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ヒナ雄くんのGet the ather one

 大きな、大きな、大きな出費であった。学生の身分で回転寿司を他人におごるというのは、大変に大きな出費であった。ましておごる相手が自分よりもはるかに金持ちで、少食を語りながら五〇〇円皿ばかりヒョイヒョイと食べられるとなれば、痛みはさらなるものであった。


 みなさんお久しぶりです。一般プレイヤーのヒナ雄です。クリティカルヒットを奪うコツを覚え、古武道の立ち方歩き方を研究し、実際に六人制試合で圧勝できるようになった僕たち、チーム『情熱の嵐』ですが、致命的な弱点を金持ちのくせに貧乏学生にたかるデコ、出雲鏡花に指摘されました。



「どういうことさ、デコ?」

「お黙りなさい、ブタ」

「ブー」



 冗談はさておき、出雲鏡花は電話の向こうから。そして僕はゲーム世界、つまり『王国』で。



「ヒナ雄さん、貴方のチーム『傷だらけのローラ』のメンバーを一人ずつ上げてごらんなさい?」

「チーム『情熱の嵐』な。僕に蒼魔、爆炎にダインくんにキラさん……」

「何名居りまして?」

「五人……」





 言わんとするところはわかる。僕たちチーム『情熱の嵐』はメンバーが五人しかいない。つまり六人制の試合に出るには息の合わない野良選手と組むか、カカシ同然のNPCがメンバーに入り込んでしまう。そこがネックと言えばネックだ。



「もちろん僕たちもメンバー募集はしているさ。だけど応募してくる人がみんな不正者なんだから、仕方ないだろ!?」

「ちょっとまっていてくださいな」



 電話が切られた。何がまっていてくださいな、なものか?

拠点の練習場を眺めること、しばし。コンコンコンと三度、拠点のドアが鳴った。はて、僕たちの拠点にお客さんだろうか? どちらさま? と、ドアを開けると光り輝くおでこが目に入った。


 栗色の髪がカチューシャで後ろに撫でつけられている。夏物のセーラーに赤いスカーフが鮮やかである。そして黒いハイソックス。僕はそっとドアを閉めた。閉めたドアが乱暴に開かれる。



「なにをしてくれますの、ヒナ雄さん!! 可憐な乙女を炎天下にさらすなど、ジェントルマンの所業とは申せませんことよ!」

「すみません知らない方、ここはチーム『情熱の嵐』の拠点です。勝手に入って来ないでください」

「あら、現実でもキュートなわたくしが、ゲーム世界で可憐さにさらなる磨きをかけたので、照れてらっしゃいますのね?」



「うるさいデコ、黙れデコ、デコデコデコデコデコ。お前なに僕のプライベートにまで侵略かけてくれてんのよ?」

「なにをおっしゃって、ヒナ雄さん。迷える子ブタがあと一人メンバーが欲しいとブヒブヒ鳴いているのを聞きつけて、マジ天使鏡花ちゃんが舞い降りてさしあげたのですわよ? もう少し喜びなさいな」



「誰がマジ天使よ……ってお前、実名披露すんなや」

「ゲームで実名を使用して、誰が実名だと思いまして? 何ひとつ不利益はありませんわ」

「とかいってお前がメンバーになるとか言うなら、大却下だぞ?」

「あら? このような腕力至上主義なゲーム世界で、わたくしの細腕をご所望でして?」





 そのようなことは、まったく無い。そして僕は疑問をひとつ口にする。



「にしても、なんでセーラー服なのさ?」

「暑い夏だからですわ」

「大学生だろ、お前。高校の制服着るなや」

「あら、これは中学時代の制服ですわ。もちろんサイズは現在のものに合わせておりますけど」

「それでも着るなや」



 で、このデコはメンバーを紹介するとかなんとか言っていたが……。



「そうですわね、早速本題に入りましょうか。ヒナ雄さんが『あと一人欲しい……』とおっしゃっていましたので、オススメメンバーを集めてみましたの」

「ほう、これはまた随分とお節介な」

「学友が困っておりますのよ? そんなときにこそ動くのが友人というものでしてよ?」



 僕には『恩の安売り、あとで高額回収』という風にしか見えないのだが。



「不肖この細腕の鏡花めが集めた人材ですので、ヒナ雄さんのお好みに合うものかどうか……」



 これはロクでもない人材を集めておいて、僕をズッコケさせるという戦略か? いや、それは単純過ぎるな。ならば一見有能その実地雷、という人材か?

いずれにしても見てみないことには話が進まない。



「それでは見せてもらおうかな、出雲鏡花の人脈とやらを」

「わかりましたわ、それでは第一候補、カミン! ですわ!」





 ゾロゾロと六人の男女が入ってきた。真ん中にいるのがリーダーだろう。



「よう! 君がメンバーを募集しているヒナ雄くんだな! 俺の名はジョージ・ワンレッツ!」



 濃厚な頭髪、太く男らしい眉。そして力強い眼差し。ジョージ・ワンレッツ、燃える男だなと、僕は感じ取った。



「俺たちは今回鏡花さんの招きで、君と引き合わせてもらった! ともにこのゲーム世界から、不正者という悪を一掃しよう!」

「素晴らしい志ですね、ジョージ・ワンレッツさん。ですが僕が欲しいメンバーは一名でして、残念ながら六人の受け入れることはできないんですよ」

「ぬう! それは残念だ! しかしもしもマクーの魔の手が伸びてきたなら、遠慮なく俺たちを呼んでくれ! 約束だ!」



 燃える男ジョージ・ワンレッツは、軽自動車のジムニーに乗り込んで去って行った。同行の若者はパジェロに乗っているというのに。



「ジョージ・ワンレッツ……熱い男だったぜ……」

「あらあら、残念ですわね。仲人役としては肩を落とすばかりですわ」


「いや、六人チームがすでに成立しているみたいだったから、ウチで迎える訳にはいかないよ」

「でしたら第二候補は孤独なヒーローですわ、ヘイカミン!」



 ドアが開かれて、先ほどのジョージ・ワンレッツ以上に燃え盛る男が入ってきた。

 濃い……。


 それが僕の第一印象だった。パットやプロテクターの入ったゴツイ革ジャンと革パンツ。クセのある濃厚な頭髪。太い眉に力強い眼差し。系統としてはジョージ・ワンレッツと同じ人種である、と僕は感じた。

 しかし彼は、何故か炎のエフェクトを身にまとっている。よく食べて、よく働き、よく眠っているのだろう。だからこれほどまでに精力的なのだ。



「私の名はキャプテン・フジオカ! ヒナ雄くんと言ったね……? 君の心は燃え盛っているか!? 熱く青春の炎を、燃え上がらせているか!? 打ち込むんだ、何事においても!」



 まるで、たった一人で地球の平和を守り抜いたかのような、そんな自信と迫力に満ちていた。それはさきほどのジョージ・ワンレッツにも言えたことだ。ヒーロー、そんな冠が彼らには相応しい。だ・が・し・か・し!



「大変に素晴らしい人材であり、僕も喉から手が出るほど渇望しているのですが、キャプテン。貴方の言葉は常に正義であり、正しく僕たちを導いてくれるでしょう。ですがそれでいいのか? となると僕は首を横に振らざるを得ません。僕たちは迷い、悩み、その上で一歩を踏み出す若者なんです。迷うことに価値があり、悩むことが宝なのですから。……キャプテン、貴方のような人とは、あと五年早く出会いたかったです」





 そう、彼は少年を導くものであって、青年にとっては乗り越えるべき壁である。そんな存在なのだ。だから今は、涙をのんで袂を分とう。そして僕たちが、あなたのような『男』になれたなら、そのときはともに盃を交わしてください。


 ありがとうございました、キャプテン。僕たちのヒーロー! ……キャプテン・フジオカはレーサーマシンにまたがると、「悪の組織のフランス支部を倒すんだ!」と去って行った。ゲーム世界にもあるんだな、フランス……。



「さて、とっておきのキャプテン・フジオカまで袖にされては、わたくしも最後の候補を立てなければなりませんね」



 デコを輝かせながら、出雲鏡花(プレイヤーネーム/実名)は言った。指を鳴らしてドアの外へ呼びかける。



「ヘイ、穀潰しカミン!」



 穀潰しと呼ばれて入ってきたのは、ごく普通の青年。プレイヤーネーム、大矢健三郎くん。



「これはウチの使用人の穀潰しですが、ヒナ雄さん方の使うスキルはすべて仕込んでありますわ。いかようにでも使い潰してくださいまし」



 革の鎧に革の兜、手槍を片手に大矢くんは戸惑い気味であった。だけど彼からは、なんというかこう……同じ匂いがするのだ。出雲鏡花に振り回される者、という匂いが。



「あの、大矢くん。ご迷惑ではありませんか?」

「いえ、このデコからほんのひとときでも離れられるのですから、迷惑だなんてとんでもない」

「じゃあ決まりだね、大矢くん。僕たちのクランに入ってもらえるかい?」

「喜んで」



 実際彼は有能だった。かゆいところに手が届くというか、敵を引き付ける囮役を買ってでてくれたりと、メンバーのために労を惜しまないところがある。メンバーとはすぐに打ち解けることができた。とくにダインくんとの相性がよさそうだ。





 これで僕たち、チーム『情熱の嵐』は六人揃った。これで六人制試合にも迷うことなく出場できる。しかし悪魔の申し子は、不穏な言葉を残して去って行った。



「そうそう、まったくナイショのお話ですが、『王国の刃』にイベント明けから飛び道具が実装されるそうですわよ?」

「飛び道具? この生粋ド突き合いゲームにかい?」

「ド突き合いで勝てないプレイヤーたちがあまりにも不正に走りすぎるので、運営からのプレゼントではありませんこと?」



 運営の決断というのは、諸刃の剣だ。ときとしてゲームのバランスを崩し、世界観からなにから崩壊させてしまうことがある。




 出雲鏡花の発言は、まさに爆弾そのものであった。


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