さらに足
努力の成果は目に見えている。
しかしここは厳しく。
「まだまだ理解していないようだな。仕方ない、さらに分かりやすいことを教えるか」
後足のカカトを浮かせて、前足加重。
つまり後足は軽い。
その後足を四分の一回転させた。
後足の着地と同時に身体の向きを変える。
「十分に前足加重ができていれば、方向転換も簡単にできる!」
ここにきて、初めて手応えのある反応だった。
「片足加重がどれだけ大切か、わかったかな?」
メンバーたちの「ハイ!」という返答は活きた声だった。
「この方向転換を、前進後退に活かすだけだよ」
「ハイ先生、質問です!」
鈍牛なれど歩むこととどまらず、の隊長さんが挙手。
「前に出ることは分かりましたが、ここぞというときの一撃を入れる足は無いんでしょうか!!」
「ある!! もちろんある! だがしかし、君たちにはまだ早い!」
そう言いながらも、隊長さんと切っ先を交える。
「敵が来る、我もゆく。その一足一刀の間合いとなったそのとき!!」
全身を緩める、関節という関節をすべてバラバラにした。
そんな肉塊同然の我が身を、隊長さんの内懐へと放ってやった。
リラックス、中国武術でいうところの放鬆を、そのように訳していた時代があった。
近年聞いたところでは、これは単なるリラックスを意味するのではなく、必要な筋肉にだけ力を入れて不要な筋肉は脱力するという意味らしい。
しかしこれは、ずいぶんと昔にブルース・リーが著書『魂の武器』でこれを語っているので、大発見でもなんでもない。
放鬆、私なりに訳すると、『良い状態』で敵の間合いに我が身を投じる。
これは実を言うと、カエデさんの『達人殺し』をいただいたお礼に見せた技の応用であった。
あのときは単に間合いを一瞬で詰めて、カエデさんをヘコませただけ。
しかし今回は、太刀のひと振りも付けている。
隊長さんの首筋に、活きたひと太刀。
もちろん寸止め。
「どうだい、便利なもんだろ?」
「は、ハイ……っ!」
隊長さんは息も絶え絶えで応えてくれた。
「でもこの技って、どうやるんですか?」
艦長さんが訊いてくる。
「地面を蹴らず、全身の関節をバラバラにしてそこに」
と、隊長さんの内懐を指差す。
「放ってやるのさ」
「超人技じゃないですか、それ」
「そうでもない、全身を脱力させてそこに落っことしてやるだけさ」
サッという足音。メイドのミナミさんがチャレンジしていた。
「まだ蹴ってるね、地面を。これを成功させるには、居合でやってなかったかな?」
前足を後足に並べる。そして後足を前足の位置へ。
「重心は前に、そのまま前足を引くと身体は前に落っこちる。簡単なことだろ?」
「落っこちている隙に、後足を前に運べば……」
ソナタさんが何かに気づいたようだ。
そして実践。
しかし、上手くはいかない。
ムゥ、という顔をしているが無理もない。
日常的にこんな身体操作はしないだろうから。
「斬るのが難しければ、突き技でもかまわない。とにかく悪い技ではないから、よくよく稽古しておくといいよ」
この技ならば、足が無くとも太刀打ちできる。
ワンツーワンツーで攻めて来る敵を、一瞬で狩ることも可能だ。
もっとも、ワンショットワンキルができていないのだから、突いた後は防御一辺倒になってしまうが。
「でもさ〜、これセンセの言ってること全部はできなくてもさ〜、イイ感じに使えない〜?」
犬さんが言う。下段の構えから、左足に体重を乗せている。
そこから右足を大きく送り出し、霞の構え。
それは防御しながらの突き技となっている。
そして飛び込んだからには、全体重が右足へ。
空いた左足を振って方向転換、そして後退。
上手い、教えたことを咀嚼して飲み込んでいる。
「って言うならね〜」
今度は猫さんだ。
「大きく飛び込まなくってもさー、こうやってー……」
ツイツイツーっと、ミズスマシのように。
丸っきり、デキル側のプレイヤーたちと同じステップでサークリング。
逆にトヨムステップをマスターしてしまった。
「おぉっ、それいーねー♪」
犬さんも気に入ったようだ、二人仲良くワルツのようなステップでサークリング。
ということで犬ねコンビはトヨム班へ。
「あんな風がに自分で技を捕まえるタイプもいるけど、そうでないからと言って焦らない焦らない。みんなにはみんなに合った技を教えるからね」
そう、古武道の足はまだまだこれからなのである。
片足に体重を乗せたら、もう片方の足は空く、という原則は理解しただろう。
その上で。
「はい、構えは八相。だけど足音は横並び、体重は左足に。……そのままシュッと立って!」
女の子たちは素直にそうする。
「軽い右足を前に出して体重を乗せる! 次に軽い左足を出すけど、姿勢は崩さない! 次は右足を前に!」
片足に体重を乗せて、軽い別足を前に出す。
当たり前は当たり前。
だけど姿勢は崩さないように。
「できるだけ細かい歩幅で、軸をブラさないように意識して! カカトを着けないでいると、上手く行くよ!」
できない側、というコンプレックスを胸に、アイドルさんたちは素直に言うことを聞く。
そのまま先頭は道場の端まで。
「はい、前足に体重を目一杯乗せて! 空いた足を振ってターン!体重を親指の付け根に集中すると、キレイにターンできるよ!」
軸をブラすな、軸をブラすな。祈るようにみんなを観察した。
「ヨシ、みんな悪くない!」
ウソだ。それでも出来の悪い娘はいる。
その代表が、艦長だ。
本人もそれを自覚しているのだろう、唇を噛み締めている。
逆に狂気のような集中力を発揮しているのが、メイドのミナミさんだ。
どちらも『今にも心が崩壊しそう』である。
「稽古中すみません、リュウ先生。何人かいただいてもよろしいですか!?」
カエデさんだ。出来の悪いメンバーを引き取るという意図なのだろう。
申し出を受ける。
カエデさんは艦長さんにウサギさん、ロボットさんと巫女さんと、ミナミさんを担当した。
その指導の言葉を、片耳おっ広げながらこっそり盗み聞き。
「いいですか! みなさんはこれから、パリコレに出場するスーパーモデルです!」
すると艦長さんがイジケたことを言い出す。
「そんなの無理ですよーだ! 艦長おっぱいは大きいけど、不格好な歩き方しかできないアヒルなんだから!」
トヨムが聞いたら血の涙を流しそうなことを、艦長は平気で言う。
「そんなことありませんよ、バストクイーンの艦長さん。みんなが羨む立派なバストで、世界中の視聴者を魅了してください!」
「で、でも……艦長最近、重力に負け気味だから……」
「そこは熟成! 女の一番イイとこです! いま見せつけなくて、いつ見せつけるんですか!!」
「か、艦長にも……できるかな?」
「そのために、軍師がいるんです!!」
それじゃあレッスンGO! ということで。
まずはシュッと立つところから。
するとカエデさんは笑い出してしまった。
「アッハッハッ、そりゃ無理ですよ艦長! おっぱいの重さに負けて、猫背になってるじゃないですか!!」
「いや、おっぱいを目立たせないようにって、中学生の頃から……」
「それは隊長さんのエピソードでしょ、切り抜き動画で知ってますよ!」
でも、とカエデさんは付け加える。
「胸の重さを活かしましょう! 足首でやや前傾を基本姿勢にしましょう!」
あくまでアクティブ、あくまでポジティブ。
それがカエデさんの方針だ。
「羨ましいですよ、艦長。普通に立っているだけで、前足重心なんですから!」
「そ、そっかな?」
艦長は自分の素質に、思わず頬を染めてしまう。
そのバストは、よほどコンプレックスだったのだろう。
「それじゃあ体重をここ!」
カエデさんは足の甲、中足部親指側を鞘で突っつく。
「ここで受け止めて!」
「お、おう……」
「それが出来たら片足重心! 姿勢はそのままで!」
「は、はい!」
艦長はもはや言いなりだ。
「それじゃあ空いた足を前に! すぐに全体重をかける!」
「おりゃっ!」
「だけど軸はブラさない!」
「ハ、ハイ!」