カエデさんの喪失
【マミさん視点】
全軍突撃せよ。全軍突撃せよ。
大地を焼き尽くす紅蓮の炎のように、戦争の犬たちが解き放たれました。
戦争の犬、それだけでは的確な表現ではないかもしれません。
地獄の番犬ケルベロスの群れ。
固く閉ざされた地獄の門を開き、血塗られた来訪者を招き入れる。
番犬とは、門を通さぬ者ではなく、招き入れる者へと姿を変えソドムにヒザを着かせ嘆かせる。
それを眺めるゴモラ、耳に届くのは己の無力を悔やむ悲鳴。と阿鼻叫喚の地獄絵図。
「×××ビエ~ン」
遠くの悲鳴はよく聞き取れない。
そして聞き取れない方が良いこともある。
それとなく加えられた陸奥屋まほろば連合への得点。
どこの誰かは知らねど、どのような一撃が地獄への招待状となったか、それは誰にも分からない。
しかし確実に、敵将ビリーは葬られた。
しかし飢えた牙は貪ることをやめず、死の炎はすべてを焼き尽くすまでおさまらない。
敵軍の滅殺、そこを終点とした超特急は途中下車を許さない。
なにもかも、すべての者が等しく迎えなければならない死という名の終着駅。
そこへたどり着くまでこの列車は、止まることがないのだ。
死神は言う。
「またの御乗車をお待ちしております」と。
そして悲しいさだめは死に帰りして捲土重来を計る者さえ、容赦なくこの列車へと旅人を押し込む。
そして旅人は口々に叫ぶのだ。
「全滅まで秒かよっ、秒っ!!」
【突撃前、カエデ視点】
よし!とりあえずノルマは達成♪
実況アナウンサーの金狼ヨミさんによると、スーパーチャットの献金は爆上がり。
一般チャット欄も音速を超えた光速のお祝いコメントで伸びる伸びる。
視聴者さんたちも大喜びだから、ここは欲張ってもう一本頂いちゃいましょう!
「カエデさん、戦闘準備!! 戦闘準備を整えてください!」
ほ? ヤハラ参謀長の慌てた声。
「敵軍はネームドプレイヤーを前面に押し出した、突撃態勢です! アイドルさんを守る防御陣形でしのいでください!!」
よし、敵軍の突撃をしのいだらアイドルさんたちと、カウンターの突撃だ!
……ん? ネームドプレイヤーたちを前面に押し出した?
あら、もう突撃開始してるじゃない。
うん、男衆がセンターで突っ込んで来るわね。
だけどこちらもクラスの高いプレイヤーを、防壁にしています。
問題無し問題無s……。あーーっ! いきなり突破されたーーっ!!
「エマージェンシー、エマージェンシー! 防壁部隊が突破されました! アイドルチームは速やかに鬼将軍に対し、カウンターアタックを開始せよ!!」
ヤハラ参謀長の声。
「アイドルチーム、聞いた通りよ!! 私についてきて!」
「おうっ!! ここは逆襲だな! みんな、行くぞーーっ!」
カモメさんが号令を出してくれる、ありがたい。
だけどこのままでは、陸奥屋のネームドプレイヤーたちに飲み込まれてしまう。
「アイドルチーム、右翼から敵軍に向かいます! 進路を開けてください!」
わざわざノーガードで待っていてくれる全軍突撃、そんなオイシイ場面を逃す手はありません。
こちらから手痛いカウンターアタックをごちそうしましょう。
敵味方入り混じって激闘を繰り広げる戦場から、最右翼をポンと抜け出たら。
そこはまるで、雨雲の上の晴天。
ポッカリと広がる平和な空……のはずだったのに……。
「ほらな、出てきただろ? こういうピンチでもカエデなら絶対に勝機に変えると思ったんだ」
晴天の中に雷神ひとり。
ちんちくりんの褐色肌、男の子みたいなベリーショートの真っ赤な髪。
誰からも愛される、そして愛されるべき存在。トヨム小隊長がいた。
「さすが小隊長、カエデどのの考えはお見通しですな」
その傍らを守る戦鬼は、若き剣豪白銀輝夜。
「まさかとは思ったけど、本当に出てくるなんてねー」
さらには護鬼、剣術界のサラブレッドであるユキさん。
この三人から、どれだけの人数を鬼将軍の元へ送り届けられるのか……。
「なぁカエデ、お前以前『判断は考えるより準備されてる方が早く、準備よりも感じる方が早い』って言ってたよな? 考えてる暇なんて無いぞ?」
小隊長の言葉に、背後からの殺気を感じた。
振り返る、アイドルさんたちが次々と葬られていた。
誰!? 問いかける暇も無く、無音の暗殺者は名乗りを上げた。
「呼ばれず飛び出てジャジャジャジャーン♪ 古流社会の天才美少女、シャルローネさんディ〜〜っす!!」
げっ!! あのバカ女!? 驚いたときにはもう遅い、戦鬼と護鬼を率いた雷神が、私たちに襲いかかってきた。
「クッソ負けるか、なんとしてもカモメ先輩だけはアーーッ!!」
隊長さん、散華。
「ソナタんだけは私が守りマーーsNOOOO!!」
まずい、主力部隊のメンバーまで食い破られている!
「ちょっと!! なんでこんなに強いのよ! おかしいんじゃない!?」
「おっぱい艦長? 貴女はその存在が理不尽なんですよ?」
「いやユキちゃんおかしいから! ユキちゃんだって忍者や小隊長よりはちゃんとあるじゃない!!」
「CカップはDを恨み、DカップはEカップを憎む。そして艦長のバストは、羨望を越えた恨みしか生まないんです!!」
「そんな理不尽なアーーッ!!」
「小隊長小隊長、ハチュリは小隊長の仲間だよ!? そんなハチュリを討つってゆーの!? 話せば分かりあえるとハチュリは思うんだけどなー?」
「三途の河原で待っていろ!! 一緒に酒でも飲もうじゃないか! 天誅っ!!」
「そんな、理不尽なーーっ!!」
「これ以上の狼藉は、相川海が許しません!」
「アイドルどの、正義無き力は無用であるが、しかし力無き正義は無能でしかないのだ!!」
「よくも、海ちゃんをアーーッ!!」
「海先輩の仇っアーーッ!!」
屠られる屠られる、これぞ必勝決戦の部隊と選んだ、私のアイドルたちが死人部屋へと旅立ってゆく。
そしてこの場で私に為す術は……無い……。
「みんな、さがってろ。シャルローネもだ、カエデは……カエデだけは……アタイが、殺す」
アイドルさんたちが碧血を尽くしたのち、小隊長が前に出てきた。
一騎討ちを御所望ですか、そうですか。
もちろん受けて立ちますよ、小隊長。
私がいざ、と揃えた武者たちをことごとく粉砕してくれたお礼は、たっぷりとしなくちゃいけませんからねぇ。
「雲龍剣かい? そうだよな、カエデならそう来る。そしてそれしか無い」
言っちゃってくれちゃいますね、小隊長。
もちろん雲龍剣を出したら、直後に袋叩きに遇うだなんて、先刻承知太郎ですよ?
だから雲龍剣を出さないだなんて、柳心無双流道場では教わった記憶がありません。
むしろ抜け! いまこの場でやってしまえ!それこそが古流じゃないですか。
雷神の眼光。
って言うと読者のみなさんは、睨まれてるって思うでしょ?
違う違う、本物の目って、なにも見てないんですよ。
白目こそ広がってたりするけれど、ハイライトを失った黒目、気配が消えてどこを見ているかわからない。
そして今エピソードでおなじみとなっている、距離感の喪失。
現実味の喪失。
未経験者からすれば、何が起きているか分からない空間に、突然放り込まれるような感覚。
訳も分からずヒザが震えて、歯の根が合わなくなる。
後から考えて、ようやく『あのとき怖かったんだ』と思い出すような未知の経験
。私は知識で知っていました。
ですが知識と体験は別物。
『お前を、殺してやる』小隊長の生々しい殺気が、私にのしかかってくる。
仲間に対して本物の殺気。
そんな状況に違和感を感じる方は、もうウチの読者さまにはいないはず。
そんなトヨム小隊長を嫌う方は、もう読者さまの中にはいませんよね?
ハングリー精神というのはこういうもので、ハングリー精神というものは飽食の社会にも生き残っているものです。
それをDQNと笑いますか? それを浅ましいと蔑みますか?
私はどちらとも思いません。
お利口さんになった私たちの、天敵と考えます。