王の中の王、支配者の中の支配者
とても辛く悲しい別れがありました。ですが友達と話すことで楽しい時間に変えられました。ありがとう、世界の毒婦・実在友人出雲鏡花。君のおかげでクソが味噌に変わったよ。お礼の意味を込めて感謝の言葉を贈ろう。カーーッ、ペッ!!
【カエデ】
死人部屋から復帰! 即座に現場へ駆けつける!!
そうでなきゃ、本日今イベントのメインカード、リュウ先生対小隊長の下剋上マッチを見逃しちゃうから。
走れ、走れ、走れ!!
だけど私がリュウ先生を呼び出したのは、死人部屋へ旅立つ直前、そしてリュウ先生の稼働時間はわずかに十秒間。
もう少しだ私、口から心臓を吐き出してでも、駆け抜けるんだ!!
見えてきた、アイドルチームの顔、顔、顔。
そして湧き上がる歓声!
敵も味方も一点に駆け出していた。
そして胴上げ、同時にいらなく響き渡る金狼ヨミさんの実況。
「トヨム小隊長!! 彼女が歴史に名を刻みましたーーっ!!」
間に合わなかったーーっ!!
……あぁ、見逃しちゃった。
黄金カード、令和最高のチャレンジマッチ。
おそらく私がこの先人生を続けていても、これほど入れ込めるマッチメイクは現れないだろう。
それくらいに胸踊り、心ときめく一戦だったのに……。
orz、ヒザを着き、両手を着いてうなだれる。
「や、どしたの参謀ちゃん?」
私の肩を叩くのは、アイドルの艦長さん。
「あ、その……人生最大のグレート・ファイトを見逃してしまって……もう生きていく気力を失っちゃいました……」
艦長さんは鷹揚にうなずく。
わかる、わかるよ参謀ちゃんの気持ち、という顔だ。
彼女は大人のおおらかさで言う。
「実はね参謀ちゃん、艦長もこのイベントで失態をおかしちゃってるの。わかる?」
なんのことだろう、艦長の働きにミスは無かったはずだけど。
「参謀ちゃんさぁ、文学系純愛BLコミック持ってんだよね? なんであのとき艦長、その場所にいなかったのかなって。そしたら艦長、参謀ちゃんにもっと腐臭の濃厚なBL本、あーんなのやこーんなの、紹介できたのになぁって……」
帰ってください腐れアイドル。
十六歳の私が求めるのは、あくまでも心の機微を描いた純愛物であって。
「艦長も十七歳なんですーーっ!!」
張り合わないでください!
どう考えても艦長、中の人は成人してるじゃないですか!!
っていうか、小隊長の胴上げまで見れなかったーーっ!!
あそこからダッシュしてれば、小隊長に少しくらいお祝い言えたはずなのにーーっ!! 遠目に見えるな、カモメさんの頭をクシャクシャに撫でる小隊長。
カモメさんなんて小隊長に抱きついて、オイオイと泣いてるし。
「ああ、汝 漂白者……」
どこにもたどり着けない者の悲しみを、萩原朔太郎の『漂白者の歌』に乗せてつぶやいてみる。
大いなる意思に従いアイドルたちに与してみたものの、共に喜ぶ者は無し。
汝の家郷はあらざるべし!!
喜びを分かち合わんとしても、石をもて蛇を殺すがごとく、今の私は蛇蝎として憎まれよう。
憂いは日章のごとく私を押し潰さんと昇り、日は一日を終える寂しさに陸橋を低くくぐり抜ける。
ああ、私は軍師。
ともに盃を交わす者なく、勝利の宴の席を辞去して独り星空の下、帰路を歩めり。
「バッカにしてんの、軍師ちゃん!!」
艦長、少し怒った顔。え、と顔をあげると、艦長さんは親指でクイクイとあちらを示す。その先には……。
「カエデーーっ! アタイ帰って来たぞーーっ!!」
駆けてくる、駆けてくる。
満面の笑みでバカみたいな一直線に、他の誰でもない私だけを目掛けて。
「誰が寂寥の人? 誰が漂白者なのよ? 帰る場所だって、一緒に喜んでくれる人だって、ちゃんといるじゃない」
艦長はペロッと舌を出して言う。
「バーカ、大人の振りすんなら、まずは大人の女になってみなさいな」
え、もしかして艦長、案外イイ女?
「んなこと考えてると、弾丸が突っ込んで来るわよ、両手広げて迎えてあげなきゃ♪」
そう、褐色の弾丸は、びっくりする勢いで私の胸に飛び込んできた。
「勝てたなんて全然思ってないけどさ、ダンナの攻撃何回もかわしたんだ!!」
「すごいすごい小隊長、絶対にここで決めるつもりだったのに♪ 本当にすごいですよ、小隊長♡」
真っ赤なベリーショートの髪を撫でくり撫でくり、いー子いー子していると、艦長の咳払い。
「さ、リュウ先生が退いてもまだ試合時間は残ってるんだから、軍師ちゃん。どうする?」
そうだ、しかも達人先生というカードは切り尽くしている。
というか、この期に及んでできること、するべきことはひとつしか無い。
「アイドル軍突撃態勢!! 狙うはひとつ、鬼将軍の首っっっ!! 突撃ーーっ!!」
「なんの負けるなトヨム小隊っ! 敵陣を食い破れーーっ!!」
私の号令に小隊長も呼応してくれる。
そして決して猛者とは呼べないアイドルさんたちも。
斃されても、何度でも。
屍の山を築いてでも、アイドルさんたちは戦う。
そしてたった六人であっても、絶望的な人数にトヨム小隊は挑んでゆく。
他のネームドプレイヤーたちは続かない。
最後の決戦だ、まかせたぞ小隊長! そんな思いがつたわってくる。
「ぬおぉおぉおぉっ!! 全員カモメに続けーーっ!! もう誰でも構わんから、鬼将軍の首っ落としてやれーーっ!!」
そしてアイドルさんたちも、自分たちが弱いのを知っていて、勇気をふりしぼる。
陸奥屋、アイドルチーム。
どちらも無謀の極みでしかない。
だけどそんなことを言っていては、百にひとつの勝ちさえひろえないだろう。
……これ、ハレルヤコーラス?
誰が流してくれてるの?
もしかしてこの凄惨な戦場を清めてくれている?
聖戦なんて言葉を簡単に使って、人間を犯罪に導いた事件があった。
だけどここはゲーム世界、犯罪とは縁もゆかりも無い。
だからこの戦いを、あえて聖戦と讃えよう。
挑みかかる信念がある、迎え撃つ信念もある。
そしてどちらにも、譲れない理由がある。
そうなればどうするのか?
戦うしかない、争うしかない。
何故ならそれは、信念を貫く戦いだからだ。
総力戦である。
聖戦としか呼べないだろう。
もうアイドルもネームドプレイヤーもない。
ただ突き進み、勝利を目指すだけ。
見よ、主よ! 万能にして全能なる『自称』神よ!!
お前の子だか精霊だかというお前の作品は、かくも醜くかくも浅ましく、勝利というまぼろしに向かって同族同士で争っているのだぞ!
主よ、全能なる者よ! 汝はそれを笑うのか!! 人の全力を嘲笑うというのか!! 浅手深手、傷の数でも競い合っているのか、愚かなる人の子よ!!
でもね、みんな。
バカって言われてもいいじゃない。恥ずかしいって言われたってなんだってのよ! リュウ先生がいる、士郎先生もいる。
大人げなくちゃんばらの延長線上を、大真面目にはしっている。
その背中を押すのが鬼将軍、バカの大統領。だけどあのバカは胸張って言うのよね。
「バカの責任はすべて私が負う!! 敵も味方も大いに奮戦したまえっ!!」
ふと気付く。
「……もう、逢えないかもしれない」
ここまで何ヶ月もの間、一緒に稽古して勝利のときを語り合い。
学校があるのに配信がひかえてるのに、用事なんてそっちのけ。
夢でも見るような眼差しを真剣に輝かせて、夜も寝ないで語ってたじゃない。
アイドルさんたち、みんな一人ひとりが真剣だった。
どうやって勝とう、参謀さん!
そんな一途な姿ですがってきた。
勝てる訳ないじゃん。そもそもの火力が違うんだよ、無茶言わないでよ。
突っぱねることはとても簡単。
だけどひたむきな思いは、私に『参謀ちゃんにまかせなさい!!』って言わせてしまった。
こんなに熱心な女の子たち、恋をしてる訳でもないのに……ううん、リスナーさんたちに恋した女の子たちの願いを叶えないで、何が参謀よ!!
「男の人たちは女の子をまもってーーっ! 女の子たちは絶対に鬼将軍の首をおとすんだーーっ!!」
どこが参謀よ、なにが策略よ。
だけももう、それしか言えないじゃない。
邪魔よ、ハレルヤコーラス!!
あんたたちなんかが出る幕じゃないわ!! これは人間の戦いなのよっ!
宗教なんかで汚さないでっ!!