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部品練習・血振り

右手を柔らかく、楽に使うというのをポイントとしてあげると、背が低いとかリーチが足りないという問題が解決。

ほぼほぼ全員が、納刀をスムーズにこなせるようになった。



「そうなると、こう、もうひとつ見せ場が欲しくなるよね」



何をやらされるのか?アイドルさんたちの間に緊張が走る。



「大丈夫、無茶はしないよ。コレこれ、これをやってみないかい?」



刀は右手に、頭の横へ持ち上げスッと振り払う血振りの動作。

バーチャルの女の子たちは瞳を輝かせる。



「ただし、あんまり振ろう振ろうとは考えないで。これはヒジを痛める技だからね」



先に言っておく。

重たい日本刀を片手で、しかも絶対に勢いがつく上から下への振りだ。

誰でもヒジを痛めることができる。



「それじゃあまずは斬った姿勢から。ここから血振り稽古を始めます」



刀を地面と水平に取る。

柄頭が身体に近すぎな者、遠すぎな者といるが、まずは血振りだ。



「最初に刀身を、右四五度に傾けようか」



刃と峰を結ぶ線ABが右に傾く。



「そこからとりあえず四五度方向へ、手首だけで切っ先を持ち上げる」



クイッと切っ先が持ち上がる刀。



「美しく血振りの態勢にはいるためには、切っ先を持ち上げる動作と若干前へ突き出す動作。そして線AB方向へ腕を運ぶ動作を連携させます」



腕が身体の真横に来た。

すでにヒジは伸び切り、大きく背後の敵を突き刺す形。

この辺りも口頭で説明。

手の内は変化せず、つまり刀身は四五度のまま。



「そのままヒジを折り畳み、拳を側頭部へ」



その姿勢で拳のリラックスを表現するため、指をフニャフニャ動かして見せる。



「なぜ指をリラックスさせるか? それはここで小指を締めるから」



ヒュンと風鳴りを立てて刀は振り下ろされる。



「だけど無理に振らないで。小指を締めたら自然と刀は落ちるから。そして右手の掌、ここで切っ先のバウンド……跳ね上がる柄を受け止める」



そう、バウンドを止めるのは掌部分なのだ。ここで居合の秘訣。



「振り下ろした切っ先は、斃れた相手を狙っていること。これが大切」



ちなみに。



「斬った姿勢からの初動、四五度へ傾けた刃。実はここから血振り成功までの過程で、刃か切っ先がずっと斃れた敵を狙っているんだ」



ゴクリ……アイドルさんたちは生唾を飲む。



「……い、居合ってしつこい。っていうか、いやらしい……」



ピンクのオオカミさん(?)がもらした。



「油断が無いと評価してください」



そう言ってから、私は刃を傾けるところからの動作すべてで、蘇ってきた仮想の敵を斬ってみせる。

傾けた刃から、そのままひと太刀。

刀を真横に運んでくる間にも、ひと太刀。


真横に運んできて、背後の敵を貫いた形からもひと太刀。

そして血振りの動作そのままで最後のひと太刀。



「ここもまた誰でもできる居合の味があるから、ちょっと実演してみせよう」



血振り成功の態勢は、右足前の左足後ろ。この左足を前足の横に揃える。



「これは敵が本当に絶命しているか、確認しているんだよ」



そして先ほど説明した通り、切っ先は復活した敵をいつでも突けるように狙いをつけたまま。



「はい、敵の死亡が確認できたので、納刀します」



その前に、揃えた足元は右足をさげる。

そして納刀……の途中に、すぐに抜き付け。

横一文字に仮想敵を斬ってみせる。


それから改めて納刀。

正式には片ヒザを着くのだが、ナンチャッテ居合なので立ったまま。



「さあ、居合の見せ場のひとつ、血振りに戻ろうか。斬ろう振ろうとは考えず、線ABの方向へ刀を落としてごらん」



まずは始祖アイドルの相川海さん。



「えい!」



と声は出しているものの、振ろう斬ろうの欲が無いのは確かだ。

良い血振りができている。

が、最後に切っ先がブレてしまった。それでも万々歳で褒めてあげよう。



「それ! それだよ。斬ろう振ろうとしないことが大切。さあ、みんなも刀をただ落としてみよう!」



次から次へと血振りに挑戦。

成功している者、失敗している者。

様々ではあるが、失敗した者はすべて斬ろう振ろうが目に見えていた。



「マンガやアニメのイメージは頭から消して。あれは格好良く見せるための演出で、実際にやると怪我するからね。ただ落とす、ただ小指を締める」



しかし納刀のときよりも稽古は難航した。

やはり格好良い動作というものはタレントとして欲が出るものだ。



「それじゃあね、みんな血振りを成功した形に入ってみて」



つまり、刀を振り下ろした姿勢。



「ユキさん、輝夜さん。切っ先の位置を直してあげて」



ここまで出番の無かった専門家二人に依頼する。

ユキさん輝夜さんの二人は、専門家としていやらしくアイドルさんたちを眺め回ったが、ほとんど修正するところは無かった。

私も血振り成功の姿勢を取る。



「じゃあここから、手首だけで切っ先を持ち上げて……」



逆再生のように、血振り準備の態勢に戻る。



「やってごらん」



できない技は、案外逆再生を繰り返すことで出来るようになったりする。

アイドルさんたちは素直に逆再生。

理論理屈は分かっているようだ。

だから。



「はい、それを何回も繰り返そうね」



つまりこれは、血振りという動作の裏も表も、ベロンベロンと舐め尽くす稽古なのだ。

『サバキ』のカラテで有名な芦原会館開祖、芦原英幸先生も言っていた。



「回し蹴りができたら後ろ回し蹴りもできるはずなのに、何故かみんなできないんだ」



そう、回し蹴りの逆再生が後ろ回し蹴りなのだ。

後ろ回し蹴りができない者は、回し蹴りを理解できているとは言い難い。

回し蹴り門外漢の私でも、それは理解できる。


だからこその逆再生稽古。

そしてこの逆再生稽古を誰よりも熱心に取り組んでいるのが、ユキさんと輝夜さんだった。

その稽古は、血振り成功どころかナンチャッテ居合一本目の納刀終了から抜き付けまで、すべて逆再生するという入れ込みようだった。



「どうだ、ユキどの。何か掴めたか?」

「はい、色々と。輝夜さんはどうですか?」

「もっと一途に、より真剣に!!」



いや輝夜さん、あんたはそこまでやり込まんで良い。

君の師匠に私が怒られる。

そんなときに役立つ魔法の呪文が、古武道社会にはある。



「目録二人!! そっちは今この場での上達じゃなく、格調高い居合を目指さんかっ!」



叱りつけるように言うと、二人は背筋を伸ばして「ハイ!」と返事。



「ユキどの、格調高い居合とはどのようなものか?」

「そんなの私に訊かれても、わかりませんよ」



中堅剣士二人は、戸惑っている。

私からすれば、二人は十分に格調高い剣士である。

格調高い剣というのは、いかなる動作にも隙が無く、洗練されている剣のことだ。

尖った殺気よりも封じる意識。


いさかいよりも調和。

二人の若い女性剣士は、すでに熟練の領域にあった。

しかしどうだろう。


改めて当たり前の疑問を投げつけると、正解はどうなんだろうと狼狽えてしまう。

ここで甘手を打っては、私たち以上の剣士誕生の芽を摘んでしまう。

期待の若者には、あくまで厳しくである。


そしてアイドルさんたち。血振り成功の態勢から血振り準備の姿勢まで、黙々とこなしている。

文句も言わず、嘆くことも無し。

そのうち、キツネさんが手を挙げた。



「先生、こんな感じでどうでしょうか!?」



それは、血振り成功の態勢から準備の位置の戻ってからのアクション。

ピウ……と風を斬って、切っ先はピタリと止まる。



「格好良い格好良い!! すごいですよ、キツネさん!」



カエデさんが手放しで大喜び。それで良い。この娘たちには、成功したらご褒美の方針が一番なのだ。


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