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まだまだ稽古

「ちなみに先生、なんちゃってじゃない居合ってどうやるんですか?」



ちびっこぺったんこのソナタさんから質問が入る。



「正座から片膝立ちになって抜刀。さらにとどめ、血振りで立ち上がり、納刀で片膝から正座に戻るんだけど。言うより見た方が早いよね」



ということで、実演。

刀を腰に差したまま正座。



「このときお尻はカカトに乗せず浮かせておく。武士の正座はそういうもの、常に即応体制を取っているものなんだ」



そこから敵の気配を察することで柄に手をかける。

手をかけたときには両足の中足を立たせている。

いつでも立ち上がれる準備だ。


中足の構えからヒザ立ちになりながら刀を鞘から抜き出し、鞘を刀から抜く。

序破急、刀のスタートはゆっくり気取られぬよう、しかし徐々に速度を上げて切っ先が鯉口から離れる瞬間。

鞘を横倒し、横一文字に斬る。


狙うは自分と同じ体型の敵の目、すなわち右腕は水平で切っ先のみやや下がる。

敵は正座のままのけぞり、これを避けようとする。

そこにとどめの太刀だ。


横向きの刃、次は上段に振りかぶるのだが、切っ先を水平移動する感覚で左耳にの後ろへ運ぶ。

ほどよい場所へ切っ先が入ったなら、刃を天に向けて頭上へと運ぶ。

脳天の位置に刀が来たなら、左手主導で刀を取り、真っ向から斬り下ろす。


このときは遠慮なく、存分に、敵のへそまで真っ二つ。

ここまでを口頭で説明しながら実演。しかし、闘いはまだおわっていない。

斃れた敵を意識しながら刀身を右四五度に傾け、線ABの方向へ切っ先から刀をもちあげる。


このときこそ、切っ先で背後の敵を突き刺すように。

右腕を伸ばして水平に、大きな動作で。

背後の敵を突き刺したなら、腕の水平を保ったまま、ヒジを折り曲げる。


拳が側頭部まで届いたなら、小指を効かせて片手振りの血振り。

振り切った切っ先は、斃れた敵に向けている。

血振りの動作もただ振るのではない、敵が息を吹き返したときの反撃として、斬る振りでなくてはならない。


立ち姿は、片手振りを終えた右足前の形。

敵の死亡を確認するため、後ろにあった左足を右足に並べる。

当然だが、敵が生きている可能性を配慮して、切っ先はいつでも突けるように戦闘態勢を維持。敵の死亡を確認してから、右足を引く。


ここからは納刀。

左手は一本拳、厳しく締めた親指と人差し指。

その隙間に刺しこむように切っ先を挿れる。


まだまだ闘いは終わっていない。

いつ敵がよみがえっても即応できるよう残心して、刀を納めながら片ヒザに。

そう、納刀は抜刀の逆。


つまり刀を納める動作は、すぐに抜刀できることを意識しながら。

片ヒザから正座に戻り、ようやく戦闘終了。



「素人考えだと、座っての居合の方が簡単に見えますが」



艦長さんの感想だ。



「未経験だと確かにそう見えるよね。だけど座っているところからわざわざ立ち上がって、立ち上がりながら刀を抜くんだ。そう考えたら面倒くさいよね?」



口頭による説明だけで、艦長さんは納得。



「下手に座っての居合をやりたいとか言うよりも、今は素振りや納刀をしっかりやった方が良さそうですね」



理解も早い。



部品パーツごとに稽古するっていう考え方は有りだね。できないことをいつまでもウンウン唸っていつまでも出来ないでいるよりも、できる部品パーツをひとつずつ増やしていく。これも上達の近道だ。特に好きな部品パーツ、気になる部品パーツを中心に磨きを入れていくのは、より居合を好きになれるからオススメだ」



私からお墨付きを入れると、アイドルさんたちは顔を見合わせ、納刀の稽古に入った。

面白いくらい、全員が納刀をしている。



「どういうことだろう?」



カエデさんに訊いてみる。



「居合最大のミステリーだからでしょうね。私も最初は謎でしたから」



まあ確かに、あの長い刀が正確に鞘へと導かれるのは、若かった私にも謎ではあった。

だがそれでも。



「リュウ先生、それはリュウ先生が男性だからじゃないんですか?」



そう、若かった私は「部品ごとに稽古」などと言われれば、即座に抜き付け。

または真っ向斬り下ろしを始めたものである。

そしてそれが男性修行者の特徴と言われれば納得だ。


というかカエデさん、私の心を読まないでくれ。



「だけどせっかく納刀の稽古をしてるんだ。抜身の状態を作るために、抜き付けもワンセットで稽古しようじゃないか」



そう、せっかく稽古するなら効率よく。

納刀と抜刀はワンセットで考える。

そうすると抜刀の動きが納刀の逆再生に感じられる。


それは刀に馴れてきた状態である。

抜くも納めるも自由自在とまでは言わないが、ファンタジーなアイテムが日常的な道具になっているということだ。

入門したその日から、「君は今日から剣士だ」と言われてもピンと来ないだろう。


しかし掌の感覚が育ち、体幹ができてきたならば、刀を珍しいと感じなくなれば。

もう剣士を名乗っても良いはずだ。



「先生、鞘が帯に邪魔されて、上手く動かせません」



元気者であるカモメさんの嘆きだ。

私は自分の差料を動かしながら説明する。

まずは差料を前後に水平移動。



「差料はこう動かすこともできれば、こうも動かせる」



こうも動かせる、というのは上下の角度。

刀が上を向いているか御辞儀をしているか。



「そして、帯があるから鞘はそこにいてくれる。あっちこっち出掛けたり、そっぽを向くこともしない。いつでもカモメさんの味方をしてくれる」



さすがに、『鞘は友だち』とまでは言わない。

何故ならカモメさんの問題は、鞘引きが足りないだけだからだ。

逆に言えば。「帯を信じて、もっと大胆に鞘を後ろまで引く。



それだけで自由度は格段に跳ね上がるよ」

「先生、ボクはリーチが足りてないみたいです」



今度はちびっこぺったんこのソナタさんだ。

これも初心者にはありがちの勘違い。



「ソナタさんは右手でガッチリ刀を握りすぎ。もっと力を抜いて、手首も柔らかく」



意外かもしれないが、これだけでリーチは大抵足りてしまう。

自分のリーチが長くなったのではないか、と勘違いするくらいだ。



「先生、鯉口と切っ先の相性が良くありません」



ハツリさんにも問題発生。



「まずはゆっくりと、一度納刀を成功させる。そしてそのとき、右手をどの位置に突き出したか、鞘はどれくらい引いたかを覚えておく。すると次も同じ位置に柄と鞘を運べば納刀は成功するよ」



特に初心者は、柄を高い位置に持って行きがちだ。

ズバリ刀身と鞘はほぼ水平。

むしろ刀を御辞儀させる気持ちでちょうど良いくらいなのだ。


あとは頑ななまでに、左一本拳の親指と人差し指を力強く締め上げる。

このふたつの指を締め上げれば締め上げるほど、スムーズに刀身は鞘へと導かれる。

ガイド、レール、発射台が堅固であえばあるほど、切っ先はそこにしか進まないとでも説明すれば信じてもらえるだろうか?


そんなに締め込んだら、手を斬っちゃうよ。

と思うだろうが、頑なな指と指に隙間を開けるのは切っ先の峰部分だ。

そして指と指が頑なに締め上げるのは、刀身の棟部分。

刃や切っ先には触れようにも触れられないのが事実なのである。


そのことを実演して見せた。

アイドルさんたちは私の手元に注目して、「おぉっ」と感嘆の声をあげる。



「大切なのは稽古不足からくる不信感で、モチョモチョと指を動かすこと。これは間違いなく指を斬る」



そして、稽古ではゆっくりと落ち着いて納刀すること。

焦ってはいけないし、速く納める必要も無い。

そんなのは本番、死ぬか生きるかの場で行うべきだ。


ゆっくりと正確に抜けないものが、何故素早く抜けると思うのか?



「普段できない練習してないのに、素早く抜ける訳無いじゃん」



そう思う方もいらっしゃろう。それはリングやルールが準備されて、決闘の日時が決まっている公平な競技の話だ。

その競技の場でさえ、普段の練習の成果を発揮できないことがままある。

何故か? いつ、どこで、どのような条件であろうとも勝ちを得るための稽古がたりなかったのだ。

単純にそうでしかない。


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