黒船の予感
株式会社オーバー所属アイドル。つまりVtuberさんたちが、我々陸奥屋まほろば連合にとってもっとも弱い部分、いわばウィークポイントと言えた。
なにしろウチのプロチームと戦った経験、2M連合軍との戦闘経験有りといえど、甘ちゃんも良いところだ。
即応性の高い西洋剣術を対戦相手に修められたら、手も無く捻られてしまうに違いない。
「ならばこちらも即効性の高い技を仕込もうじゃないか」
士郎さんが言う。
「以前リュウさんが言ってたな、無双流は太刀の陰に隠れる、と。こいつぁ使えると思うぜ」
「と申しますと?」
「太刀の陰に隠れたまま、切っ先を敵に向けて、そのまま突っ込むんだ」
「つまり、防御を固めた特攻……?」
フジオカさんも生唾を飲む。
「もちろんその程度でワンショットワンキルは望めない、しかし敵の防具に大ダメージは与えられるだろうさ」
士郎さんはあくまで強気だ。
「だが、アイドルさんたちは女の子だぞ? 果たしてそれが可能かどうか……」
「やれなきゃ負けるだけさ、俺たちの金看板を背負ったままな」
「この話は持って帰らせてもらって良いかな? 正直、カエデさんに相談したい」
「一存では決められないのかよ、ダラシねぇな。とは言わないぜ、俺も正直勝手な決め事でフィー先生に叱られたか無ぇ」
これはなにも私たちが、『女の子に頭の上がらないダラシないオッサン』という訳ではない。
軍略とか軍師の存在というものは、そのくらい重要なものだということだ。
「う〜~ん……」
そう言ってカエデさんは考え込んだ。
「これは批判ということではない、という前置きで……」
言葉を選んでいる。
「そのカミカゼ攻撃を入れたあとは、どうなるんでしょう?」
そら来た。
「アイドルさんたちの技量で、ワンショットワンキルは到底不可能でしょう。だとしたら、敵は健在。下手をすれば鎧も残っているはず。カミカゼ攻撃は最低でも敵の防具を破壊するか、あわよくばワンショットワンキルを成立させないと、割に合いません」
なるほど、確かに。
「ただ、突き技によるキメというのは、悪くないと思います。湾曲した日本刀の突き、あれは西洋剣術には無い技ですから」
カエデさんは長考に入る。
「そうなると、鉄壁の防御と攻撃力……ブツブツ……」
深く考え込んでいる。
「やっぱり、この人しかいないか……」
答えが出たようだ。
「リュウ先生、ウチの小隊長にレイピアを持ってもらいましょう!!」
ぅおう、そう来るか。
しかしなぜトヨムなのか?
なぜレイピアなのか?
「敵役なんですから、レイピアを持ってもらうのは当然かと。それに小隊長でしたら、アイドルさんたちに良い影響を与えてくれそうですし」いや、猛毒にしかならないと思うが。「それよりもリュウ先生、プロチームやアマチュアチームの方針は決まっているんでしょうか?」「まあ、二人一組の戦術があるから問題は無いと思う」
ふうっ、カエデさんはここぞとばかりにため息をついた。
「わかりました、そちらは参謀本部で戦術を練っておきますので、監修と実技指導をお願いします」「う、うん。わかった……」
ということでアイドルさんたちの稽古日、レイピアを腰に落としたトヨムも同行だ。
「へへっ、なんだかんだでカエデも、最後にはアタイに頼るんだな♪」
トヨムもどこか嬉しそうだ。
「もちろんですよ、小隊長。やれ参謀だなんだと言っても、やっぱり小隊長がいないと何も始まりませんから」
引率のカエデさんもトヨムを持ち上げる。
だが、私の目から見てカエデさんの言葉は本音だと思う。
というか、トヨムには人に嘘をつかせないモノがあるように感じられる。
とはいえ。
「あれ〜〜っ!? 小隊長が片手剣持ってる〜〜!!」
にぎやかなカモメさんにさっそく違いを発見されている。
「あぁ、いよいよ本格的に西洋剣術対策が必要になってきたからね」
「もしかしてボクたちVTuberにも、西洋剣術の波が?」
ソナタさんが訊いてくる。
「その可能性は否定できないね。もしかしたらオーバーアイドルたちと対戦するために、他団体が極秘で特訓してるかもしれないからな」
本日の参加者は大人数、いま現在配信をしていないメンバーがすべて集まっているかのようだ。
「それでリュウ先生、カエデ参謀。今日はどんな稽古でしょうか?」
オーバーアイドル代表とも言える、ロングヘアの海さんが訊いてくる。
「まずは今のみなさんの実力を、リュウ先生に見ていただきます。そのあとは、片手剣のトヨム小隊長相手に、現在のみなさんがどのような対応をできるのか、という確認です」
「片手剣っていうと、かなり軽快な動きの武器でしたよね?」
「そうですよ、艦長。ですからまごまごしてると、どんどんポイントを奪われちゃいますからね」
「それじゃあみんな、日本刀は持っているね? 軽く素振りから始めようか」
時代劇『剣客商売』における秋山大二郎先生の道場では、入門者は千五百本の素振りをこなせるようになってかららしいが、そんなスパルタをしていては剣士など地上からいなくなってしまう。
というか、私はそうした数稽古にはいささか疑問を感じている。
千五百本も振っていては大半の素振りがヘロヘロのヘナヘナ。
つまり無駄な素振りを数だけこなす、になってしまいかねない。
それよりも正しい斬りを一本。
それができたら二本と数を増やしていけば良いと考えている。
だからヘソまでの斬り下ろしを十本、面への斬りつけを十本。
それだけで三クラスに分けた。
良い、並、至らぬの三クラスだ。
「それじゃあ生放送で稽古風景を配信している者は、ここで視聴者さんとお別れしよう。別枠で稽古の様子を語るのは構わない、だけど映像や動画はNGだ」
アイドルさんたちは、次々と配信を終了した。
つまり、『王国の刃』というゲーム実況をそれだけ大事に考えてくれているということだ。
「それだけじゃないよ、リュウ先生!」
カモメさんが前に出てきた。
「口にはしないけどみんな、古流剣術の秘技に興味津々なんだから!」
「ほう、そりゃ嬉しいねぇ。今日は私も少し、奮発してみようか」
ぽっかり迂闊に言うと、アイドルさんたちは目をキラキラと輝かせた。
ほう、未知の技術と非日常的な技術に、大層興味があるようだね。
カモメさんの言葉も、あながち嘘ではないようだ。
「それじゃあ……」
私も刀を抜いた。胴田貫である。
会場の空気がピンと張り詰める。
「誰から来る?」
誰も手を挙げない、というかドン引いている。
「……誰も手を挙げないなら、私が行かなきゃ、だよね」
オーバーアイドルの始祖にして、だれからも尊敬を集める相川海さんが出てきた。
「みんなの今を見るだけだから、そんなに固くならないで」
「そうは言いますがリュウ先生、虎の檻に入るような心境です」
「大丈夫ですよ、海センパイ。私たちトヨム小隊は毎日、リュウ先生に稽古つけていただいてるんですから」
カエデさんは海さんの肩にそっと手を置く。
まるで虎に生贄を捧げるかのように。
というかカエデさん、君はいつから海さんの後輩になったのかね?
「じゃあ、始めようか」
海さんが私に相対する。
よって私も剣を突き出した。
それだけで顔面蒼白、海さんはヒザを震わせる。
歯をガチガチと鳴らしながら、海さんも剣を構えた。
「さ、お好きなように」
とは言ったが、海さんの瞳孔は開き切っている。
マンガ的表現なら、目玉ぐるぐる状態だ。
「なんのっ!! 負けるもんかっ!」
ヘボもヘボ、それでもひとり稽古は重ねてきたのだろう。
海さんは突撃してきた。
そして無我夢中に刀を振る、私は小手を打たせた。
「今の、良し!!」
打ちはヘトリ、というような屁こきなものに過ぎない。
ペトリにすらならない打ちではあったが、私は思い切り褒めた。
勇気を振り絞り、すべての後輩たちを背負ったひと太刀だったからだ。
その御褒美というのではないが、私は右手を袴お腰に差し込んだ。
片手欠損、という意味だ。




