決着と別れ
【カエデ】
『ラスト、ワン・ミニッツ!! ラスト、ワン・ミニッツ!』
コールがかかった。
残り試合時間、六十秒。状況は!?
ビリー軍は一般プレイヤーたちが屍となりながらも、敵ネームドプレイヤーたちの邪魔立てをしていた。
アイドルたちの活路を拓くため、誰もがすすんで捨て石となっている。
あと少し、あともう少しで、敵将鬼将軍に手が届く。
モニターを確認、まずい、トヨム小隊の六人も、ビリー将軍へと手を伸ばしていた。
「私が行きます! 私が行きます!!」
味方の群れをかき分けて、最前線へ。
「あ、参謀さん♪」
相川海さん、始祖と呼ばれるアイドルさんが、私に気づいてくれた。
「みんな、参謀さんが最前線に来てくれたよ!! もうひと息、がんばろー!!」
そうだ、もう少しなんだ! そして、彼女たちとの時間も。
残された時間は、あともう少しだけ……。
道は拓かれた。
目の前にはあの男、泰然とした姿勢も憎らしい。
悪魔の申し子、鬼将軍だ。
そして私の後ろには、三十余名の乙女たち。
誰も彼もが傷つき、疲れ果てていた。
ヒザに手をつき、肩で息をしている。
もちろん、私も。
だけど心臓が口から飛び出してでも、最後のひと太刀を浴びせてやるんだ。
そのために、私は来た。
だけど、終戦の鐘。
「試合終了っ、試合終了、試合終了ーーっ!!」
終戦の銅鑼が鳴り響き、金狼ヨミさんのアナウンスが入る。
そこに誰の演出か、豪華な賛美歌を模したようなBGMが流れた。
ふん、悪趣味ね。
私はふてくされたように、手足を伸ばしてひっくり返った。
もうダメ、全身ガッタガタ。誰がなんと言ったって、起き上がれないわよ。
それはアイドルさんたちも同じ、みんな大の字になってすべてを投げ出している。
結果なんて知ったこっちゃないわよ、私は、私たちは全力を尽くしたんだから。
あとは野となれ山となれだわ。
金狼ヨミさんは試合結果を読み上げる。
「さて注目の試合結果ですが、なんとなんと終了0.3秒前!!
タッチの差でトヨム小隊長がビリー将軍を討ち取り3ー2のスコアで陸奥屋まほろば連合の勝利となりましたーーっ!!」
もう、どうでもいいわよそんなこと。
終わったことなんだから、熱心でひたむきな仲間たちとの関係も、これでお終いなんだから。
「泣いてるとこ申し訳ないんだけどさ……」
艦長さんが私を覗き込む。
って、え!?私、泣いてるの?
「まだ閉会の式典が残ってるから、立ち上がろ?」
手を差し伸べてくれる。
その手を借りて立ち上がった。
グズる私の肩を、艦長さんはささえてくれる。
「ほら、いつまでもグズってないで。顔を上げてみて」
鼻をすすって、目をあげる。みんなの顔があった。
「いや、プロチームに負けたときはさ。カモメもずいぶんとベソかいたけど、今回は参謀どのにその役任すわ♪」
「いままでホントにありがとうね、参謀ちゃん♪」
「おかげでとんでもない撮れ高になったわよ」
「ここはやっぱり、胴上げかな? 今回二度目だけどね」
やだ、やめてよ。
本当にお別れの時じゃない、そんなことしたら。
でも私が泣いてもなにしてもお構いなし、アイドルたちは乱暴に私を担ぎ上げて、何度も何度も宙に舞わせてくれた。
「間もなく閉会のセレモニーです。参加された選手のみなさんは、軍勢小隊ごとに整列してください」
大勢のスタッフさんたちが手際よく、紅白の横断幕や台を運び込み、式典の会場を設営してくれる。
そして来賓のお客様方。
株式会社オーバー代表取締役、動画サイト運営会社責任者。その他スポンサー各社からも、代表者がずらりと並んだ。
改めてわかる、世界規模で開催された特大イベントだったのだと。そして私を囲む女の子たちは、世界を背負っているんだと。
式典は厳かに執り行われた。
最初に株式会社オーバー代表取締役社長から、労いの言葉が。
動画サイト運営会社からもお言葉をいただき、粛々と式典は進行してゆく。
そして最後に、このビッグ・プロジェクトを立ち上げ、資金を調達し、進行運営終了まで導いたニクイ奴。
鬼将軍の言葉でしめくくる。
「この年末の折、多忙にも関わらず参加してくださった選手諸君。誠にありがとうございました。試合結果などという無粋なことは語るべくもなく、立ち上がった者こそが勝者であることは、語るに及ばないだろう」
あら、意外にまともな挨拶よね。
「しかしながらアイドルたちの敵将を務めた身として個人的に、当イベントにおける最高選手を讃え、ここに祝福したいと考えている」
試合会場の明かりが落とされた。
ただ一人を選び出すかのように、スポットライトが選手たちの間を駆け回る。
さらに、ドラムロール。
「2023冬、特別イベントのMVPを発表します!!
鎧や防具などという姑息な延命をかなぐり捨て、果敢な攻撃精神を発揮。その姿はまさしく、この鬼将軍が標榜する『気合い、根性、精神力』を体現してあまりある敢闘精神!!
アイドルたちに『死んでこい』と言わんばかりの、鼓笛隊コスチュームを着せこんで決死を表現した少女!!
今年のミチノック・オブ・ジ・イヤーは、ビリー軍参謀、カエデ選手に決定します!!」
あ? あによそれ? 鬼将軍からのMVP?ミチノック・オブ・ジ・イヤー?
そんな恥ずかしいもの、受け取る訳無いじゃない。
って言うか、これ世界配信なのよ?
って、アイドルのみんな、背中を押さないでよ。
羨望の眼差しで見るのはやめて。
壇の上に押し上げないでってば!!
「おめでとう、カエデくん。きみは今日から『ミス・ミチノック』。あるいは『鬼将軍・レディー』を名乗るがよい!!」
…………屈辱だわ。
花の女子高生がミス・ミチノックだなんて。
拍手なんてやめてよ、なにこの公開レイプは!?
叫べども叫べども、わが訴えは耳に届かず、ジッと地を見る。
そして唇をかみしめて、唇をかみしめて生きてゆくんだ。
なによ鬼将軍、私がものすごく嫌そうな顔してんのが見えないの!?
その極上の笑顔は何よ!!
頭のイカれた黒マントを外したりして、待ちなさい!!
なにするの!?
その黒マントを私に与えるなっ!!
「世界中の視聴者諸君、歓びたまえ!! 鬼将軍・レディーの誕生だっ!!」
大歓声と万雷の拍手が私を包む。
世界中にどれだけの死刑囚がいるかはわからないけど、祝福の言葉と拍手喝采で死刑執行文を読み上げられた人間は、有史以来私だけでしょうね。
金狼ヨミさんがマイクを向けて来た。
今のお気持ちをどうぞ、ということだ。私は世界中に叫ぶ。
「私は冤罪だーーっ!!」
【リュウ視点】
そして独身者しかいないクリスマスを乗り越え、浮かれることも無く年末を乗り切る。
この辺りの季節を心に痛手を負うことなくすごせたのは、VTuberさんたちの配信のおかげだろう。
様々な企画で私たちをたのしませてくれ、大いに笑わせてもらった。
明けて正月元旦。
トヨム小隊拠点にインすると、名曲『元旦がきた』が流されている。
そして稽古に励むメンバーたち……いや、みんなでウィンドウを開いて何か観ている。
「どうしたんだ、みんな。稽古もしないで」
少し咎めるように言うと、トヨムが振り向いた。
「あ、ダンナ! ちょっとこれ見てよ!!」
指差すトヨムのウィンドウ、動画サイトの生放送。
待機画面からすると、カモメさんの番組のようだ。
彼女の持ち歌が流れていたが、いよいよ配信開始。
「ちわ〜〜ッス!! 株式会社オーバー所属、カモメーーっす! みんな、あけましておめでとーーっ!」
うん、いつものあの大きな声だ。
そして彼女が言うには、新春一発目からスペシャルゲストを招いているそうだ。
ゲストは女の子である。
そして株式会社オーバー所属ではない。私はこのような配信者を見たことがない。
真っ青なボブカット、白地に青くウルト〇マン柄を染め上げた革鎧。
その下には女子生徒向けの学生服。
「……カエデさんそっくりな娘がいる」
「そっくりじゃなくてそのものだよ、ダンナ」
「本日は年末チャレンジ、『王国の刃』でカモメたちの作戦を立ててくれた、カエデちゃんがゲストでーーす!! 拍手ーーっ!」
嫌そうな顔している。
ものすごく嫌そうな顔している。
そして彼女は、鬼将軍から贈られた黒マントを羽織っているではないか。
「アレね? あのマント、何をどうしても外せなかったんだってさ」
運営め、そして株式会社オーバーめ。
鬼将軍に金でも掴まされたか。
おそらくプログラマー辺りが、カエデさんは黒マントを外せないようにしたのだろう。
「それで、この喜劇はいつまで続くんだい?」
「それがー、カモメさんの放送が終わったら金狼ヨミさんの番組出演でー、次に艦長、ハツリさん。ワンニャンのお二人などなど。今日はカエデさん、帰ってこられませんねー♪」
ミス・ミチノック、鬼将軍・レディー。
その運命は過酷なようだ。
華やかなる正月、新年2024年。
カエデさんの今年に、幸多からんことを祈る。