開戦前夜
緑柳師範の気になる発言から数日。
アイドルさんたちはいよいよ護衛と決戦とに力を注ぎ、技を磨いていた。
そして、決戦前夜。
配信を終えてから稽古に参加するアイドルさん。
配信を控えて早上がりするアイドルさん。
様々いるがしかし、株式会社オーバー並びに王国の刃運営企業。
さらには世界企業ミチノックが推す一大イベント。
アマチュア最強軍決定戦を、明日に控えることとなった。
鼓笛隊衣装に防具無しの装備で、アイドルさんたちは整列する。
一般プレイヤーたちもそれに習い、軍隊のようにキッチリと整列していた。
軍隊。
そのように表現したが、まったく頼もしく変わったものだ。
『王国の刃』開始当初は、キャーキャー悲鳴をあげているだけの女の子たちが、プロチームに全敗し再起を賭けてまた立ち上がってきたのだ。
そしてアイドルさんたちを受け入れてくれたビリー軍。
一般プレイヤーたちなど、当初は鼻の下を伸ばして浮足立っていたものが、本気でアイドルさんたちを勝たせようと熱心に稽古を積んできた。
凛々しいではないか、その姿。
雄々しいではないか、その眼差し。
若者たちはいよいよ、明日、決戦に臨む。
「よう鍛えたのう、お前さん方。普通なら裸足で逃げ出すような稽古、道場の雰囲気、そうしたモンにもよく耐えて、ここまで来た」
年長の緑柳師範から最後の挨拶だ。
「正直に言えば実力差は埋め難く、容易に勝ちを得られるものではない。そのくらいに敵は強い。しかし、乾坤一擲。ただ一本の勝ちを得るならば可能かも知れん。視聴者のみなさんも、そこに期待をしておる。そのためにはお前さん方の『挫けぬ心』、最後の最後にはそれが武器となることを肝に銘じて欲しい、以上」
最後は精神力、現代の若者はそれを笑うだろうか?
しかし近年でもラグビー・ワールドカップという実例もあった。
大番狂わせは起こるものである。
映画『ロッキー』をフィクションと言うなかれ。
努力こそが人を惹きつける魔性なのだ。
ならばゆけ、若者たちよ。
小利口に「勝てる訳ないじゃん」などと、諦めを見せずに。
「よしみんな、師範はあのようにおっしゃったが、難しい戦さをひっくり返す方法を教えてやる」
士郎さんだ。また何かロクでもないことを、若者たちに吹き込むのだろう。
「戦さは腕力じゃねぇ、気合いだっ!!」
うん、やっぱり言ったね。ロクでもないこと。
だが、あながち間違いでもない。合戦の基本はそこにある。
「楽して勝てるほど、戦さは甘くないぞ。泥田んぼの中を這いずり回るようにして、ようやく勝てるのが戦さというものだ。そしてそれは、敵も同じこと。一丁目にもの見せてやろうぜ!」
フジオカさんも良いことを言った。では、私からは?
「いざとなったら、私たちもいる。全力で行こう」
全力、ただその一言があるだけだった。
セレモニーは終了、その場は一変。学校祭前の興奮状態。
アイドルさんたちのはしゃぎっぷりは、学生時代を思い出させてくれた。
「株式会社オーバー所属Vtuber、合戦前夜生配信ーーっ!!」
一番デカい声のカモメさんが、配信活動を開始した。
その他のアイドルさんたちも五~六人が配信を始める。
自分が所属している小隊の仲間、あるいはよくコラボをする仲間たちで集まり、ワイワイと配信を楽しんでいる。
と、突然配信中のアイドルさんが全員、カモメさんを指差した。
「カモメ先輩、こっちの配信に声入ってますーーっ!!」
「あーースマンスマン!」
「もう少し声を絞ってくださーーいっ!」
そしてこうした時のために、わざわざダウンロード、登録をしていたスタッフさん。あるいはマネージャーさんたちが暗躍する。
あるアイドルさんは、「今回の年末大勝負、私たちの軍団はミチノック相手に何回勝ちを奪えるでしょうか!?」クイズ形式で正解者抽選の上、直筆サイン色紙をプレゼントとのこと。
ソナタさんは全然売れなかった、小動物ぬいぐるみにメッセージカードを添えて。
巫女には見えない巫女キャラさんは、招き猫のぬいぐるみをプレゼントとのことだった。
そしてトークすることしばし。
アイドルさんたちは怒声を放った。
「「「なんでみんな、一本も取れないに投票すんだよーーっ!! そこは一本も許さずに圧勝だろーがよーーっ!」」」
複数の同時発言だが、巫女に見えない巫女キャラさんの発言を代表して挙げさせていただいた。
ということで、ファンや視聴者のみなさんの大半は、アイドルさんじゃ相手にならない。
という見解が主流のようだ。
しかし競馬を嗜む方はお分かりかもしれない。
下馬評などというものは、リングに上がらぬ者の戯言でしかないのだ。
まして視聴者さんは評論家ですらない。
王国の刃のなんたるかを、ほとんど理解していないのではないか。
ウィンドウを開いて、オッズがどのようになっているか、確認した。
……フッ……話にならないほど、投票数が開いているじゃないか。
視聴者諸君よ、君たちは少し侮ってはいやしないかね?
彼女たちは我々が鍛えたのだぞ?
そしてその指揮を執るカエデさんは、現場にあるのだ。
まあ、素人さんの下馬評に目くじら立てても仕方ない。
彼らの投票は、時にしてネタ投票もあり得るからだ。
そしてコメント欄がファンたちであふれ返る。
「だって巫女がいたら負けそう」
「お願いだから後ろで座ってて」
「死人部屋一番乗りの栄光を、君に」
巫女キャラさんは怒り出した。
「役立たずみてーに言うなーーっ!!」
「だって戦う巫女なんて想像もつかない」
「格好いい巫女を見かけたら、ニセモノだと疑う」
「そもそも戦闘ゲームで役に立ったとこ見たことない」
酷い言われようだ。
しかし、彼女の切り抜きアニメは観たことがある。
勝ち目のときには調子に乗って相手を煽りに煽り、負けの目に転じた途端命乞いを始めるというみっともなさが笑いを誘う動画だった。
節操もへったくれもない姿は、若いころの私ならば毛嫌いしただろう。
しかし大人の今なら、これが芸のひとつだと理解して笑うことができる。
ときには仲間を見殺しにしたり裏切ったりと、人間の醜さを見せつけて笑いをとったりするが、それができるのも信頼関係、仲間の絆が結ばれているからだ。
そうでなければ『王国の刃』というしんどいゲーム、脱落者のひとりも出さずに全員参加などという快挙には至らなかったはずだ。
ミチノックよ、鬼将軍率いる男の集団よ。
女の子と侮るなよ、株式会社オーバー軍団を。
その結束力は、巨大なカリスマ鬼将軍率いる軍団に、勝るとも劣らないものなのだ。
そして士郎さんの言葉が、ここで光る。
戦さは数ではない、気合いなのだと。
ともすれば、ともするぞ。
配信の宴は続く。
アイドルさんたちは全員やる気を見せている。
「士気が高いですね、リュウ先生」
配信に、特別ゲストとして引っ張りだこだったカエデさんが帰ってきた。
もちろん鼓笛隊衣装である。
「あぁ、高い。だからこそ勝たせてやりたい」
「思いの外、責任重大です。出向してみて改めて分かりました」
そう、参謀としてカエデさんは、ビリー軍やアイドルさんたちの信頼を勝ち取ることから始めた。
そして『本気でみんなを勝たせるつもりだ』、という姿勢を見せつけてきた。
防具無しの鼓笛隊衣装、Vtuberさんの仲間と認められた証。
全幅の信頼はアイドルさんたちからだけではない。
すべての視聴者さんたちからも認められた証なのだ。
だから私はカエデさんに言う。
「だからこそ、ビリー軍は強い。そして短い時間ではあるが、私たちもいる」
「負けません、私たちは」
「そう、勝つんだ」
賑やかな配信パーティーは、その夜遅くまで続いた。




