巻藁斬りの前に
「よし、まずは立とうか」
そのためには刀が邪魔だ。
納刀をおしえる。
まずは鯉口を掴む。もちろん一本拳を作った状態。
親指で人差し指にキツく蓋をする形。
その硬い拳に刀の峰をあてがう。
「絶対に、拳をゆるめるな」
そう注意をして、刀全体の中心部付近、峰を人差し指と親指の隙間にあてがう。
それから鞘引き、同時に柄頭を敵に向けるようにして指の隙間に差し込む。
すると不思議、全員が難なく切っ先を鞘におさめられた。
当然といえば当然、硬めた指がガイドとなって、切っ先や刃を鞘内に導いたのだから。
みんな不思議そうな顔をしていた。
それもまた当然。彼女たちは生まれて初めて、古流に接しているのだから。
「まずは履物を改めよう。カエデさん、準備はできてるかな?」
きっとしてくれているだろう、という期待をこめて言う。
「はい、特注のブーツが仕上がっています」
やはり、カエデさんは仕事がはやい。
アイドルさんたちの前に並べられたのは、それぞれのオリジナルブーツやシューズ。
ただし、底はペラペラでカカトが抜けているもの。足指部分も抜けている。
「ナニこの穴開きシューズ?」
艦長が不平をもらす。
「意外にこういうのが武術の秘訣かもよ?」
始祖海さん、鋭い。
ワンニャンの二人などは靴底の穴からお互いを覗き込んではしゃいでいた。
そこで解説。
「昔の草鞋は半草鞋と言ってね、カカトまで草鞋は無かったんだ」
私は足裏を見せる。
草鞋の長さは土踏まずまで、そしてスタート地点は中足分……というか、足指の付け根辺りから。
つまり草鞋は、足指とカカトが露出しているのだ。
「昔の人はカカトをつけずに歩き、足指で地面を掴んで歩いていたんだ」
古武道はこの足から始まると言っても過言ではない。
ただし、彼女たちは現代人。
突き指などの負傷が無いように、形だけは靴にさせてもらっている。
「あら、これ……」
できる女系の鷹崎メイさんが、靴を履いて気づく。
「中に鼻緒がついてますね」
「まあ、そういう工夫さ」
そしてようやく立つ姿勢の稽古。
これは初期にヒナ雄くんと『情熱の嵐』が解析しているので、詳細は省く。
要点はひとつ、体重を各所に分散させて身を軽くすること。
そのおかげで、「よっこらしょ」という予備動作を軽減することだ。
最初は靴底を引きずるようにして歩かせてみる。
「できるだけ頭を揺らさないようにね」
注文をつけてやるが、なかなかどうして、みんな上手に歩く。
「なんだかモデルさんになった気分ですね♪」
キツネさんが歌うように言った。
本当ならここで立って座ってなどもやるのだが、本日の目標は「巻藁を斬ること」である。
早速取り掛かってもらおう。
それぞれの配信衣装に真っ黒な角帯は締め込まれ、そこに刀が落とされている。
刀の落とし方も様々あるのだが、柳心無双流では水平差し。
刀の鍔はヘソ近く、という形。
「まずは刀を抜きます。左手親指で鍔を押して、鯉口を切る」刀の柄を取る右手は拝むような形、下から上へ差し込むような形で柄へ。小指薬指をからみつかせ、中指人差し指は軽く添える。「それじゃあ左手を一本拳、刀身をしっかり挟み込んで……」
抜く。
同時に鞘も後ろへ引く。
ゆっくりで良い、静かにで良い。
縦に、天井に向かって突き出すようにして、逆に鞘は地面に向かって刀から抜いてゆく。
「切っ先が鯉口から離れたら、悠々と地面に向ける」
堂々と、格調高く抜き放つ。
「もう君たちは剣士でありサムライなんだ。気分と雰囲気をたっぷり出して、遠慮なくかまえなさい」
案外こういうのが、上達の秘訣だったりする。
「はい、右手で剣を取ってるけど、やっぱり形は一本拳ね。そして人差し指。親指の先端を軽く触れ合わせること」
そのことで切っ先が暴れないようにコントロールするのだが、柳生新陰流などでは逆に切っ先を活かすと考えて、わざと指先を離すらしい。
「じゃあ、両手で構えるよ」
右手の刀を片手で中段に。左手で柄頭の側をとる。
「左手も一本拳で。柄頭は掌底の位置に」
モデルを務めるのはカエデさん。
左手を開き、掌底部分に剣の柄頭をあてがい、一本拳を作る。
そうしたら右手は触れるだけ、握っていた力を抜かせる。
全体的に眺めて、まだ力が入っている者に注意。
「それじゃあ次は八相の構え」
私は八相を展示。それから解説。
「刀身で耳にを隠すように。刀と耳にしたの距離は拳ひとつ程度。鍔は唇の高さ、左の古武道は正中線上で水月から拳ひとつ離して。脳天を糸で釣られてるみたいにシュッと立つ」
足の構えの表記を忘れていた。
なにも構えを取っていない状態なら、つま先を正面に向けて。
左右の足の空間は拳ひとつだけ、重心は真ん中が基本的な姿勢。
そこから右足をまっすぐに一足後退。
カカトを中心に三〇度から四五度開く。
「雰囲気たっぷりだけど、必要以上に目を怒らせない、アゴを引かない。あくまで自然に、ゆったりとね」
銃器刀剣の類は人をその気にさせてしまう。
だが、無駄な殺気や闘争心は無駄でしかない。
そうした力み、心の力みは刃筋を狂わせてしまうのだ。
まずは中段の構えで。
「それじゃあ次は中段の構えで、左手の掌底部分を押し込むようにして切っ先を持ち上げる」
切っ先を持ち上げるというか、刀身が立ち上がる。
「はい、それじゃあ同じコースをたどって、丁寧に元の中段に戻ります」
丁度ビデオテープの逆再生だ。
もう一度掌底で刀身を立たせて、逆再生で中段の構えに戻る。
「それじゃあ今度は、少しずつ刀身を水平まで降ろしていきます。注意点は、左手一本の約束を忘れない。そして左の手首が、クテンと伸びきらないようにしっかりふたつの拳を振り下ろすこと」
左手首が伸び切っている者は、カエデさんが指摘して回る。
その際、刀身の重さを左手の掌で受け止めることを教えていた。
そして、立てた刀身を小指で締め込みながら、水平よりやや切っ先が下がるというところまで教えが進む。
「さて、それでは」
おもむろに、台と台に橋渡しにした巻藁登場。
私は人を選ぶ。
「まずはニャンコさん、前へ」
「え〜〜? なにが始まるんだろ〜〜?」
のんびりマイペースな口調。肩の力も程よく抜けている。
「まずは刀を中段に構えて」
私はニャンコさんの構えに、巻藁の位置を合わせる。
「はいそれじゃあ、切っ先を持ち上げて。巻藁のことは見ないでね、教わったとおりの動作をするだけ。気合いも入れなくていいよ。ただ今の教わった動きをするだけ」
ザック……私がGOサインを出す前に、巻藁は斬って落とされた。
ほんの五分かそこいらの教務だ。
おぉ、とどよめきが起こったが、これはごく当たり前のこと。
言うとおりにすれば、巻藁ごときは五分もあれば素人でも斬れるのである。
だって刀って、そういう風に出来てるんだも〜ん。
「あーーっ、先生先生っ!! カモメもやりたいやりたいっ!」
う〜〜ん、これは失敗しそうだが。
しかし、何事も経験だ。
カモメさん、中段の構え。そこに巻藁の位置を合わせる。
「よ〜〜し、やってやるぜ!」
やる気満々で巻藁に斬りかかる。
が、ボイ~~ンと生ゴムに衝突したかのように、刀身が弾き返されてしまった。
その原因はただひとつ。
「やる気満々になり過ぎて、教わった動きから外れてしまったことが原因さ。逆に言うと隊長さん」
剣道の有段者を前に出す。
「隊長さんであっても試し斬りに失敗すると思う」
「え〜〜、隊長剣道やってたじゃん」
「剣道は能く打つことが目的だからね。剣道は人斬りを作り出すことが目的じゃない、人間修養が目的だからさ。ただし、面小手胴に突きを決めるなら、剣道が世界で一番長けた武道だ」