師匠対弟子
【リュウ視点】
ほう、ノーモーションでの移動を覚えたか。
しばらく見ない間に工夫を重ねたものだな、トヨム。
それはひとつ手ではあるが、私がこう出たらどうする?
……うん、戸惑っているね。
訳が分からなくなっただろ? そりゃそうだ、殺気から何から、私も気配を消したのだから。
剣は鞘から抜いたらどこを狙っているかが相手に知れるもの。
それは以前『刃筋を立てる』という項目で解説しただろう。
だからトヨムからすれば、構えた剣でどこを狙われているかは周知のはず。
それでも戸惑っているのは、どこに来るかが分かっていても、いつ来るかが分かっていないからだ。
いつ来るか?
それは殺気で読むしかない。私もまた予備動作消失での攻撃ができるからだ。
さて、突然のように現れたノーモーションという技術。まずは物理で説明しよう。
トヨムはこれを移動、つまり私の攻撃を避けるために使った。
このときに必要なのは『地面の蹴り出し』ではない。自由落下だ。
地面を蹴り出すときには筋肉による溜めが生じる。それが予備動作となる。
しかし足元が突然消失したら? 人は予備動作無しに落下移動を開始する。
これを利用して、トヨムは私の剣を避けたのだ。
『あそこに落下する』と、移動先をコントロールして。
ノーモーションという技術の物理的説明は以上になる。
『そんなこと本当にできるのか?』
もしかしたら読者諸兄の中にも、そう思う方がいらっしゃるかもしれない。
答えは簡単、YESだ。
これはどちらかと言えば理論や理屈ではない。感覚である。
だから私がどれだけ言を尽くしても、理解できない方には理解できない。
ただひたすらに稽古に打ち込み、感覚を研ぎ澄ませ、工夫をこらした上でようやく掴めるものだ。
これを私は『流派と寝る』と称している。
つまりどこかの時点で、流派に何もかもを捧げないと流派は教えを授けてくれないものなのだ。
ちなみに技術的解説を付け加えるならば、前後に開いた足の構え。
これを前足を後足に揃えるように引いてきて並足立ち。
後足だったものを前に出して、逆の構えになる。
いわば足の入れ替え。この運動が自由落下、ノーモーションの基本であり基礎となる。
『おっさんナニ言ってんの?』と思われる方もいようが、実際その通りなのだから仕方ない。
問題は自由落下・ノーモーションという具体的な目的地を設定して足の入れ替え稽古をするか、メダルや段位を目的地にして稽古するかの違いである。
この技術を私は実際の門下生にも披露してはいるが、言語による説明はしていない。
言語という不純物を混ぜ込んでは、いついかなる時と場合でも発揮しなければならない技術が、速やかに発揮できなくなるからである。
そして私の意図を汲み取ってくれる生徒は、まだ出ていない。
【トヨム視点】
ありゃ、これは困ったぞ。ダンナの気配が見えなくなっちゃった。
どうしよ? これじゃダンナがナニしてくるか、分かんないぞ。
……そっか、ダンナも自由落下。予備動作省略の動きが出来るんだよね。
ってか元はダンナの技術だったものを、アタイがいただいたんだから出来て当然の当たり前。
じゃあアタイはどうするって話。
考えるよりも感じる方が速い。そ、カエデにも言ったよな。
それじゃあアレコレ考えるよりも、この感覚がどこまで伸ばせるか。そこに賭けてみようじゃないか。
そんじゃ、アタイも殺気や気配を消して。なにも見ない、目で感じるだけ。
なにも考えない、脳で感じるだけ。
するとさっそくダンナが出て来た。
構えは中段、切っ先をひとつも揺らさずに、影のように近づいてくる。
近づいてくる、近づいてくる。
その切っ先が喉に触れた瞬間、身を翻した。
中段に構えたままの突き。
アタイ、右のアッパー。
だけど、ダンナの目がアタイを捕らえていた。
これはうかつに攻撃できない。
サッと後退して間を置いた。
「どうしたトヨム、攻めてこないのか?」
「いま一発入れようとしたんだけどね、目で殺されちゃったよ」
「目で殺されるだけでは不服かな? それでは剣でも殺してやろうか?」
「ダンナのことだ、先の先はお披露目したから、今度は後の先を狙うかい?」
言い終わる寸前で、袈裟に刃が飛んできた。
やっぱり、後の先なんかじゃなく先先の先。
つまり準備もなにもできてないときに来る奇襲攻撃だった。
もちろんこれも読んでいたから、紙一重でなんとかかわせた。
だけどこの奇襲攻撃は、一の手では終わらない。
二の手三の手と追いかけてきた。
それも読んでいた、三の手までは。
だけど三の手を躱したところで、アタイの足は狭く閉ざされバランスが取れず、すぐ次の足に繋げられなくされていた。
『何故か間に合うから技、いつの間にか追い詰められているから術』。
かなり初期の頃だね、まだセキトリも合わせて三人でプレイしてた頃かな。
どれだけスピードアップしてもギアを入れ替えても、ダンナに追い詰められて斬られまくってた頃。
古流剣術ってものを端的に表したダンナの言葉。
……ここまで躱せたのに、初心者の言葉へ逆戻りかよ。
稽古してたのになぁ……。ちょっとだけ、いやものすごく残念だった。
やっぱりアタイは、最後の最後にはダンナに斬られるのか。
そう観念してたのに、必殺の刃は降って来なかった。
……なんで? どしたのダンナ? 問いかけようにも、そこにダンナの姿無し。
その代わりに……。
「やったーーっ!! 十秒間しのぎ切ったぞーーっ!」
「やるじゃん小隊長っ、さすがリュウ先生の一番弟子!!」
敵も味方も大喜び、ものすごい拍手と称賛の声。
実況中、本当は現場に聞こえちゃいけない金狼ヨミの声も、スピーカーを通して届いてくる。
「なんと奇跡の瞬間!! これまで数多のプレイヤーたちを斃してきた達人先生、その刃から初の生還者が生まれました!
身長一五〇センチにも満たない、小柄で痩せっぽちな女性プレイヤートヨム小隊長! 彼女が歴史に名を刻みましたーーっ!!」
え? なに? 周りにいた連中、アイドルも一般プレイヤーも集まってきて揉みくちゃにされる。
その次には胴上げって、みんなやり過ぎだろ?
そしたら今度はアイドルさんたちに肩車されて、「ほら小隊長、ガッツポーズガッツポーズ♪」訳も分からず拳を突き上げさせられた。
なんだい、アタイは難関のライト級でベルトを奪った、ガッツ石松さんかい?
「なに言ってんだ小隊長! ガッツさんだってこれ観たら泣くぞ!!」
アイドルもカモメだ。
っていうかお前、泣くか笑うかどっちかにしろ。
っつーかお前、なんでお前が泣いてるんだ?
【リュウ先生視点】
弟子の成長は嬉しいのだが、そんなことでぬかぬかと喜んだ顔は見せられない。
特に変なニヤつき方をしている、草薙士郎の前では。
わざと憮然とした顔で腕を組み、不機嫌そうにどっかりと控えの椅子に腰掛けた。
「あと三秒、いや一秒あればトヨムにもわからせることができたんだがな」
先手を打ってボヤいてやる。
しかしいやらしい笑みの草薙士郎は遠慮を知らない。
「いやなに、どうしてどうして。弟子にはベタ甘ですなぁ、和田先生♪」
コイツ、わざと本名で呼んで来やがる。
「んなこた言うもんじゃねぇよ、士郎。せっかく勝負度返しで弟子の塩梅見てやったリュウの字が、素直になれねぇだろ」
翁まで。
「それにしてもリュウ先生、ずいぶんと奮発しましたな。無双流の奥伝技まで披露してあげましたかな?」
フジオカ先生まで冷やかしてくれる。
「いや、まだまだ。目録技までしか出してません」
「ほう、流派の技を出しましたか。以前は基本技だけで処理できてたはずですが」
しまった、罠か。
うっかり喋らされてしまった。
それにしてもフジオカ先生には嫌味が無い。
素直にトヨムの足さばきをホメてくれている。
他所の先生が弟子をホメてくれるというのは、なんとも気分の良いものであった。
「……………………」
いやらしい眼差しの草薙士郎さえとなりにいなければ。