決戦まで、残り二週間を切る
で?
あっという間にアイドルさんたちのイベント衣装が出来上がってきた。
真っ赤なジャケットに白いプリーツスカート、そして編み上げの革長靴。
ちょっとした鼓笛隊をイメージさせるような衣装である。
「どうですか、リュウ先生!」
うんうん、似合ってるよカモメさん。
「でもちょっと胸がキツイかも」
艦長さん、あまりゴージャスなバストをアピールしないの。
「さすが株式会社オーバー、採寸もピッタリです」
ソナタさんは機能性重視のようだ。
そして……。
「……………………」
「カエデさん?」
「訊かないでください、リュウ先生……」
「いや、何故キミまでアイドル衣装を着てるんだい?」
「……訊かないでください、リュウ先生」
そんな状況へ、緑柳師範が首を突っ込んでくる。
「おう、嬢ちゃん。いよいよアイドルデビューかい?」
カエデさん、泣き濡れる。
そして本日の稽古を生配信しているアイドルさんもいた。
彼女はカエデさんを引きずり出し、「こちらが今回のイベントで、私たちの指揮を取ってくださる、軍師カエデさんでーす!」などと、ぐったりしたカエデさんを紹介したりする。
ごく普通の、いやむしろ地味な側の高校生が、いきなりの世界デビューである。
しかもアイドル衣装で。
なんて言う災難なのだろう、これは。
さすがに私もカエデさんの心情に思いを寄せた。
「いぇーい、いぇーい♪ ピースピース♡ ほらほら軍師さまも、ピース♪」
もしもこの配信を生視聴していたなら、シャルローネさんもトヨムも、腹を抱えて笑い転げることだろう。
「なにっ!? 生配信だとっ!!」
それを耳にした士郎さんとフジオカさんが、無理矢理画角に割り込んだ。
「コマネチ、コマネチ!! 今の若いモンはこんなギャグ知らんだろ!」
「退け、士郎さん。この私が直々に、格好いい変身ポーズを見せてやるんだ!」
おい、そこの大人。いい年ぶっこいた大人。
何やってんだ、お前ら。
すると緑柳師範まで、ウルト〇マンの美しい飛行姿勢のように、見事な伸身飛び込みで画角を横切っていった。
「おい、リュウさん! あんたも何かやれ!!」
私まで世界配信に引き出された。
「いや、やれもなにも持ちネタの無い私にとって、この状況はなんというかヒッジョーにキビシー!!」
やったぜ、やってやったんだ、俺は……。
するとハツリさんが現れ、私に面と向かって言ってくれた。
「あの、リュウ先生? この配信のアーカイブは、動画サイトがサービスを終了するまで永遠に残るんですよ?」
し、しまった!! ならばもっと出来の良いギャグをっ……。
「以上、稽古前の風景と新衣装お披露目でした♪」「待ってくれーーっ。俺に、俺にもう一度チャンスをくれーーっ!!」
まあ、おふざけはこの辺りにしておいてだ。
具体的な作戦がいよいよ下知される。
カエデさん・ザ・マーチングバンドがホワイトボードの前に立つ。
「陸奥屋一党まほろば連合というのは、現時点においてアマチュア最強軍団と呼んでも差し支えないものと思われます」
これは個々人の戦闘能力の高さのみならず、我々災害先生の火力に頼むところが大きいと、カエデさんは付け加えた。
「逆に言えば四先生という駒がこちらにある以上、敵はかなりの戦力削減となっているのが事実。ただし、それでも敵の火力は侮れません。彼らは各階級でトップクラスの戦闘能力を保持しているからです」
そしてその頭脳とも呼べる出雲鏡花、これが曲者であるとした。
「彼女の戦法の特徴は、押さば引くし引かば押すというもの。一見五分の戦さをしているように見せかけて、脇からビンタを放ってくるようなタイプです」
そこから導き出される作戦は……。
先鋒、ネームドプレイヤーの半数。
残る半数は中堅陣営に配備、防御にあてる。
これで攻めて良し、受けて良しの態勢を作ってくるとカエデさんは見ていた。
悪くない手だと、私も思う。
そしてこの中堅陣営のネームドプレイヤーたち、これが隠し玉だとカエデさんは読んでいた。
で、こちらの作戦はと言うと。
「まず敵からすれば、こちらの大将を討ち取るのは容易いと考えるでしょう。故に大将は玉座を温めず、とにかく現場にあってください。そこには愛くるしい、お姫さまアイドルちゃんに腰掛けていただきます」
ここまでは以前から通達している。
「そして玉座が敵の主力に落とされそうになった場合、お姫さまちゃんを護るために先生方の召喚もあり得ます。存分な活躍で『いかにもなりふり構わず防御に徹している』という演出をみせてください」
『先生』というカードには賞味期限があると、カエデさんは言っていた。
ここぞという場面でカードを切れなかったり、試合終了でカードを余らせていたり。
そうした間抜けを回避するために、積極的なカード運用をするというのだ。
「と、見せかけて。開戦劈頭いきなり先生カードを切って、突破口を穿っていただくのも有りですね♪」
そうだね、手の主力が前面にあるのなら、ネームドプレイヤーたちを死人部屋に送ってから、アイドルさんたちをエスコートするのも面白い。
「とりあえず私たちの基本方針は、アイドルさんたちを鬼将軍の前に立たせること。そのためには死に帰り戦術を推奨、とにかく帰って来てください」
「質問、敵が白樺女子のときのように、死に帰りを許してくれず、手足を欠損させるに留まった場合はどうするかな?」
私が訊くと、カエデさんは軍師らしい言葉を発した。
「這ってでもズッてでも闘ってください。死なない限りは回復できませんので」
回復ポーションには時間制限がある。一度使ったらしばらくは使用不可能なのだ。それくらいなら死に帰れと、カエデさんは言った。
「どうにも歩けない、立てない場合には二人三脚や騎馬戦スタイルも可能ですから、アイドルさんを護るため頑張ってくださいね」
まあ、本当に命を落とす訳ではないのだ。それも手ではある。
「それとな、お嬢ちゃんや」
緑柳師範が意見。
「どうされましたか、師範?」
「ここで隣り合った者同士、お互いに胸を刺してみてはどうじゃ?」
「あぁ、そういうことですか。ではみなさん、お互いに殺し合いをしてください。フレンドリーファイアがあるから大丈夫です。もしも隣りの人が死んだら、それは敵の間諜です」
ボワンという音、そしてモクモクと立つ煙幕。
「ふはははは! 流石じいさん、よく気がついたな!」
私は木刀を天井に投げつけた。
目くらましを使って逃げようとした忍者(陸奥屋所属)がそこにいた。
「うお、危なっ! しかし面白い話しは聞かせてもらった! 聞かせてもらっただけで、ウチのデコ娘に伝える気は無いがな!!」
だったら何しに来たんだよ、お前。
「私は私でこのゲームを楽しませていただくのみ! それでゃ諸君、また会おう!! あでおーす♪」
まあ、あれはかなめさんの下僕であって、出雲鏡花の走狗ではない。
出雲鏡花に情報をあたえる気など、さらさら無いのは本当かもしれない。
「先生、どうしましょう!?」
うろたえるアイドルさんたちに、その旨を説明する。
「出雲鏡花が本気で『情報を抜いて来い』と命じたなら、あの忍者はリアルマネーを要求するだろう。そして出雲鏡花はビタ一文たりとも支払わないはずだ。何故なら彼女には『出雲機関』という諜報組織があるからだ。出雲機関が動いておらず忍者が動いているということは、こちらの情報は漏れていないということさ」
「それなら良いのですけど……」
「大丈夫、陸奥屋は一枚岩に見えて、案外そうでもないところがあるのさ。簡単に言えば、出雲鏡花は天宮緋影のためには労苦を惜しまず働くが、鬼将軍のためには絶対に働かない。むしろ責任をすべておっかぶせるだろう」
「ろくでなしな考えですね……」
「ウチにろくでなし以外の人間が存在すると思ったかい?」
アイドルさんたちは、バツが悪そうに口をつぐんだ。