ファーストコンタクトを制する
ゴングさえかき消されるような大歓声の中、全世界注目の西洋剣術対日本剣術。
いよいよ決戦の火蓋が切って落とされた。
ライオンズ・デンの六人は勇ましく突撃、対する『W&A』のメンバーは落ち着いた様子で鞘を抜きはなっている。
静々静と正中線も頭も乱さず歩を進める。
構えは下段。待ちの構えだ。それでいて戦気は横溢、悪いクセの一撃必殺な気迫がみなぎっている。
とはいえ。
「これだけ気合いが入っていたら、もっと突っ込んでいるはずだが」
「W&Aにも考えがあるんでしょうね」
私のとなりでカエデさんが言った。
「そうだね、姉ちゃんたちに油断はないよ」
反対隣で観戦しているトヨムも太鼓判だ。
「見てみぃ、リュウ先生。西洋剣術の連中、勢いがよかったのに足を止めよったぞ」
私の前でセキトリが指差している。
「こちらまで殺気が伝わってきますぅ」
セキトリのとなりのマミさんにも、その気迫が伝わるようだ。
「ほほう、そう来ますかプロチーム♪」
反対隣のシャルローネさんは楽しそうだ。
「シャルローネさんはW&Aが何を狙ってると感じる?」
「カウンター攻撃でしょうねぃ、隠すはずのここ一番を最初から見せびらかすだなんて、ライオンズ・デンも油断ならない相手みたいですよぅ♪」
「だがなシャルローネ、一度足を止めたインファイターなんて、そんなに怖くないものだぞ?」
トヨムも意見した。
だからこその、見えない攻撃。
先んじた足止め作戦なのだろう。
空手、柔道、剣道剣術。
懸命なる読者諸兄はすでに疑問を抱いているかもしれない。
日本武術は『後の先』で構築されているのだ。
それは何故か?
『後の先』こそが必勝の手、『後の先』こそが最強だからである。
あくまでも観念としての理想ではあるが。
そんなの勢いで押し潰されるじゃん、ナニ言ってんのリュウ先生?
そんな意見ももっともだ。
事実、真剣勝負としてもっとも信頼し得る、日本プロボクシング。
その歴史において抜群のテクニシャンが、勇敢なファイターの勢いに飲まれてマットに沈んだ事例は、枚挙に暇がない。
しかし、私は今述べている。
『勇敢なファイター』と。
そう勇敢なファイターというものは返り討ちに逢う可能性が高いのだ。
攻撃は必ず防御の隙を生む。
そこを突くのが武術なのである。
武術……武道のようなスポーツ性は、そこに無い。
勝てば次で殺されるかもしれぬ、敗ければその場でだ。
ならば隙を生まぬことこそ上手。
自然と後の先を選択することになる。
ただし、ここは草薙神党流を例にあげさせていただく。
気迫、気合い、根性と精神力。これをもって敵を押しに押して押しまくり、相討ち上等とばかりに敵の首を鋸引きにするのもまた、サムライ剣術の方針でもある。
転じて西洋剣術ライオンズ・デン。
草薙神党流ほどの気合いと根性と精神力は備わっていなかったようである。
W&Aの気迫に足止めされてしまった。
「仕方ないよ、ダンナ。あいつらみんな優しい顔してるじゃん」
トヨムの評価だ。
確かに、トヨムやライのような『飢餓』を感じる顔つきではない。
平成しか知らぬ、あるいはバブルの楽しんだ顔でしかない。誰かに守られるのが当然、保証されるのが当たり前という顔だ。
どうも具体性に欠ける話ばかりしてしまったようだ。
下段の構えでライオンズ・デンの六人が足止めされた理由を、具体的に述べよう。
下段の構えは転じて、もっとも攻撃的な構えだからだ。
以前私は構えた刀よりも下方は、見えにくいと述べたことがある。
下段に構えたなら、その死角がなくなるのだ。
わざわざ構えなくとも、隙が無くなるではないか。
そしてもう一点、下段に構えたならば敵は面に掛かりたくなるだろう。
敵の攻めの手が読めるのである。
そしてその面すら守らない下段の構え、それ即ち攻撃一辺倒ということになる。
出て来たならば、斬る。
それも一撃必殺の太刀ではない。
ライオンズ・デンを始めとした西洋剣術がもっとも忌み嫌う、軽い斬撃浅い手傷を負わせる太刀なのだ。
『飢餓の太刀』を振るう者であれば、それを気迫で押してくるだろうが……。
トヨムの評価の通りライオンズ・デン、損得の算盤を弾くタイプのようだ。
そしてW&A、技は軽くとも気迫だけは必殺の気構えでいるのだ。
ジリ……豊かな髪を結い上げたポニーテール。
剣豪の雰囲気をかもし出すライが、にじり出る。
「くっ……気迫で負けるなっ!!」
「おうっ、押し返せっ……!!」
そして踏み出すひと足は、不用意過ぎた。
ライの斬馬刀が、手槍をすくい上げる。そのまま鍔迫り合いに押し込んだ。
試合が一気に動き出す。
さくらさんの手槍が、鍔迫り合いの敵を軽く突く。
そして素早くロングソードの攻撃を受け流した。
そこへモヒカンとモンゴリアンがなだれ込んだ。
体格まかせに三人のロングソードへのしかかる。
なるほど、ロングソードを持ち込んでいるだけあって、敵も筋骨隆々たくましい選手ではある。
しかし我らがモンゴリアンとモヒカン、一般人とは呼びにくい体格。
有り体に述べるならば、どこの団体のプロレスラーよ? という二人なのだ。
ちょっとやそっと他人よりもデカイというのでは、到底勝負にはならない。
好機はここぞ。
残るメンバーも襲いかかった。
まずはライ、斬馬刀の小さな打ちで敵の小手にダメージを与える。
さくらさんは胴に、ヨーコさんはスネ当てに。
一番人気のヒカルさんは霞の構えで敵のレイピアを反らし、そのまま体当たりのように突っ込んだ。
敵の胴に突き技、ダメージを与えて帰還する。
さっと戻ってきたW&Aメンバー、全員が無傷であった。
対するライオンズ・デン、先制点を許してしまい不安をはらんだファーストコンタクトである。
ライオンズ・デンとしては予想外の立ち上がりか?
本来ならば先制点は我々の方なのに、という思いが顔に現れている。
そして私は知っている。
ポイント先行のアウトボクサータイプは、先制点を許してしまうと無理な突っ込みをしてしまいがちになるのだ。
それまでのスタイルでは踏み込まれることは、目に見えている。
だから自分が前進して、敵を後退させたいと考えるからだ。
カエデさんならば、この状況をこう言うだろう。
『負のスパイラルで負け確定』。