀輝夜、ユキさん、キョウちゃん♡。
シャルローネさんと鬼組の忍者(本職)、それとトヨム。
「ダンナ、アタイ刀は本業じゃないよ?」
「ご謙遜、もうそれなりには使えるだろ?」
そう、トヨムも棒術杖術をはじめとして、それなりに無双流の稽古は積んでいる。
ネームドプレイヤーたちには、片ヒザ以上に立ち上がることは禁じておく。
それを立っているアイドルさんチームに討ってもらうのだ。
自分たちがこれから納める技が、どれだけやりにくい技なのか。
身を持って体験しておくのも悪くはなかろう。
もちろんネームドチームは、全員日本刀装備。アイドルさんたちは片手剣装備である。
両軍見合って……ゴング!!
接近からの接触、やはりネームドチームは慣れている。
抜群のタイミングで滑り込んだ。
ドン! という音とともに、まずはデキる女のメイさんが吹っ飛ばされた。
滑り込みと同時に、トヨムが突き技を腹に入れたのだ。
二合と打ち合わず、白銀輝夜とユキさんもアイドルさんを吹き飛ばす。
片ヒザ着いた体勢から強く踏み込んだ、体当たりのような突きだった。
そうなるとみんな、遠慮なく突き技でアイドルさんを吹き飛ばすかと思えば、忍者とキョウちゃん♡だけは突き技を喰らわさない。
「私としては、可愛らしい女の子ともう少し戯れていたい」
「俺としては女性を突き飛ばすなど、ちょっと……」
「うるせぇ、やれ」
二人の意見や主義は、鬼の士郎に却下された。
そう、技というものは食らってみないと分からない面がある。
遠慮は相手の成長を妨げることもあるのだ。
とはいえ、木刀を用いた型稽古などではこんな無茶はしない。
ここが成っていないぞと分からせるための『おひとつ』は、面や袈裟には入れず小手や胴に軽く入れるものである。
いや、胴突きでブッ飛ばしている時点で無茶もへったくれも無いもんだ。
それでも心折れずに立ち上がるのだから、Vtuberの根性は見上げたものである。
そういえばカモメさんが言っていたのだろうか。
根性だけで配信!続けて来たのだと。
だが無理はいけない。
稽古の段階で変な恐怖心を植えつけてはいけないのだ。
ネームドチームに『手心を加えるように』と指示をする。
「いーや、構いませんよリュウ先生!! もっとガンガンやってください!」
「師と仰ぐ物覚えの言うことが聞けんのか、バカモン! この稽古はぎりぎりまで詰めるものではない! あくまでやり難くさを知るためのモノだ、目的を見失うな!!」
「いらねぇこと考えるより、ほれ足を活かせ。軽い攻撃を忘れるな」
士郎さんも調子を合わせてくれる。
「そらそら、ここはお見合いパーティじゃないんだぞ!! 動け動け、手を出せ手を出せ!」
フジオカさんも協力してくれた。
「ンなこと言っても、クソッ!」
「カモメ先輩、タッグを組むでござる!!」
「そうだ、ハツリ先輩! ボクたちも!!」
当然隊長さんとメイさんも二人一組の体勢。
しかし二人同時攻撃は入らない。
逃げ道をふさごうとしてもダメ。
時間差攻撃も入らない。
実力差があるので無理もない話なのだが、それでもアイドルさんたちにとっては面白くない。
なにしろアイドルさんたちからすれば、攻撃できるのは頭部だけ。
しかもその頭部に打ち込み突き込めば、たちまち反撃を食らうのだ。
立ち技と座技、その差がどれほどのものか。骨身にしみて理解したことだろう。
カエデさんに目配せして、模擬戦を終了させる。
「で、どうだったかな?」
浜辺に打ち上げられた漂流者のように、ぐったりと崩れ落ちたアイドルさんたちに訊く。
「ど、どうにもこうにも打てばやられる、突いても斬られるで手も足も出なかったでござる……」
フィジカル自慢のニンジャさんが答えてくれた。
他のメンバーはみな、溺死者のように朽ちていたからだ。
「低い場所への攻撃が、あんなに面倒だなんて……」
溺死者が口をきいた。
「しかもそこしか攻め口が無いし、そこに乗っかると返り討ちに遭う。やり難い相手だっただろ?」
「考えてみたら、他にも攻撃できる場所はあるはずなのに……なんで頭ばかり狙ったんだろ……?」
「腕や肩は胴体と一体化して見えたんだろうね。頭だけは突出して見えるからだよ」
「くはぁ……みんなごめんね、ハツリはもう駄目です。……先に逝ってるわ、アデュー」
「よし、それじゃあ座技の稽古に入ろうか!!」
私が言うと、一軍アイドルさんたちはゲンナリとした顔をした。