座学
さあ、両軍の激突だ。
しかし理合軍団は、まだその術が身体に染み込んでいない。
おそらくは思う通りにはいかないだろう。
両軍ともに二人一組の原則を守ろうとしている。
ならば数の多い側が圧勝するはずだ。
しかし理合軍は上手に動けない。
私の予想通り、そうは問屋が卸さないという感じである。
フィジカル軍は自由自在、とにかく数の不利を覆そうと動き回る。
我らが理合軍はなかなか追いつけないでいた。
「う〜〜ん」
と唸るのは、鬼参謀のカエデさん。
「上手くいきませんねぇ。身体に染み込んでいないんでしょうか?」
「そうだね、古流の動きや発想は、現代人には難しいかもしれない」
「いえ、そちらではなく」
ほ? どういうことかな。
「二人一組が、です。古流フィジカル関係なく、これだけの人数差があればもっと上手く立ち回れるはずです」
そう、フィジカル軍全滅まで一分とかからない。
カエデさんはそう言った。
「二人一組という状況がどれだけ有利か、一度お勉強会が必要かもしれませんね」
何故二人一組を推奨するのか。
それを用いてどうなりたいのか。
結果、何を目指すのか。
「そういった面を具体的なイメージとして持ってもらわないと、せっかくの二人一組も机上の空論だと思います」
しかし、陸奥屋まほろば連合では砂漠に水を落とすがごとく、ナチュラルに、ごく当たり前のようにその知識は身についたはずなのだが。
「彼らは生粋の戦闘民族ですから。一般的な常識が身に着かないのと反比例して、戦闘知識は飲み込みが早いんです」
そんな、バーサーカーの集団じゃないんだから、と言いかけてやめた。
思い当たる節があり過ぎたからだ。
とりあえず戦闘は、どうにかこうにか理合軍が数で押し切った。
辛くも勝利というところだ。カエデさんは両軍を集める。
「これからお勉強会です。二人一組という戦法がどのようなものか、しっかりイメージしていきましょう」
鬼参謀の呼びかけに一瞬硬い表情を見せたアイドルさんたちだが、とりあえず無茶振りではないようなので胸をなでおろしていた。
「それではみなさん、先ほどの模擬戦で良かった点と悪かった点を教えてください」
「あい!!」
ポジティブガールのカモメさんが挙手。
「良かった点、かなり伸び伸びと戦闘ができました!」
「なるほど、ではカモメさんの相棒は誰でしたっけ?」
「フユ先輩です!!」
「ではそのフユさんは、何をしてましたか?」
「何してたっけ?」
「……ということは、カモメさんはフユさんとはぐれていたと?」
「あの、カエデちゃん。顔がこわいんですけど……」
「参謀」
「はい、カエデ参謀……」
「もっとも今回に限って言えば、フィジカル軍の善戦は各々が好き勝手に動いたからとも言えますが。……逆に言えばフィジカル軍、二人一組をよりスムーズに行えれば勝ちを得てもおかしくなかったと」
「……はい」
ミス・ポジティブのカモメさんがしおれてしまった。
「では理合軍のみなさんはどう感じましたか?」
ほい、と手を挙げたのは隊長さん。
「とにかくフィジカル軍のひとり一人が、すばしっこくてすばしっこくて」
「隊長さんの相棒は?」
「ソナタんじゃけど」
「ではソナタさん、何故敵の退路に配置してなかったんでしょう?」
「それは……」
言い淀んだ。
「えぇんよソナタん、正直言っちゃって?」
隊長さんが責められることに配慮していたのだが、忖度抜きで隊長さんは告白させる。
「隊長が誰を狙っているのか分からなくて……」
「そこはソナタさんが先んじて訊いてあげても、良かったですよね?」
隊長さんを責めることはしない。
逆にソナタさん相手に、重要なことを示唆する。
「二人一組を成立させるには、まずはコミュニケーションです。自分が誰を狙っているか、受けたいのか攻めたいのか。相棒にしっかり伝えてください」
ここまでは話の序盤。
「では何故私が、二人一組を推奨するのか? 二人一組の利点を答えてみてください」
「そこなのよね」
足を組んで納得いかない顔の艦長だ。
「陸奥屋まほろば連合みたいに、一撃必殺ができるチームなら、二人一組も有効でしょうけど私たちみたいな素人集団が高度な戦法使っても、効果を感じられないわ」
「では艦長さん、味方が二人一組を用いてないと仮定して、艦長さんは二人に襲われます。生き残る自信はありますか?」
「あは〜ん♡ 三人プレイだなんて、艦長こわれちゃう〜〜♡」
みんなズッコケたが、私は見ていた。
艦長の目はすべてを理解した目だった。
他人の視点に立ってみる。
それこそカエデさんが伝えたいことだと、理解しているのだ。
「わかったわ、カエデ参謀。艦長、みんなにもカエデちゃんの真意を布教してあげる♪」
「そうですね、その活動に最適なポジションを任じましょう。艦長さんは今後、理合軍の責任者ね♪」
「ちょっとーーっ!! なんでそうなるかなーーっ!?」
「だいじょぶジョブ♪ 艦長さんの片腕、参謀にはソナタさんをつけるから♪」
「えっ! ぼ、ボク!? ボクは艦長に全然優しくないよ!?」
優しくなってやれよ、そこは。
いわゆる女房役なんだから。
「ここでみなさんに質問。二人一組の優位性がまだ理解できていない人!!」
「わかった!!」
「では巫女さん、みんなの前で優位性を説明してください」
「……わかんない」
実際のところはそんなもんだ。
ここで迂闊に説明など始めれば、生半可な知識などカエデさんの質問責めで潰されてしまう。
まあ、私ならばカエデさんとの議論くらいはできるだろうが、今回の主役はアイドルさんたちだ。
その座は譲ることにする。
「はい、先ほどは艦長さんに質問しましたが、みなさんは二人掛かりで攻められて生き残る自信はありますか?」
アイドルさんたちの表情が曇る。
「そう、みなさんが生きて帰れない状況に敵を追い込むんです!」
「力説してるところ申し訳ありませんが」
始祖アイドルの海さんだ。
「今回私たちフィジカル軍は数的不利の立ち上がりでしたが、それでも二人一組戦法というのは理解できません。それをする意義を教えて欲しいのですが」
「なんだわかんねーのかよ、海」
口を挟んだのは特別コーチのトヨムだ。
「例え一撃必殺できなくても、敵に確実なダメージを負わせるのが、二人一組戦法なんだぞ?」
「すみません小隊長、まだ理解できません」
「そうだな、海が二人一組戦法を食らってダメージを負ったとしよう。どうする?」
「一度後方へさがって立て直します」
事実上の戦力低下である。
「すると海の相棒は、どうしても前に出なきゃなんない。当然二人一組戦法の餌食になる。そうなると次々に矢面に立つのは海、お前だぞ?」
「ですが小隊長、敵が同じ数だとしたら、半数をフリーにしてしまいませんか?」
「だからツーマンセルは一瞬で呼吸を合わせてキメるのさ。そしたらすぐさま、無傷の一人に対応できるだろ? こっちはポイントゲット、敵はまだポイントを奪えていない。いろんな意味で有利だよな?」
ここまでの海さんの質問、もしかするとまだ話に追いつけていないメンバーのための質問だったのかもしれない。
私たちから懇切丁寧な解説を導き出すための質問、そのようにも思える。
「ではもう一度質問」
仲間のためか、海さんは食い下がる。
「ファーストコンタクトでダメージを負った敵が後方へさがらないときは?」
「アタイは今日フットワークを教えたんだぞ」
トヨムが大上段で答えた。
「それを活かせないってのかい?」
「後ろにさがれと?」
「それも戦術だ、押さば引け。引かば押せ、だよな?」