オッサンたちのお仕事
稽古中に何やっとんねんと思ったが、どうやらマミさんのバーチャル・ラジオのようだった。
その両脇にはカエデさんと出雲鏡花が控えている。
「このような内容で良かったでしょうか〜?」
マミさんは怪訝そうな顔。
「上出来よマミ、『W&A』の出来の悪さが十分に出ていたわ!」
「そうですわね、我らがプロチームが西洋剣術とは大変に相性が悪い、という印象は拭えませんでしたわね」
参謀と参謀長が手放しで褒めちぎる。
「ですがマミさん、人をたぶらかしているようで、あまり気は進みませんね〜」
「あらあらマミさん、貴女はその存在がたぶらかし沢まくり左衛門ですことよ?」
なにを言ってんだ、あのデコは?
というか、マミさんラジオはすっかり見逃しているので、その放送内容はまったく分からない。
一体何をのたまったことやら。
しかしここまでの会話から読み取るに、どうやらW&Aの偽情報を流したと見える。
もしもこれで賭け率の操作をねらい、一儲けをたくらんでいるのだとしたら、これは大きな大問題である。
「リュウ先生、私は高校生ですからギャンブルには参加できませんが」
カエデさんは心外という口調。
「わたくしは大学生ですが、その程度のはした金には興味はございませんことよ?
というか、ギャンブルはあくまでも庶民の娯楽。わたくしが参加しては興醒めというものですわ」
なるほどごもっとも。ではそのような放送をした理由は?
「ちょっとした話題作りですわ。これで株価が上昇すれば、わたくしも大儲けですの♪」
嘘くさい理由だが、本当とも取れる。
「私は西洋剣術チーム『シルバー・コンドル』が、どんな反応をするか? そこを知りたいですね」
カエデさんの答えの方が、よほど素直に聞こえる。
そのカエデさんによると、プロチーム『シルバー・コンドル』は同じ名前のジムに所属していて、アマチュア軍団の名前も『シルバー・コンドル』で統一しているそうだ。
「ずいぶんと分かりやすいじゃないか」
「それだけ西洋剣術を売り出したいのですわ」
出雲鏡花は簡単に言ってのけた。
「商売熱心なのかな?」
「中世ヨーロッパ風な舞台で、サムライ剣術が幅を利かせているのが面白くないだけかもしれません」
カエデさんが答えてくれた。確かに、戦国時代群雄割拠の舞台で西洋剣術がブイブイいわせていたら、私も面白くはないだろう。
「いずれにしても、この配信は相手方への挑戦状という意味合いもございますので、プロリーグ戦のみならず夏イベントへ向けての話題作りにもなりますわ」
ふむ、株価もうなぎ登りであろう。
「別な言い方をすれば、プロチームの両軍激突はどちらが勝っても夏イベントで決着というシナリオですから。そりゃもう話題が尽きないとはこのことですよ」
「さらなる欲を言えば、どこかのVtuber会社が西洋剣術を習って、株式会社オーバーのアイドルさんたちと戦えば、世界中が大騒ぎだね」
「……………………」
「……………………」
お?何故に二人とも押し黙る?
「リュウ先生、実はその計画がすでに進行中なんですが……」
「くれぐれもご内密に。いわゆる機密情報というものですので、口外は厳禁ですわよ」
「肝に銘じておく。そうしないと身に覚えのない借金が降り掛かって来そうだからね」
いかんいかん、いつの間にやらCAに足を踏み入れていたようだ。
慣れない儲け話などするものではない。
「しかしそうなると、プロチームにアイドルさんにアマチュア軍団と、指導だけでも目が回りそうに忙しくなるね」
「それ故に、西洋剣術のマネゴトができる方を量産したのですわ♪」
抜け目の無い女だ、出雲鏡花。
「ということでリュウ先生」
「断る」
出雲鏡花の申し出をすげなく断った。
しかしこのデコ娘はなんのためらいもてらいもなく続ける。
「西洋剣術集団、銀色に輝くハゲタカ軍団の特徴と対策を練ってくださいまし」
「あ、そういうことなら」
思わず安請け合いしてしまう。
「ちなみに過去試合のデータは、可能な限り集めておきました」
カエデさんが言った時点で、しまったと気がついた。
私はカエデさんが集めたデータを、すべてチェックしなければならないのだ。
しかし私には力強い味方がいる。
G4のことだ。正式にはGREAT4、つまり私を含む災害先生たちのことである。
待ってろ士郎、フジオカ。
お前たちにもこの面倒、押しつけてやっかんな。
「おや、ワシぁ仲間はずれかい?」
緑柳師範が加わると、報告書がすべて緑柳カラーに染まってしまいます。
どうかここは……。
「仕方ないのぅ」
ということで。
「俺たちが呼び出されたってことかい?」
「シルバー・コンドルの特徴や傾向なら、参謀たちが把握してるものと思ってたけど?」
「二人とも、見に覚えのない借金に襲われたいかい?」
「さ、資料動画と取っ組むべ!!」
「デビュー戦から順を追うのが良いでしょうな!!」
ということで、シルバー・コンドルの六人制試合、デビュー戦。
重武装のフルプレートアーマー六人を相手。
武器も槍にメイスにロングソードと、新兵格のデビュー戦にしては、少々キビシイか?
ところが敵の打ち終わり、突き終わりにつけ込んでスルリと間合いに入り込み、小手や腕、あるいは太ももにペチペチと打ち込んでゆく。
先制点を確実に奪ってゆくあたり、なかなかにニクイ連中だ。
そして敵の反撃には足さばき、さらにはクルクル剣できっちりガード。
言い忘れたが、シルバー・コンドルの六人は全員片手剣という勇敢さであった。
対する重武装チーム、懸命にヘヴィな攻撃を繰り返すがどうにも失中が目立ってしまう。
右は入らない左も駄目。
右が入らない、というところだ。
重武装チームを応援する者がいたら、さぞかしストレスの溜まる展開だろう。
試合中盤に差し掛かるところ、重武装チームの防具が砕かれ始めた。
ダメージの蓄積だ。
それでも、と重武装チームは果敢に攻め込んだ。
いかん、熱くなり過ぎだ。
案の定、小手を二度三度と斬られ、片手を失ってしまう。
槍もメイスもロングソードも、片手で扱わなければならない状況。
そこで、「ほう?」と唸らされた。
シルバー・コンドルチーム、兜ののぞき窓にレイピアを突き込んだのだ。
なるほどレイピアで重甲冑を倒すには、適確な手段と言える。
一度でキルに繋がらなければ、もう一度。
ふむ、ワンショットワンキルのできる私たちからすれば、練度に熟成が欲しいところだが。
それでも二の突きを確実にキメているので、ヨシとしよう。
結局のところ重武装チームは六人ともキルを奪われ、シルバー・コンドルは手傷すら負っていない。
ワンサイドゲームであった。
「う〜〜ん、チームの目標とするところは感じられるが……」
士郎さんがうなる。
「感じられるけど、まだ経験値が少ない」
これはフジオカさん。
そして私は、二人がそのように感じる理由をズバリ突いた。
「二人一組の戦法はありませんでしたな」
そう、個人個人の戦力に申し分はない。
しかしチームとしての戦力、その視点で見るとまだまだ未熟だ。
「いや、リュウ先生。まだデビュー戦でしかありませんよ」
フジオカさんの言葉に、二戦目三戦目を立て続けに観戦。
しかし、それでも二人一組の戦術は見られない。
一人一殺というか、タイマン勝負で担当する敵を痛めつけたりキルを取ったりであった。
「……西洋剣術には土方歳三はいなかった、と見るべきなのか」
士郎さんは慎重に言う。
自分たちができる物は他者もできる。
自分たちが思いつくものは他者も思いつく。
そうした油断の無い厳しさが、ほのかに垣間見える。
勝負の鬼というところか、その剣の厳しさと同じ己への厳しさだ。