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お嬢さん方への稽古

 さて、これから我らが拠点でカエデさんマミさんを中心に稽古をつけることになったのだが、カエデさんは極端な人間にならないように、マミさんは闘志に火を着けるというまったく逆の方針なのでやりにくい。とはいえ、カエデさんを囮役に据えたら俄然燃えに燃えた我ら『嗚呼!!花のトヨム小隊』である。おっとりマミさんの中にも熱く燃えるモノがあるに違いない。


 その旨、我らがリーダーであるトヨム小隊長に進言したところ、「よし、旦那!

アタイにまかせておきな!」と変に張り切ってしまったのだから私が悪い訳ではない。まずはカエデさんをカカシに磔。



「見えるか、マミ! カエデを助けたければ、旦那を倒してみろ!」



 などとホザき始めた。



「ん〜〜……ですがぁ、小隊長? 小隊長はカエデさんをどうするつもりなのでしょう?」

「う!」





 そらみろ、いきあたりばったりでアドリブかますから、返答に詰まってるじゃないか。



「あ、アタイが何も出来ないヘタレだと思ってるのかい? 仕方ないねぇ……カエデ、くすぐるぞ?」

「いや〜〜っ! くすぐりはダメーーっ! 私、くすぐりは弱いの〜〜っ!」

「へぇ~っ、カエデちゃん。くすぐるのNGなんだぁ〜〜?」



 シャルローネさんに、悪魔の尻尾が生えた。ジリジリと磔にされたカエデさんへと近づいてゆく。



「怖がることなんてないのよ、カエデちゃん。誰でもみんな初めてはあるんだから……」

「いや〜〜っ! マミ、お願い助けて〜〜っ!」

「おぉっ!? これはマミさん奮闘しなければなりませんね! 行きますよ、悪の化身リュウ先生!」



 この場合、私はマミさんに負けてやるべきなのか、そうでないのか? 判断しかねる……。



「よし、マミがやる気になったぞ! 旦那、一丁揉んでやんな!」



 いや、あまり本気では無さそうなんだが……。それでもスパイクのついた棍棒二本を構えて、マミさんが突っ込んでくる。確かにボリュームたっぷりのマミさん、迫力はあるのだろうが、だがしかし……。足払いひとつでひっくり返る。



「ぬう、柔道経験者を足払いで倒すとは、さすがリュウ先生! では、これはどうですかな!?」






 今度は打ちかかってきた。これも足さばきひとつで空を切らせる。



「単発で終わらないで、マミさん。連打連打」



 大きな一発を狙うより、小さく早くまとめて打つ。マミさんにはそれが合っている。



「そうでしたそうでした、ポクポクポクチーンです!」

「コツは足、足でリズムを作ること。そしてしつこくしつこく、まだまだまだ打つ! もう一発打つ!」


「ポクポクポクチーンのあとで、近づいて小さく、近づいて小さく」

「そうそう、接近接近。ディフェンスも忘れない!」



 チョンと突いてチョンと打って、チョンチョンと突く。一発クリティカルを入れる力は、すでに備わっているんだ。なにも慌てる必要など無い。それよりも連打、それよりも手数。闘志を燃やすことも必要だが、マミさんはしつこさを強化すると面白いかもしれない。



「う〜〜ん……マミちゃんに手数が出てますねぇ、小隊長?」

「そうだな、せっかくカエデを磔にしたのに、このままじゃ面白くないな、シャルローネ」



 そういう話じゃないだろ、君たち。



「どうせだから一発くすぐり入れとこうか? シャルローネ」

「名案ですね、小隊長。マミちゃんもさらにエンジンがかかると思います」

「ちょ! なにそれ、マミが頑張ってるからいいじゃない! 何をする、シャルローネ! やめなさい、トヨム! ちょ……あっーー! くすぐるなーーっ! やめれーーっ!」






 悪魔の拷問が始まったようだが、気が付かない振りをしておこう。関わると面倒だ。しかしトヨムもシャルローネさんも、このあとカエデさんを開放して稽古をさせるって、わかってるんだろうか? 有り体に言うならば、カエデさんの復讐が怖くないのか、二人とも? まあ、そんなことは頭に無いんだろうなぁ。



「ちょ……ホント……どこ触ってんお、二人とも……うひゃひゃひゃ! やめ、やめなさいってば……げひょひょひょひょ!」



 とてもではないが、うら若き乙女の発していい笑い声ではない。

ということで、ほどほどのところで小手に一本入れさせてあげる。ペシッ。



「よし、マミさん! いまの小手、いいぞ!」



 ということで私は退く。振り向くとカカシに縛りつけられたカエデさんが、グッタリと顔を伏せていた。その両脇には、やけにツヤツヤしたトヨムとシャルローネさんがいる。



「さ、カエデさん。稽古しようか」

「ううう……わ、わかりました、リュウ先生……シャルローネ、トヨムを縛り上げて!」

「あらほらサッサー!」



「ちょ! 待て、シャルローネ! なんでアタイが磔にされるの!」

「小隊長、理屈じゃない。理屈じゃないんですよ、世の中は……」

「いやだ! くすぐるのはやめろーーっ! アタイお嫁に行けなくなっちゃうーー!」



 心配するな、トヨム。私の職場にも独身は数多い。というか、世の中の半分は男だ。なんとかなるものはなんとかなる。なんともならんものはハナからなんともならん。



「ということで、カエデさんには戦闘云々よりも、心の中庸を身に着けてもらうため、姿勢の中庸を教えようと思う」

「わー、リュウ先生、私にできるかしらー。難しそうだわー」



 棒読みしたカエデさんは、指をパチンと鳴らした。くすぐり地獄の合図である。



「うっひょっひょっひょ! ちょ、シャルローネ! そこはダメだってば! 反則反則!」






 シャルローネさんがトヨムのどこを責めているのか、私にはまったくわからない。というかトヨム、お前きんどーちゃんみたいな笑い声なんだな。そしてカエデさんは、ほどよいところでスナッブ。パチンと指を鳴らす。騒がしかったトヨムの笑い声が止まる。



「それじゃあカエデさん、正座をしてみようか?」

「はい、リュウ先生!」



 ヒザを曲げて袴をさばく。それから左、右とヒザを着いて正座。頭は左右にぶらさない。



「こう……ですか、リュウ先生?」



 カエデさんも頭をぶらさず正座した。



「そうそう、上手上手。頭をぶらさずにね。それじゃあ今度は立ってみようか?」



 これも頭をぶらさないためのコツがある。右足から立つのだが、そのとき右足を前には出さずに左足のくるぶしにつけて立つのだ。もちろんそのコツは教えていない。当然カエデさんの頭はぶれる。途端に、シャルローネさんが指を鳴らす。



「あ! ちょっとダメダメ! アタイそこは弱いんだから! むっひょーーっ!」





 奇声を発するトヨム。しかしそれは私の背後の出来事なので、私にはまったくわからない話でしかない。ワンモア・スナッブ。トヨムの奇声が止んだ。

 今度は真っ直ぐに立つコツを、カエデさんに説明。それからもう一度挑ませた。風の無い夜に湯気の立ち上るがごとく、静かにカエデさんは立ち上がった。



「そうそう、そんな感じそんな感じ。すぐにできるようになったね」

「リュウ先生のご指導のおかげです!」

「それじゃあ今度は、片手剣の柄を腰につけて歩いてみようか?」



これは片手剣がアンテナのように先へ伸びているので、どれだけブレて歩いているかがわかるという工夫だ。



「思ったよりも上下左右にふらつきますねぇ……」

「歩き方が崩れてるかな? 居合腰を思い出して」



 またもやトヨムの悲鳴。しかしこれは自業自得というもの。カエデさんをいたぶった罰というものだ。カエデさんは一度直立不動。居合腰を思い出して、それから歩きはじめる。



「あ、こんどは上手くいってるかも♪」

「そうだ、履物が地下足袋だってことも忘れないように」






 音も無く、影のように歩くカエデさん。その正面に私は立つ。



「さあ、欲をかかずに素直なまま、突きを入れてごらん」

「はい、先生!」



 スッと伸びてくる突き。これもまた、音も無く影も無い。

 一切刺激しないように、そっと木刀で片手剣をなやし上げる。



「いいぞ、もう一度」

「はい、リュウ先生!」



 突こうという欲も無く、キルやクリティカルをというようにも無く、ただ真っ直ぐに伸ばされる突き。無双流では初伝、中伝に継ぐ影と呼ばれる段階の稽古だ。そしてカエデさんは、その領域に達している。ただ、技の種類は無い。技の種類は無いがしかし、影の段で習得すべきことは習得している。あとは本人が、どのようにこの技術を使っていくかだ。



「しかしリュウ先生、ワシらのときに比べると、随分ソフトな授業じゃのう?」

「それは彼女たちが望んでいない。というかこの娘たちには必要ないだろうからね」

「ですがリュウ先生、私としては一度くらい本物の剣士というものを経験してみたいです」






 カエデさんの申し出だ。とはいえ彼女にこそ剣士の殺気や必死必殺を伝えたくないのだが……。ダメだな。真っ直ぐに私を見詰めている。これはテコでも動かないというか、体験させてくれなきゃ絶対にさがらない。というか頑固者の顔だ。


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