足
ほめて伸ばす稽古を、引き立て稽古という。
始祖アイドルの海さんだけでなく、全員にそれを施す。
実際、巧拙はあるもののアイドルさんたちは稽古をしているようだった。
まだ至らぬアイドルさんにも、「積み重ねが大事だからね」と声をかけてあげる。
「ではリュウ先生、アイドルのみなさんにトヨム小隊長の手を少々披露されては」
「うん、そろそろ頃合いだね」
時代劇の道場破りに対するアレだ。
道場主と一戦交える前に、当流儀の手を少々見ていただきましょう。
というやつである。
大抵三人くらいが道場破りと立ち合うものだ。
その間に道場破りを怪我させたり意思挫いたり、あるいは疲れさせたりというもの。
それが叶わなくとも、道場破りがどのような手を使ってくるかを見ることができる。
もっとも、トヨムの相手は私ひとり。
対するトヨムは片手剣を縦に、下から上へと回転させていた。
「じゃ、行くよ。ダンナ」
言い終わるや否や、トヨムは飛び込んできた。
思い切りが良く、鋭い。
しかし私はこれを、アイドルさんたちの技量でも躱せるような技で捌かなければならない。
神技超人技ではいけないのだ。
トヨムの剣は、まず下から。私の右小手をねらってきた。
切っ先を少しだけ右手に寄せる。
トヨムの剣は小手を逸れて大きく軌道を乱した。
が、すぐに縦回転を再開。
今度も下から、左の小手をねらってくる。
私も今度は切っ先を左寄せ。
またもトヨムの剣を大きく逸らす。
西洋剣も日本刀も、刃は薄く芯に向かって肉厚にふくらんでゆく。
トヨムの剣は刀の肉厚な棟に沿って進み、自ら的を逸した軌道を進んでしまったのだ。
この辺りの描写など読者諸兄には既知のこととは思うが、復習がてら。
斬る技を逸らされたトヨムは、ならばと突き技で挑んでくる。
これにはガード、刃を横に寝かせる。
日本刀は湾曲している。
湾曲している幅だけ、広い壁となる。
そして剣の棟と刀の棟がこすれ合った瞬間、刃を下へ向けてやる。
トヨムは剣を掴まれて、捻られたかのように姿勢を崩す。
よし、これで西洋剣術に対する防御は見せた。
「今度はトヨムの良いところを見せる番だ。どんどん来なさい」
「そうかい、そんなら遠慮なく行かせてもらうよ」
トヨムはつま先立ち、本当に足指の先端だけでステップを踏んだ。
ミズスマシのような、音も立てぬステップでサークリング。
ゆる……とした肩の動きから、切っ先がスナッピーに活かされた突き技。
私はこれを払う。
二度、三度、まだ来る。
そしてチョコンという小手打ち。これは片手を外してかわした。
と思ったら目の高さまで切っ先が伸びてくる。
これも巻いて逸らす。
トヨムの動きが素早い、まるで水を得た魚だ。
調子には乗せないぞ、とばかり前に出る。
するとトヨムは正面対正面を嫌うようにサークリングを再開。
距離をとって自分のタイミングを手放さない。
のそのそと追いかける。
トヨムはさらに右足へ右へ。
あくまで私のピポットポジションを維持するつもりだ。
と思えば正面へ。
チョコンと当てるような小手打ちで誘ってきた。
見え見えではあるが、ここは足を止めて受けてやろう。
案の定、トヨムの姿が消えた。
しかし問題は無い。気配はビンビンに感じている。
太刀の下へ潜り込んだのだ。
良い度胸だが、それこそカミカゼ・アタックだ。
何故なら今日の私は日本刀所持。
つまり小太刀も帯刀している。
鞘ぐるみ掴んで、小太刀の鍔でトヨムの突きを受け止めた。
「ちぇっ、これもダメか!」
「いや、アイデアは良かったぞ。剣士にとって太刀の真下は死角だからな。二本差しでなければ危うかった」
「でもダンナ、木刀ひと振りでも対応するでしょ?」
「あぁ、気配丸わかりだから手の内で木刀を滑らせて柄で打ち据えただろうな」
「そんな真似アイドルさんの参考にはならないじゃん」
「それもそうかな?」
ハハハと私は笑うが、カエデさんは目頭をつまんで苦悩の顔だった。
「よし、じゃあ剣士トヨムのお披露目はここまで。今日からこのレベルの剣士が稽古相手だからね」
私が言うと、数々の困難を乗り越えてきたアイドルさんたちは嫌そうな顔していた。
「逆に考えれば良いさ、アタイみたいな動きをすれば大抵の敵は嫌がるだろうからさ」
トヨムは気楽に言うが、アイドルさんたちも反論する。
「いや、さすがに小隊長の動きは真似できませんって」
「それはどうでしょう? スピードに関してはさすがに無理だと思いますが、ポジションの取り方や動きの法則性。こうした部分はかなり参考になるかと思いますが」
カエデさんが言うと、二十人以上いるアイドルさんたちは全員口をつぐんだ。
そしてカモメさんが膝屈伸の準備体操。
それから両手で日本刀をクルクルと縦回転。
その場でトントンとステップを踏み始める。
なかなかに軽やかな足さばきだ。
「えっと、小隊長のステップってどうだっけ?」
トントントンと、左手移動。
「そうだね、カモメの得物は日本刀だから担いで良し、身体に峰をつけて良し。剣体一致にすると動きやすいぞ」
「こうかな?」
右の八相を下に下げたような構えで、カモメさんは時計回りにサークリングを開始。
「ダンスができる人間は、これを出来そうだな」
トヨムが言うと、海さんも参加。
ニンジャさんをはじめとして、九人十人とステップワークに参加する。
「ううう、ダンスが苦手な自分を恨みたい」
隊長さんが血の涙を流している。
「心配いらない」
私は声をかけた。
「そんな人のために、古武道は存在する」
「しまった、自分から地獄の釜に身を投じちまった……」
隊長さん、いま何と?
「大丈夫だよ、隊長。ボクも一緒に稽古つけてもらうんだから」
ソナタさんは言うが、そこに大丈夫の根拠は無い。
ただ、足取りに難のある者に無茶をする積りは無いのも事実。
「それじゃあ最初に構えを中段に取って」
堂に入っているメンバーもいれば、見よう見まねというようなメンバーもいる。
「それじゃあ、みんな左足のカカトは浮かせているね?
まずこのカカトを地面に着ける、それだけで身体が後ろへ行きます。そして体重は左足に乗っているはず、つまり右足は体重が乗っていないから簡単に後ろへ引くことができます」
つまり、素早く後退することができる。
引いた右足のカカトに体重を乗せれば、今度は左足を引きやすくなる。
「どうだい、思った以上に素早く後退できるだろ?」
私が問いかけても、反応は微妙だった。
「なんだか当たり前すぎて、ありがた味が無いというか」
「あれに勝てるとは思えませんね」
できる女子の鷹崎メイさんが、トヨムチームを指差した。
「うん、そうだね。あれを凌駕するためには、あれ以上の速度を得なければならない。だけどみなさんにはそれが無い。ならばどうする?」
「どうしましょう?」
「答えは簡単、無駄を排除するのさ」
それじゃあ前に出てみよう。
「両足の裏をべったりと地面につけた状態から、後ろ足のカカトをヒョイと上げる。どっこらしょ、じゃなくってヒョイと上げるんだ。それだけで前足に体重が乗る。そうしたら後足を前に出すんだ」
アイドルさんたちが足を前に出す。
「遅い!」
鋭く注意。
アイドルさんたち、再度のチャレンジ。
しかしそこにも注意。
「力み過ぎ! もっと軽く、力を抜いてサッと出す!」
かなり素早い足運びにはなっているが、まだ行ける。
「脚をここから!」
私は自分の鼠径部に手刀を当てて示した。
「折りたたむように、素早く運ぶ!!」
まだ上手くいかない。当然だ、ここからがミソなのだから。
「前足にしっかりと体重を乗せて、前足後足の体重比は十対ゼロだ!」
だんだん良くなっていく。そして真実を伝える。
「足運びが遅いのは筋力が足りないからではない。前足に体重をすべて乗せていないからだ!」
そして力み。
体重を乗せていない後足は、風が吹いただけでゆらゆらと揺れるはずである。
それが無いのは、力が入っているからだ。
後足は、ほんのわずかな筋力だけでスパッと運ばれるはずなのである。
……本来柳心無双流で、後足のカカトは上げない。
撞木にしてべったりと着けている。
そのつま先を正面に向けてカカトを浮かせているのは、誰にでもできるようにという工夫である。