抜いた居合
「ちょっと待っててね」
私はアイドルさんたちに言い置いた。
よもやの物覚えの良さだったのである。
そこで『災害先生』たちに相談だ。もう少し欲張って技を教えるか、どうか?
「良いじゃないか、教え込んじまおうぜ」
「いや士郎さん、技は覚えたが彼女らは戦闘は素人だ。模擬戦で技を熟成させてはどうだろう?」
勢いの士郎さんと模擬戦派のフジオカさん。
裁断は緑柳師範にゆだねることになった。
「お姉ちゃんたちがどれだけ使えるか、見てみたいのう」
ということで、アイドルさんの二軍三軍相手に模擬戦ということになった。
そのことを一軍メンバーに告げる。
「おおおっ!! 早くも模擬戦ですか!?」
隊長さんのノリは良い。
「いやぁ、カモメたちって優等生なんだな〜〜♪」
「まあハツリちゃんの実力からすれば、こんなモンでしょ♪」
言うまでも無いが、カモメさんとハツリさんも自信満々。
「リュウ先生、模擬戦の前により具体的な戦闘方法と作戦をうかがいたいのですが」
デキる女メイさんは慎重だ。そして……。
「できるかな、ボクたちに……」
「自信が無いでゴザルよ〜〜……」
腕相撲チャンピオンのソナタさんとフィジカルクイーンのニンジャさんは不安そうだ。
そんな訳で、六人に具体的な戦闘方法を教える。
が、ここでは読者諸兄にはお伝えしない。模擬戦本番の実況でお楽しみいただきたい。
それでは二軍のアイドルさんたちを発表。
犬さん猫さんキツネさん。
メイドのミナミさんに艦長さん、そして歌姫の流星さんだ。
全員得物は日本刀だが、今の今までカエデさんの指導により西洋剣術的用法を仕込まれていた。
こっそり盗み見たところでは、日本刀を片手剣として使って良し。
両手剣として使って良し、という指導のようだった。
「それでは模擬戦六分間1ラウンド! チェック……チェック……チェック……ゴング!!」
レフェリーのカエデさんによる合図で、両軍が飛び出した。
ほんの数秒で間合いは接近、そして……切っ先が交わった。
今っ!!
スライディングするようにして、一軍メンバーは片ヒザを着いた。
同時に霞の構え、二軍メンバーたちの切っ先は正中線を外される。
そのまま腕を伸ばせば胴突き、成功した者失敗した者といたが先制点を奪取。
そこからは芋の子を洗うような接近戦、チョンと突いてチョンと小手を打って、一軍メンバーはポイントを重ねてゆく。
「打ったら動く、突いたら動く!!」
士郎さんの熱い檄が飛ぶ。
攻撃が命中してもしなくても、攻撃のあとはすぐに間を外せ。
それもワンステップでは駄目だ。ツー・スリーと左右への移動や方向転換を繋いでゆけと指導してあった。
そして別な意味でのツーマンセル、二人一組の意識。
自分の相棒はどこにいるか、それを意識して戦うこと。
そうでなければ芋の子洗いの接近戦では、仲間の退路をふさぐことになってしまう。
二人一組という動きでは、さすが息の合ったプレイを見せるアイドルさんたち。
仲間の邪魔にならぬよう退路を築いている。
そして低い姿勢と霞の構え。
敵が斬りつけたくなる高さに頭を維持して、霞でその頭を防御。
即座に反撃、間髪入れずにだ。
ちょこんと敵が攻撃してくれば、まず刀の棟で軌道を逸らす。
余裕のある者は敵の刀を巻き落とす。
そして下から敵の小手におひとつ。
欲張ってもうひとつ突き技などもちょこんと。
立っている者と片ヒザ着いた者との戦いは、なんと片ヒザ着いた者たちが圧倒的にリードしていたのだ。
私としてはホクホクというところである。
いや、私だけではない。緑柳師範も士郎さんもフジオカさんも、揃って満足げな顔をならべていた。
「止め! 時間です」
カエデさんの号令で、模擬戦終了。
ポイント差は圧倒的であった。
ノーキルバトルではあったが、ユナニマス・デシジョン。文句無しの判定勝ちである。
カエデさんは負け役となった二軍メンバーを労った。
私は私で、『災害先生』たちに「いかがだったでしょう?」と、おうかがいを立てる。
災害三先生たちは、満足顔で親指を立てた。
「さてそんな次第であるので、私としては欲張って一軍のみなさんに、もうひと技授けてみたいんだけど……どうかな?」
「どんな技ですか!?」
カモメさんの食いつきは早い。
入れ食いというか、麩をばら撒いた池の鯉というか。
私は左ヒザを着いて見せた。構えは青眼、刀身を水平に取った構えだ。
そこからかすめてに取るかのように刀を持ち上げる。
棟は自分に、反対面を相手に。もちろん焼いは上向き。
頭を完全に防御したなら、高さを変えずに横移動。向いている方向も変化して、一刀両断の斬りおろし。
丁寧に文章を読まれている方は、いまひとつピンと来ない動きだっただろう。
改めて丁寧に解説させていただく。
まずは青眼で敵と正対、正面対正面の位置。このとき右ヒザは立っている。
敵がメンバーへ斬りつけてくる、刃を上に私はそれを受け止める。
切っ先は右、拳は左側。
受け止めた瞬間から左ヒザは旋回、足を左側へ移動させる。
動作の根拠は右足の踏ん張りだ。これで左ヒザ中心に方向転換するのである。
刃で受けた敵の太刀を、胸に伝わせて受け流し。
受けられるという状態は、敵がこちらの太刀に寄りかかっているという状態。
それが切っ先まで流されて太刀が外れるというのは、足場を失うということ。
つまり受け流しが成功すると、敵はつんのめる、よろめいてしまうのだ。
さあ、敵はバランスを崩したぞ。
右足の引きつけを完了して、技は死地を脱出。
引きつけた右ヒザを着いて左ヒザを立てて、脇構えと同じ軌道を通した大きなひと太刀を浴びせる、という技である。
雑な描写で済ませるなら、受け流しからの横移動。
そして大きく振りかぶったトドメのひと太刀、というところだ。
「もちろん、大きく斬ったあとは隙も大きくなるから素早く霞の構え。そしてコツコツとまた移動。間合いを外したり、正面対正面を避けたりだ」
「あの、リュウ先生……これは……」
デキる女メイさんが気づいたようだ。
「そう、これは抜いたあとの居合だよ。なんちゃって居合は、以前みんな〜い教えたよね? 居合は素早く抜くだけが技じゃないのさ」
居合には立ち技と座技がある。
立ち技はみなさんの御想像の通り、立った状態で抜いて斬って納めるもの。
それに対して座技というのは、正座などから片ヒザなどの状態で抜いて斬って納める。
立ち技でも座技でも、移動や変化というものはある。