IPPON
【ユキ視点】
特攻……それに対して、父さんたちは何て言うかな?
『上等の敵だっ、正面から迎え撃てっ! 一人も残すな、特攻隊は生きて帰れぬものだっ!!』
……うん、父さんなら言いそうだ。
『命がけで向かってくる相手だ、礼を失せぬようきっちり相手してあげなさい』
フジオカ先生ならそう言いそう。
『特攻などという命を粗末にする行為、他が真似しないうちに仕留めなさい』
リュウ先生はそんな感じかな?
『おう、今の時代にそれをやるんかい。真似ごとのナンチャッテなら許さんぞ!』
緑柳先生はそう言うだろうか……。
色々な意見は出そうだけど、私は草薙流の剣士。
師である父さんの言葉に従おう。
切っ先をカモメさんに向けて、それから脇構え。
「うおおおぉぉっ!!」
命を惜しむな、名こそ惜しめ! そんな勢いで突っ込んでくるカモメさんを一刀両断。
下から脇腹を斬り上げるように、隊長さんも斬殺。
一刀二刀で二人を葬ったけど、チョロリと逃げ出した二人の敵はまんまと鬼将軍の前に立ってしまった。
ぺったんこなソナタさんと、ちびちびなクセに私より胸がありそうなメイドのミナミさん。
えぇい、鬼将軍さんがやられる前に二人を斬れば、なんとかなる!
【ソナタ視点】
あ、来ちゃった……。
陸奥屋まほろば連合総大将、鬼将軍の目の前。
ほんとに、ほんとうに一人でいる。
背もたれが無駄に高い肘掛け椅子、脚を高々と組んで頬杖ついて。
世界に退屈しているのか、生きていることに退屈しているかのような、気怠げな表情で。
だけど、大人だ。そこにいるだけで迫力がある。
誰が目の前に現れても、絶対に崩れない絶対的なアンニュイ。
そんな、世界を征服したような存在。
「ずいぶんと待たせてくれたね、少女たちよ。いよいよ私の首を落とす、絶好の機会だよ」
こいつ、首を落とされることが怖くないのか?
そりゃゲームの世界だけどさ、それでも武装した人間が「御首頂戴する!!」って勢いで現れて、こんな態度できるものなの?
「君たちも分かっていよう、私は世界を征した者だ。すなわち、私を斬れば世界は変わる。その変貌する世界に、君たちは責任が取れるのかね?」
世界規模のイベント、株式会社オーバーだけじゃない。
ミチノック、世界的自動車企業、家電メーカー、協賛各社、提供多数。
この年末イベントは、世界を動かすような規模で開催されている。
マネちゃん……マネージャーさんも泡を吹いて倒れそうな勢いで言ったっけ。
「ソナタん、今度のイベントは世界が相手ですよ!!」
ヒザが震える。
鬼将軍は世界的なこのイベントに、まだ立ち上がろうともしていないのに。
世界が変わってしまったら、ボクにも責任はあるだろう。
だけど討たれた鬼将軍、お前にも責任はあるんだぞ!
それなのに奴は人を食ったような目で、ボクたちに接している。
いいのか鬼将軍、お前が立ち上がらないと、世界が変わってしまうんだぞ!
そんな無責任な覚悟で世界を獲ったのか!!
「あくびをさせてくれる、そんな覚悟で私の前に立ったのかね? 仲間の骸を山積みにして」
「ソナタん、味方全滅!! もうアタシたちしかいないよっ!?」
いやミナミ先輩、お目々グルグルでそんなこと言われても……。
「迷うなっっ、行けーーっソナターーっ!!」
死人復活地点から、届いてくるカモメ先輩の声。
そして味方たちが拳を突き上げて、声を励ましていた。
味方たちだけじゃない、陸奥屋のプレイヤーたち。そして仇のネームドプレイヤーたちも。
「アタイたちを突破したんだ、このまま何も無しじゃ終われねーぞ!!」
「気をつけろ、ユキさんが後ろから迫っとるぞーーっ!!」
「ソナタ! ソナタ! キメてくれっ!!」
ゲーム世界だけでも声援は満員御礼。
そのときやおら、鬼将軍が立ち上がった。
「すべての準備は整ったな。あとは決着を見るだけだ」
鞘から諸刃の剣を抜いた。迫力がある、世界を征服した男の迫力だ。
「行きましょう、ミナミ先輩!」
ボクは駆け出した。
「わかったよ、ソナタn……」
言い終わらず、ミナミ先輩。
分かってるよ、ユキさんが追いついたんだね。だけど後ろは振り返れない。
前へ、前へ。
とまらない株式会社オーバー、後ろを振り返る暇なんて無いんだ。
「さあ来い!! その若い力で未来への扉を押し開くのだ!! 世界を変えるのはどのような時代でも、若者の無茶と無責任なのだっ!!」
ボクたちはVtuber。
既存の価値観をひっくり返してしまった責任者。
インターネットという時流に乗って現れて、テレビという娯楽の王様を玉座から引きずり下ろした。
そこで働く本物のプロを押さえて、ボクたちは時代の流れに乗った。
何もできない、素人のボクたちが、世界の中心に立ってしまった。
ボクにそんな覚悟なんて無かった。
ただ一生懸命に、みんなに喜んでもらえる楽しんでもらえる配信を全力で。
毎日毎日喉を痛めて休んでも、それでも視聴者のためにって。
必死だっただけ、頑張っただけ、無責任だっただけ……。
そのせいで誰かが食べられなくなるなんて考えたこともない。
ただ面白おかしく全力で。
鬼将軍の言う無茶と無責任だけで配信を続けてきた。
そして今また、世界を動かす鉄槌を振り下ろす。
もしかしたらボクの責任で。それでも無茶と無責任なボクのままで……。
【実況・金狼ヨミ】
ソナタんの一撃入った〜〜っ!!
防具をまったく着けていない頭部、丸出しの急所にソナタの鉄槌が振り下ろされたっ!
鬼将軍グラつく、鬼将軍ヒザを着くっ、そして鬼将軍っっ、撤退したーーっ!!
株式会社オーバー乾坤一擲、意地と根性の一撃でっついに!!
ついに念願のポイントを奪取ーーっ!!
敵味方問わず、試合場が沸いている! 視聴者が沸いているっ!! 日本中がっ、世界中が湧いているっ!!
WBCサムライ・ジャパンの優勝、WBSSの井上尚弥選手の優勝、日本が沸きました、世界が沸きました!
そして今、戦闘の素人であるアイドルたちが達人先生たちの力を借りて、ネームドプレイヤーたちに見守られながら、ついに一本を奪取っ!!
世界中の視聴者が沸きに沸いているっ!!
コメント欄は超音速、世界中からスパチャが投げ入れられて、為替相場にも大きな影響を与えそうだっ!!
この年の瀬になんてことしてくれやがる!! 経済産業省はお冠だぞアイドルたちっ!!
鬼将軍が予言した通り、世界が動く経済が動く、みなさんの力が世界の扉を押し動かしているーーっ!
視聴者のみなさん、ここで闘っているアイドルは、みなさんたちと同じ『普通の人』です。
ですが私たち一人ひとりは、みなさんたち一人ひとりの声援を背中に闘ってきました!
この貴重な一本は、みなさん一人ひとりが生んだ一本なんです!!
【トヨム小隊長視点】
「総員合戦準備、突撃ヨーーイっ!!」
なんだ?感動的なアイドルたちの一本シーンの直後、鬼の参謀長出雲鏡花の号令か?
「このままイイ雰囲気のまま試合を終わらせるなど、私のオデコの広いうちは決して許しませんことよ!! それに敵にはまだリュウ先生という秘密兵器がありますわ! 今のうちにもう一本、勝ち越し点を入れますわよっ!!」
ダラダラのローブを羽織って、クジャク羽根の扇子を振るい、どじょうヒゲの出雲鏡花が喚いていた。
「まあ、その通りじゃの、小隊長。ワシぁ突撃班に行ってきますわい」
おう、突破口開くかかりだな。頼んだよ、セキトリ。
「ネームドプレイヤーは最前線、最前線へ集合!! 突撃準備をすみやかに、ですわ!!」
せっかくの感動シーンだったのに、出雲鏡花はかなり興奮している。
「準備はととのいましたわね? それでは全軍突撃ーーっ! キル・エム・オール!! キル・エム・オールですわっ!!」
キル・エム・オール、和訳すると『野郎ども、みなごろしだっ!!』ってとこ。
本当ならキル・ゼム・オールなんだけど、『エム』は『ゼム』の省略形。
和訳すると『皆殺しだぜ!!』ってとこかな?