開戦前夜
八月八日木曜日、午後十時五〇分。チーム『情熱の嵐』拠点。リーダーヒナ雄は最後のミーティングのため、メンバーの前に立っていた。
「考えられる準備はできるだけしてきたつもりだけど、どんなに準備をしたところで絶対に準備不足になることはわかっているよね。それが集団戦闘であり、イベントっていうものだ。だけど僕たちはひとつだけ、ひとつだけ他のチーム、敵軍にも負けないものがある。それはチームプレイ、そして仲間を思いやる気持ちだ。明日からのイベントは、西軍に配属されることになったけど、気後れせずに堂々と戦ってもらいたい」
「その上で東軍に勝利、ですよね!」
美人のキラがヒナ雄をはげましてくれる。
「そうだ、僕たちは何も負けるために出る訳じゃない。勝つために出撃するんだ!」
「いいね、士気が鼓舞される言葉だ」
「そういう爆炎は、あまりはしゃいでいないな?」
蒼魔が静かに語りかける。まったくその通りで、今回は『お祭り男らしい』なはずの爆炎が、あまり騒いでいない。
「まあな、はしゃいで勝てる戦さなら、俺だって大はしゃぎするさ。だけど今回はいかにチームで動くか? それが勝敗の鍵だろ?」
「さすが爆炎センパイですね、見習いましょう、大矢くん」
「そうだね、ダインくん。俺たちがはしゃがずにいたら、降るはずの雨も止むかもしれないからね」
何故雨が降るはずと言えるのか? その理由をヒナ雄は訊かないことにする。
「じゃあみんな、これからどうする?」
「俺は落ちて体調を整えることにするよ」
「私もそうしよう」
「夜ふかしは美容の毒ですから」
「それじゃあみんな、明日の夜は可能な限り午後六時半にはイン。それからイベント会場へ移動ってことで」
「「「おやすみ〜〜♪」」」
メンバーが一人、また一人と落ちてゆく。彼らをすべて見送ったのは、拠点に一人残ったヒナ雄。
「……できるだけのことはしてきた、か……」
そうと言えばそう。違うというならば、違う。そもそもが、美人プレイヤーのシャルローネたちの動画を追いかけていたことから始まったことだ。彼女たちが、あまりに簡単にクリティカルを入れるものだから、クリティカルヒットにはなにかコツがあるのではと考えたところから始まっている。そもそもが、自分のクランを立ち上げるなどとは思いもよらなかった。リーダーだ隊長だと、持ち上げられることにはいまでも慣れていない。
そもそもが、自分が大将になるなどとは全くもって思っていなかったのだ。というか、いまでも自分は理屈屋だと思っている。理屈屋に仲間などできるはずはない、とも。それが何故かクランのリーダーだ。周りに集まってきた連中と、もっとも効率の良い勝ちの得方を工夫していたら、こんなことになってしまった。
こんなことになってしまったと言いながら、このクランとメンバーを捨てる気にはなれない自分が可笑しい。
端的に自分の欲望を語るなら、シャルローネというプレイヤーを自分で取得した技術で倒して、「お強いんですね」と言わせたかった。あわよくば自分の技術や工夫を指導してお近づきになりたいなどとも夢想したりもした。しかし自分はもう、そんな場所にはいないことを知っている。シャルローネ一行が東西どちらに所属しているかはわからない。しかし自分はメンバーたちとともに勝利を目指す責任が生じているのだ。
自分たちの技術が上位プレイヤーたちに、どれだけ通用するかはわからない。上位プレイヤーの不正者たちなら、なおさらだ。しかし明日の夜は、否が応でも剣を交えなければならない。勝利に貢献できるのか、自分たちは? それともただのモブとして、亡骸を晒すだけなのか?
期待と不安は、ヒナ雄の胸で交錯していた。
八月八日木曜日。午後十一時。チーム『嗚呼!花のトヨム小隊』拠点。小隊長であるトヨムは、みんなが落ちるのを見送って、一人拠点に残っていた。明日からイベント。ここしばらくは、そこに集中して稽古を積んできた。二人一組の戦術、そして仲間であるカエデを囮役にした作戦。どれもこれも六人制の試合では上手く言っていた。しかし大人であり先生である剣士リュウは言っていた。
「これまで上手く行っていたからといって、イベントで活躍できるとは限らない」
その通りである。というか当たり前の話だ。六人制で通じた戦法が、そのままイベントで通用する訳がない。気を引き締めなければ。明日は陸奥屋一党、すべてが東軍に配置される。そのような通達が陸奥屋本店に入り、トヨムたちにも知らされた。
「ん〜〜これまでの努力が試されるって、なんだか試験受けるみたいだなぁ〜〜」
「あら、小隊長。問題用紙は殴ってきませんよ?」
無人のはずの拠点で、返事があった。トヨムは慌てて振り返る。
「シャルローネかぁ……落ちてなかったのか?」
「小隊長、かなり緊張のご様子でしたので……」
トヨムが腰掛けていたソファのとなりに、断りもなくポスンと腰をおろす。
「そんなに緊張して見えたか?」
「私の目には……」
「そーですかー? マミさんの目には興奮気味にうつりましたけどぉ〜〜?」
マミも現れた。もちろん断りもなく、トヨムのとなりに腰掛けた。
「小隊長さんは〜〜なんだか背負いすぎっていいますか、ちょっと張り切りすぎみたいに見えましたよ〜〜?」
「んーーまあな、『やらいでか!』って気にはなってるさ。初めてのイベントだからな。それに……」
「「それに?」」
「旦那も士郎先生も、鬼将軍の大将も、みんな勝つ気になってる。アタイも本気にならなきゃウソだろ?」
「大人が本気になって勝つ気になってて、私たち子供が冷めた目をしている訳にはいきませんもんね」
そっとトヨムの肩を抱くシャルローネ。彼女の肩に、トヨムは頭をあずける。
「あ〜〜シャルローネさん、それはズルイですよ〜〜。小隊長さんの疲れを癒やすのは、マミさんの豊かな胸なんですから〜〜♪」
マミはマミでトヨムをムギュッと抱き締める。
「なんだい二人とも、今夜はアタイもてもてだな」
「……………………」
「……………………」
「やっぱり、シャルローネたちも緊張してるんだな?」
「はい」
「マミさんも、ちょっと怖いです」
「心配するな、二人とも。アタイがついてる」
シャルローネもマミも、トヨムを抱く手に力を入れた。
「……こうしていると」
「?」
「こうしていると……なんだか落ち着きます……」
「小隊長さんは偉大ですねぇ〜〜、たったこれだけで、マミさんの不安を解消してくれるんですから……」
「そういうもんなんだろうな、小隊長ってのは。二人とも、旦那にはこういうことしないのか?」
「めめめ、滅相もない! あんな偉い先生に!!」
「相手は大人の男性ですよ!? マミさん傷物にされてしまいます!」
はは……そうか、とトヨムは笑った。笑ったトヨムの背後に、怒った人が登場する。
「あーーっ! マミもシャルローネも、何してんのよーーっ!」
カエデである。顔だけ向けたシャルローネは、猫の子のようにニヤッと笑った。
「ご覧の通り、小隊長に甘えてまーす!」
「カエデさんもおいで〜〜♪ 小隊長ってミルクの匂いがしますよ〜〜♪」
「って、小隊長はお疲れなんだから、早くログアウトして、小隊長を寝かせてあげなさい!」
「とか言って〜〜私たちがログアウトしたら、小隊長のこと独り占めする気でしょ? ん? どーだどーだ?」
カエデが真っ赤になった。シャルローネに図星を突かれたようだ。
「カエデさ〜ん、小隊長はみんなに平等ですから〜〜、カエデさんも小隊長に甘えるといいですよ〜〜♪」
「そうだぞカエデ、いまなら特売価格だ! いま甘えないと損だぞ!」
仕方ないな〜とか言いながら、カエデはベリーショートの頭を抱える。確かに、ミルクのような香りがした。
「ん〜〜やっぱり男の人にこんなことするのは恥ずかしいけど、小隊長にはなんだかできちゃうよね」
トヨムの短い髪に、思わず頬を埋めてしまう。
「アタイもだよ、女の子たちの不安が解消できるなら、抱きつき用のぬいぐるみでもいいやって思う」
「ね、小隊長! やっぱり私のことお嫁さんにして!」
「ズルイですよ、シャルローネさん。それはマミさんも思ってたことなんですから♪」
「待って待って、このカエデさんを忘れてもらっちゃ困るわね!」
もちろん本気などではない。女の子たちの戯言だ。しかし誰一人としてトヨムを離そうとしない。頼もしい男性は、チームの中に二人もいる。リュウとセキトリだ。しかし『男の子』たちは、合戦に目を向けてたぎっていた。女の子たちのことなど振り返ろうともしていない。
だから小隊長に甘えるのだ。同じ不安を抱えて、同じように悩んでくれて、それでいて「アタイがいるぞ」と言ってくれる存在。
三人の白百合にとって、小隊長トヨムは無くてはならない存在であった。
さて、『男の子』の片割れであるリュウはというと、よその『男の子』と茶房で差し向かいであった。鬼組党首の士郎とである。
「どう見る、士郎先生」
「明日の戦さかい?」
「やはり戦さと心得るか」
「そういうリュウ先生だって、そうだろ?」
「守り切れるかね、俺たちは……」
「もう陣地を取った気でいやがる」
「俺とあんただ、当然だろ?」
「初日から最終日まで、となれば難しいかな?」
「一度くらいは撤退しそうかな?」
「人数が人数だ。無撤退は難しいだろう」
「だが、撤退する気なんぞ……」
「あぁ、さらさら無いね」
「キル数競争をする気など無さそうだね、士郎先生」
「そんな児戯をする気にはなれないな。リュウ先生もそうだろ?」
ここで、すっかり冷めてしまった茶を一服。
「結果としては気になるかな? やはり士郎先生よりも上という証は欲しくなる」
「いらないことは考えるな」
「誰にモノ言ってやがる。だから結果としては、って言ったんだ」
「とにかく合戦だ」
「あぁ、とにかく合戦だ」
男同士の夜は更けてゆく。
「とまあ、このようなお客さまがいらっしゃったのですが……」
茶房『葵』はすでに閉店。客はただひとり、店主の娘はただひとりの客のために茶を出した。客は朱袴に朱のハチマキを締めた銀髪の娘。白い稽古着に二本差しである。つまり、剣客だ。剣客は一服喫すると、片頬にだけ笑みを浮かべた。
「いけませんな、葵どの。お客さまから盗み聞きなど……」
「ですが輝夜さま、あれはどう見ても二人とも剣豪ですよ!?」
「ふむ、そうだろうな……三日間の大乱戦で撤退をするつもりが無いというのだからな……」
「でしょでしょ!? ……失礼ながら輝夜さま、その二人に勝てそうですか?」
剣客輝夜はまたも薄く笑う。
「葵どのは無理を言う。私はその二人を見てすらいないのですぞ?」
「あ、すみません」
「それに葵どの、貴女は私よりもひとつ年上だ。どうか輝夜と呼び捨てにしていただきたい」
「ですが、実戦成績では輝夜さまの方が上ですので……」
「とはいえ私の方が面映い、どうか葵さま。輝夜と呼び捨てにしてくださるよう……」
「いえいえいえいえ」
「いやいやいやいや」
謎の新キャラも登場して、開戦前夜は混迷を極めてゆく。
東軍と西軍、あしたはどっちだ!?