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なんちゃって居合を教える

余った尺をどのように埋めて、どのようにして視聴者を飽きさせないようにするか。

緊急の課題である。

そこで私もひらめいた。



「せっかく刀の扱いをやったんだ。みんな大好き『簡単な居合』でもやってみないかい?」

「それは良いですね」



カエデさんも機嫌を直す。

しかしカエデさん、君はいつからアイドルさんの視聴者数まで気にする、スタッフサイドになったんだい?

ま、それはそれとして。

カエデさんはアイドルさんたちの注目を集める。



「それではみなさん、予定外に据え物斬りが成功しましたので、ここからは見て格好いい学んで楽しい。基本的な居合をやってみましょう!」



アイドルさんたちがざわめく。

これまでも基本稽古、あるいは即戦力となりそうな剣術の攻防は稽古してきた。

もちろん真剣勝負前提の技ばかりだ。


それでも居合というものは、特別の格好よさがあるのだろう。

みんな目を輝かせている。

ということで、まずは技の展示。


本来は正座から立ち上がりつつ、抜いて斬って立ち上がりながら血振り。

座りながら納刀という流れなのだが、あくまで視聴率稼ぎの居合だ。

立ったまま行う。



「まずは全員、刀の位置を確認して。鍔が正中線上、お腹から鍔までの距離はひと握り分だけ」



常にその位置にあるように、とつけ加える。



「いつもその位置でなければならないんでしょうか?」



できる女系の鷹崎メイさんが訊いてきた。



「そうだね、居合は表向き急な襲撃に遭ったときの対応なんだ。だから襲撃に遭ったとき、いつもの場所に刀があった方が即座に対応できるだろ?

刀どこ行った、ありゃ鍔掴んじゃった、では話にならない」

「でもセンセー、表向きってことは裏向きってこともあるんですかー?」



ハツリさんが楽しそうに訊いてきた。



「もちろん、対応としての居合はいわゆる護身術だ。だけど襲撃側になると、いきなり抜いて斬っての不意打ちができるから、暗殺術として使えるんだ」



サッ……。アイドルさんたちの顔から、笑みが消えた。

中には瞳のハイライトまで消えた者もいる。



「暗殺術って……」

「物騒なんですね、居合って……」



そりゃまぁ、球技や舞踏じゃないしゲームでもないから。

まあ、ここはゲーム世界ではあるけど。



「とはいえ、多少なりとも居合ができると格好いいからさ、まずはやってみよう」



格好いいという言葉は魔性を秘めている。

ましてそれが刀剣という、現代人にとってのファンタジーなアイテムとくれば、なおさらである。

暗殺、人斬りといった残忍な現実を乗り越え、アイドルたちは立ち上がった。



「それじゃあまず刀の位置を確認して、右手で柄を左手で鞘を取ります」



右手は拝み手で指先が上を指し、左手は自然に鞘を取る。

この辺りは先に説明した通り。



「左手親指で鍔を押し出して、まずは鯉口を切ります」



ドラマやアニメなら、チャキッと音がする場面。実際には音らしい音はしない。



「はい、右手で一本拳を作って柄を取り、正面の敵に柄頭を伸ばすように……抜いていきます……」



静かに気配なく、ただこれもまっすぐ伸ばせば敵に小手を斬られるという理由で、右前方へ抜いてゆく流派も存在している。

ひとつ団体には諸流派が集い、ひとつ流派には数多の派閥が存在する。


そして考え方や解釈は、それぞれの工夫なのである。

頭ごなしに否定するものではない。そして簡易居合に戻ろう。



「刀を鞘から抜くのは、鞘から刀を抜くことだからね」



鞘引き、この技術は古い流派には少ないかもしれない。それは私の個人的な感想なのだが。



「刀身の半分も抜けたかな、と思ったら鞘を横倒しにします」



角帯に刀を落としたとき、刃は上を向いている。

その刃を左側、つまり身体の外側へ寝かせるのである。



「ズリズリとゆっくり抜き出してはきたけれど、そろそろ左手指差すに刀の切っ先を感じてる人もいるんじゃないかな? そういう人はちょっと待っててね」



全員が抜く動作を止めるのを待つ。

どうやら全員が方の帽子を左手指で感じたようだ。

ちなみに抜いている最中は刀の棟を親指と人差し指でしっかり挟ませている。


刀身と鞘の内部には隙間がある。

抜き出される刀、納められる刀は暴れがち。

これをしっかり安定させて、鞘の内外へと導いてやるのだ。



「さあ、いよいよ切っ先を鯉口から抜くけど、変に力まず右手の小指を締めるだけ。左手で鞘を腰の後ろまで同時に引こう」



ピンと抜いた。私の切っ先はピタリと止まる。

しかしアイドルさんたちの切っ先はブレた。

今日はじめてまともに刀を抜いているのだ、当然である。


そして切っ先の位置もバラバラ、どこを斬っているかわからない状態。

もちろんそれも当然だ。ただし。



「あとあと響いてくるから、ここは説明するよ。今回は腕を地面と水平に。その延長線である刀も水平に」



それが一番わかりやすい。

そしてこのとき、右足を一歩踏み出させている。

抜刀と同時に一歩だ。



「これで敵にひと太刀浴びせた状態、まだ致命傷じゃない。そこでとどめだ」



ここは口頭による説明を入れる。



「いま刃は水平横向き、これを切っ先の方向へ」



背後の敵を突くかのように。まだ刃は水平横向き。



「後ろを突いたら、ひだり耳をガード」



ここで初めて刃は上へ向ける。

当然切っ先の位置が上がったり下がったりはしない。



「耳、横面をガードしながら片手で頭上に刀を運んで……」



鞘を掴んでいた私の左手は、すでにスタートしている。



「刀が脳天に来ると同時に左手。刀を取る」



初心者には不可能で、アイドルたちには要求しないことを読者のみなさまにだけ。

当然のことではあるが、左手が刀の柄を取った瞬間で左右の主従が交代する。

それまで刀を運んできた右手が、いきなり楽をするのだ。


ただし、瞬間的な交代は要求しないが、左手で振る原則は守ってもらう。

頭上に刀を振りかぶった状態で停止させて告げる。



「はい、ここで右手はリラックス。左手の小指を締めることで切っ先を持ち上げる、持ち上げる、持ち上げる……そのまま刀を落下させる」



ヒュン……私の刀は樋鳴りする。

アイドルさんの中にも、かすかな樋鳴りを起こした者もいた。

だが、全員の刀が御辞儀している。


左手首も死んでいた。

ま、仕方ないことではあるが、やはりここは言っておかなければ。



「切っ先が垂れ下がって柄頭が持ち上がっているのは、左手の掌底部分で刀をおさえていないからです。今のみなさんは左手首が刀の重さに負けて、伸び切ってしまっている。これでは敵の反撃に対応できないので、しっかり刀を押さえ込んで」



ちなみに私の刀は水平位置でピタリと止めてある。



「そして今の斬撃で刃鳴りがしなかった者は、左手を小指で斬らずに両手を使ってしまったから、刃筋が狂ったもの。右手を使わずに左手だけで斬る。できるようになると、案外簡単で詰まらないことになってしまうので、今のうちに失敗を堪能しておきましょう」



ちなみに私が初めて居合をおそわったときなど、こんなに丁寧には教えてもらえなかった。



「斬ってなーい! 斬れてなーーい!! 斬る気がなーーい!! 斬りなさい! 左手の小指を締めて、物打ちから斬るんだ!」



これだけである。



「金払ってるんだこっちは客だぞ、教えろや」



などという態度では、絶対に学べない世界なのである。

本来師というのは、断片的にパーツのみ教えてくれるだけ。

それを一言一句聞き漏らさず、あーでもないこーでもないとパーツ同士を不細工にくっつけ合わせて、その技を師匠に見ていただきダメをだされる。


そうするとまた組み直し。

どうすればいいんだ、これが正解なのかと頭を悩ませまたダメ出し。

そのうち三つ目のパーツが登場して、組み合わせはさらに複雑怪奇となってゆく。


まあ、私なりの言い方をさせてもらえるならば、師について師が教えてくれるなんて思うなよ、というところだ。


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