特訓
リュウです。
毎度おなじみやって来ました、株式会社オーバーの特設道場。
つまり一般人は入室できない、いわゆる『立てた部屋』。
やはり他団体『誤字脱字』との一戦が気になるか、配信をしていないメンバーのほとんどが集まっていた。
当然スタッフさん、ジャーマネさん、御大山郷社長に陸奥屋まほろば連合のネームドプレイヤー格以上も顔を連ねている。
そして当然のように、緑柳師範を筆頭とした四大『災害先生』という面々。
普段は笑顔のアイドルさんたちも、さすがに場の空気を察してか、緊張の面持ちであった。
「さてそれじゃあ、稽古を始めようか」
全員正座、正面に礼。先生に礼、お互いに礼。
それからウォーミングアップ、まずは全員日本刀装備で正面からの斬りおろし。
面への斬りつけ、右袈裟左袈裟。脇構えからの大きな斬りおろし。
続いて面小手をつけてお互いに斬り合う、間合いに慣れるための基本稽古。
斬ってくる相手の攻撃を、受けて反撃という基本技の反復。
さすがに思い切り斬らせても、クリティカルヒット……つまり防具破壊には至らない。
まあ、当然といえば当然だ。
彼女たちの現状は、いわゆる『功夫が足りていない』というレベルなのだから。
そしてここで、いつもとはちょっと違う技も伝授。
「受けてからの反撃を軽くチョンと当てて、サッと間合いを外す稽古もしておこう」
これは緑柳師範監修、私たちで考案した戦法である。
対西洋剣術対策の一手だ。
すでに読者諸兄にとってはお馴染みとなっているだろう。
チョコチョコとポイントを稼ぐ反撃は、主に小手打ちが多い。
やはり一番当てやすい、一番ポイントを稼ぎやすい攻撃だからだ。
アイドルさんたちの集中力も高まって来ているようだ。
古武道という世界が身体に染み込んできたのだろう。
目つきが変わって来ている。
そこでいよいよ本日のメインディッシュ、対『誤字脱字』戦法の伝授である。
これからそれを授けるよ、と宣言をするとアイドルさんたちも目を輝かせた。
やはり必殺技とか秘密兵器というものは、男女問わず心ときめかせるものがあるのだろう。
しかし必殺技というからには、習得が楽ではない。それ相応の試練が待っているものだ。
「まずは中段に構えて」
アイドルさんたちに構えを取らせる。
「その構えた姿勢で、蹲踞」
いかん、アイドルさんたちはしゃがんでしまった。
一度立たせる。
「蹲踞したとき、お尻をカカトに乗せちゃダメだ。蹲踞というのはしゃがんでいるのではない、低い姿勢で立っている、構えているんだ。間違えてはいけない」
ということで、もう一度蹲踞。
姿勢の厳しさに、みんなぷるぷると震えている。
技も鬼ではないので、いつまでもそんなキツイ姿勢は取らせない。
「じゃあこの低い姿勢のまま後ろに歩こうか」
悲鳴があがった。
それはしゃがんで楽をしていた証拠だ。
だからアドバイスをする。
「蹲踞のときにお尻を浮かしておけば、そんなにキツくはならないよ」
素直に従ったのは、剣道の有段者である隊長さんであった。
あ、ホントだ。と表情が明るくなる。
ニンジャさんもすぐにできた。
できない者には再指導。
「まずは正しい構えを取る。そこからまっすぐに上半身を沈めて、蹲踞でしゃがまない」
次にできたのはソナタさん、体重が軽そうだ。
要領を掴んだか、デキる女のメイさんも成功。
ただ、ヒザの悪い人は無理そうですねと感想をもらす。
「選抜メンバーの中に、ヒザの悪い者はいないよね?」
メンバーの中にはいなかった。
しかしそれ以外では、冗談混じりに「あだだっヒザの軟骨成分が」などと言ってくじける巫女さんもいた。
軟骨成分ではない、それを言うなら軟骨組織だとツッコミを入れておいてあげる。
カモメさんにハツリさんも、どうにか要領を得たようだ。
蹲踞までは。
蹲踞まではと言うからには、歩くことができない。
「そうだね、立ったばかりの子にいきなり歩けは無いか。まずはさらに蹲踞を仕上げよう」
蹲踞というと未経験の方は、お相撲さんのようなヒザを開いた脚の形を想像するだろう。
剣の蹲踞は、右足が足半分くらいは前に置かれる。
少し右ヒザを出した構えなのだ。
「ヨシヨシ、それじゃあ向きを変えようか」
左を向く。
これもみんな出来た。
右に向くのも全員成功。
「今度はちょっと難しいぞ。右足重心にして空いた左足をスライドさせる。爪先が右カカトを越えるくらい」
それから方向転換一八〇度。
よろめいたりヒザを着く者も出た。
そうしたもう一度には、片足重心を徹底させる。
「なんだったら振り向いたときにヒザが地面に着いても良いからね」
ヒザを着いてそこを支点に動いたら、膝行という移動方法になる。
上級者に対して立って歩いて近づくと、『頭が高い』となる。
そうならないための歩き方だ。
とにかく、頭を低くして移動する。
それが西洋剣術対策なのである。
その答えは、以前言っただろうと思う。
姿勢が低ければ敵の攻め口は頭しかなくなるからだ。
どうぞ頭を斬ってください。
そうした考え方が日本古武道の思想なのである。
サムライ剣術だから強い。
なんだか分からないけど最強。
そんな安っぽいものではない、武士の戦闘は。
これを差し出します南無八幡大菩薩。
故に勝利を。
我の勝利にのみならず、藩の軍の勝利を何卒。
我が身命を差し出します故。
そう、個ではなく公。
それを信じて疑わず、すべてを差し出してこそのサムライなのだ。
己の立身出世のため戦場へ出るも、悪とは言わぬ。
しかしそれでも、諸兄の尊敬するサムライというものは、かくあるべきものだろう。
それを尊敬で終わらせるのか? それとも我も征くと小舟で乗り出すのか?
いや、あーだこーだの理屈はよい。
とにかく技を先に進ませることだ。
いよいよ本格的な技に入る。
中段の構えから蹲踞。
後方へ片足を踏み出してからヒザを着くか着かぬかにして、後足重心。
前足を後ろへ引きつけて、構えを霞に変える。
「敵よりも低い形に入る。これで頭を守っていれば、敵は一瞬躊躇する。そこを……」
霞の構えのまま前へ。
前足のヒザを着きながら、胴への突き技である。
「普通に構えたところから低くなるも良し、最初からこの形で攻め込むも良し。状況に応じて選択してみるといい」
前足のヒザを中心に右ないし左へ方向転換すれば、デスゾーンから脱出することもできる。