手裏剣
【カエデ視点】
陸奥屋防衛戦線に到着してみれば、オールスター怪獣総進撃の様相。
「おやおやみなさん、素人に毛が生えたような面子に対して、ずいぶんと過剰な編成。過分な対応まことに面映ゆいばかり……」
嫌味ったらしく口上を述べると、最前線の背後からぴょんぴょんと顔をのぞかせる、可愛らしい小隊長の姿。
「おいみんな! カエデの口車に乗るな!! 知らない間に不利な条件に持ち込まれるぞ!」
あら小隊長、さすがに手の内が透かされてるわね。
だけど私慣れしていないネームドプレイヤーの面々は、「馬鹿にしやがって」という顔色でやる気満々。
「いいですか、二人一組でアレを使って」
アイドルさんたちにこっそり耳打ちした上で。
「こんな素人を恐るような布陣、世界配信で生中継の真っ最中。コメント欄も爆速急上昇なんですけど?」
プライドを逆なでされてカッチーンって、とこですよね。
すみません。だけど今の私は敵軍、煽りに煽って敵をコントロールしないと。
「いいですよ、かかって来なさい」
見下した芝居で言ってあげる。
「カエデどの、貴殿を軍師として敬意を払っていたが、戦闘職人の業前を舐めるなよ!!」
一番頭にきているのは輝夜さん、これもこちらの思惑通り♪
「泣くな喚くな後悔するなっ!! 行くぞっ!」
先頭は白銀輝夜さん、そして怒りに燃える陸奥屋まほろばネームドプレイヤー集団。
これでもかという殺気をまとい突撃してくる。
「総員合戦準備!! 作戦名『への一番』! ヨーーイ……」
まだよ、まだまだ。もっと敵を引きつけて……。
三、二、一……。
「……テーーイっ!」
発動、への一番作戦! 二人一組のうイチの手が手裏剣を投擲、動きの止まった敵を二人がかりでなぶり殺し。
たったこれだけの単純な戦法で、ネームド・レディースの大半を討ち果たす。
戦果としては御門芙蓉さん比良坂瑠璃さんの薙刀コンビ。剣士の白銀輝夜さんに拳闘士のアキラくん。鬼将軍のメイドさんにワンコニャンコたぬきの三人。さらにはシャルローネとマミ。
っていうか、生き残りを数えた方が楽だよね。
生き残りは小隊長にユキさんと忍者。
近衛咲夜さんとフィー先生。そしてかなめお姉さま。
もちろんベテランの執事さんも生き残りだけど、今回は女の子決戦なので不参加なだけ。
つまり、陸奥屋防衛戦線は一個小隊しか残っていない。
「参謀どの!! ここは突撃でしょ!?」
「イケイケドンドンよ!! 今こそ勝ち目だわ!!」
「突撃です、参謀!」
こちらの残っているのは、二の手の手裏剣。
つまり十五本以上。
これだけあれば、精鋭六人小隊も討ち取れる!……はず!
【忍者視点】
おいおいネームドプレイヤーなんだぞ、私たちは。
それが一瞬で壊滅って、どういうことよ!?
いや、理由は分かっている。
あまりに挑発的すぎるカエデの発言を訝しんだ私は、滾るみんなを後方から眺めることができた。
結果、私は見ることができた。
手裏剣だ。
かつてのタッグトーナメントで、士郎先生から一本を奪った裏技。
そいつをここで出して来やがった。
うん、そうだな。ここで秘中の手を発揮、次にリュウ先生を投入のもう一本。
そういう計画なんだよな?
そういう形で勝ちに持ち込みたいんだよな、カエデ。
だけどそうはさせないぞ。
「手裏剣だな、気をつけろ!」
ホラ、お前の大好きな小隊長も、お前の手を読んでるぞ。
「手裏剣ですよね、それなら小隊長が一番有利なんじゃないんですか?」
ユキっぺの言葉。
そうだ、的が小さくキビキビ動け、投擲のフォームに入る暇を与えない攻撃密度。
さらに言うなら眼光は雷のごとし。
ひと睨みで敵を震え上がらせる迫力。
ウチの小隊長にはすべてが備わっている。
肝心なときにキルを取られがちというのも、それだけ攻撃力が高い証拠。
命を的にした突撃だからだ。
そんな凄い奴だから、みんなが小隊長と崇めるんだ。
どうするカエデ? ウチには褐色のカミカゼがいるんだぜ。
【カモメ視点】
どうしたってんだ、軍師どの? 今まさに敵を壊滅寸前まで追い込んだ場面だってのに、追撃を躊躇ってるな。
「どう思う、ソナタん?」
今回妙に賢く見えるメンバーに訊いてみる。
「ん〜〜、相性の悪い相手をお残ししちゃったってとこでしょうか?」
「相性の悪い相手?」
「はい、トヨム小隊長ですよ。小隊長に手裏剣を命中させるのは難しい。カエデちゃんはそう感じてるんじゃないんでしょうか?」
みんなで突っ込んで一気に片付けられないかな?
小隊長も前に出てきてることだし。
「小隊長ひとりを討つのに、何人犠牲になるか? そこを参謀は計算しているとか」
「そんなに死人が出るのか?」
「だって小隊長を葬る間、他のプレイヤーたちがカカシみたいに黙って見ている、なんてことはありませんから」
そっかー、残っている顔触れ見てたら、参謀どのがためらうのも分かるような面子だからなー。
「腹を決めますよ、みなさん!!」
お、いよいよか?
「あの六人プラス執事さんを抜いて、なんとしてももう一点!! 泥水すすってももう一点! いいですねっ!!」
おう、そう来なくっちゃ嘘だぜ。
Vアイドルの合言葉は、「チャレンジ!!」だからな!
【トヨム視点】
お、覚悟を決めたなカエデの奴。
アイドルたちの雰囲気が変わったぞ。
「散開陣、散開陣!」
御剣かなめが的確な指示を出している。
密集してたら手裏剣の餌食になるからな。
そして、攻撃目標はアタイ。
アタイひとりに絞っている。
だってさ、アイドルたちの目が全部アタイに向いてんだもん。
ずいぶんと買われてるね、アタイ。
三十いくつの殺気まで、アタイの独り占めだ。
「アイドル軍、突撃ーーっ!!」
来た、ひと塊になった殺気が、一斉にアタイへと押し寄せる。
しかし、ひとりに対して攻撃できる人数は多くて三人。
そしてアイドルたちは律儀にも、二人一組を守っている。
まずは敵の正面に立たない、角度をつけてサイドからの攻撃。
腹部に一発浸透勁、これで1キル。
また二人一組がやってきて、三対一の状況。
だけど死角はある、内懐だ。
しかも密集してくれてるから、チビのアタイでも拳が届く範囲に敵はいる。
2キル3キル、立て続けにいただく。
『手裏剣は当たる距離まで近づいてから打つ』。
それが素人手裏剣の肝だった。
その距離は、アタイからすれば中間距離。
だけどアタイの間合いは超接近戦。
敵は後退しないと手裏剣の利を活かせない。
そして手裏剣を打とうと構えたときには、もうそこにアタイはいない。
カエデの奴、アタイが生き残っていたのを見て、内心舌打ちしてただろうな。
お? カエデも苦し紛れか、本隊を移動させたな。
アタイと正面衝突を避けて、大将に直接本隊をぶつけたいんだろうな。
だけどあっちはあっちで、忍者にユキ、フィー先生がいる。
後詰めは御剣かなめと近衛咲夜だ。
さらには執事のジイさんもいてくれている。
十人やそこいらで突破するには、少々駒不足ってもんだ。
そして、アタイの拳もアウトボクサーに構えていたものが、段々と正中線上縦並びに変わってゆく。
ある意味、剣の構え。
正しくは拳法や空手に近い構えだ。
うん、これはまた動きやすい。
足技もすぐに出せる。
足技って言っても回し蹴りとか派手な技じゃない。
アタイが狙うのは敵のヒザ関節、近づいてきた相手の脚を、ポキポキとへし折って回る。
これがまた調子良く、次から次へと戦闘不能を生み出してくれた。
やっぱ武術と競技って別物なんだな。
改めて思い知らされる。
そうなると、手技も少し趣きを変えてみよっか。
ストレートな当て身だけじゃなく、裏拳を交えての関節蹴り。
ここまで来ると、いよいよアタイ無双になってきた。