伸び代
カモメさんの見切り、そこからカウンターの小手打ち。
判定は……カエデさん、防具破損。見事なクリティカルヒットだ。
そしてカモメさん、深追いはせずにスッと後退。
「その呼吸だ!」
私も太鼓判を押した。
「やったーーっ!! 初めての有効打だっ!」
ピョンコピョンコ、カモメさんは飛び跳ねて喜びを表す。
そこへ仲間たちも続々と復帰。
カエデさんの小手が破壊されているのに気づく。
「これ、カモメ先輩が!?」
「凄いデース、どうやって!?」
「見切りからのカウンターさ、やってみな。みんなもできるからさ♪」
確かにそうした稽古は積んできた。しかしそれを実戦で使用するのは訳が違う。
まして、格上のカエデさん相手になど。
だが、夢のまた夢という話は、今ここで現実のものとなった。
観戦していたハツリ先輩が声をかけてきた。
「達人技とかけて、赤ちゃんとときます!」
始祖アイドルさんが「そのココロは?」と合いの手を入れた。
ハツリさんはズビシ! と答えた。
「ヤレばデキる!!」
うるせーよバカ娘。せっかくの良い場面、台無しにするんじゃねぇ。
場内大爆笑ではあったが、選抜アイドルさんたちの表情はシリアスだ。
「その技、ボクができなきゃいけないんだよね……」
秘密兵器のひとり、ソナタさんが前に出る。
「その呼吸を学ぶためには、同等の得物だよね……」
得物を片手剣に変更、しかし楯は持たない。
「待って待って、ここはアタシが先じゃない?」
もう一人の秘密兵器、メイドのミナミさんが先に立った。
得物は乳切木、長棒に鎖分銅を付けた武器である。
「いざ!」
喜びに緩んでいた空気が、一気に凍りつく。
ミナミさん、構えは八相。無駄に鎖分銅は振り回さない。
そしてカエデさんも本気の構え、丸楯に隠れて片手剣だけを突き出している。
しかしカモメさんのときとは違い、前には出ていかない。
乳切木の方が遠間なのだ。
ズ……ミナミさん、前へ。
ジリ……カエデさんは後退。
しかしそのままではジリ貧だぞ、カエデさん。
そこはカエデさんも熟練。
影のように予告動作無し、ニュルリと前に出た。
内懐まで飛び込めば、カエデさんの勝ち。それより早く迎撃できれば、ミナミさんのモノ。
間合い、ここ! というところで、ミナミさんは一撃を放つ。
カエデさんはそれをガッチリと受け止めた。
そう、棍を受け止めたのだ。しかし鎖分銅の運動は続き、カエデさんの後頭部に命中。
革兜が吹っ飛んだ。
お見事、間合いをきっちりと計算した、ミナミさんのクリティカルだ。
「やっぱり、腕と度胸だね……」
ソナタさんがため息をつく。
核心である。腕と度胸、
このふたつ無くして、強くはなれない。
要領よく、システムの隙を突いて。そういったことも世の中にはあるだろう。
しかしあったからと言って、なんだと言うのだ。
株式会社オーバー所属、アイドルVtuber。
世界の顔とも呼べる彼女たちは、決してそのような安易な道は歩まないだろう。
その姿勢が今、カエデさんから一本を奪うだけの実力を身につけさせたのだ。
ソナタさんは真半身、右手右足を前にした構え。
完全に突き狙いの構えだ。
「一途に、情熱的に……」
標的以外に脇目も振らず、死をも恐れぬ闘志を胸に。
突き技は死に技だ。
外されれば、後が無い。
だからこの言葉は、突き技の極意と呼んでも差し支えなかろう。
なにしろ命懸けで牛と闘う、闘牛士たちの言葉なのだから。
間合いの長さは同等、どちらにも有利不利はつかない。
有利不利というのなら、楯持ちな分だけカエデさんは近間か。
先に仕掛けられるソナタさんも、無防備という不利がある。
差し引きトントン、やはり同じ条件だ。
その状況をカエデさんも読んだか、慣れ親しんだ丸楯をこの場面で置いた。
勝負。
そのような気概である。
両者ともにフェンシングのごとく極端な半身。
そしてどちらも、フェンシングの経験は無い。
タ……二人同時に出た。勝敗は……。
カエデさん、革の胸当てを破損。
ソナタさんは? ……その喉元に、カエデさんの切っ先が突き刺さっていた。
判定、カエデさんの勝利である。
ではあるが、しかし。死に技、捨て身技で活路を見出そうとしたソナタさん。
実に天晴としか言いようが無い。
「あ〜〜っ、クッソーー!! あと少しだったのにーーっ!!」
復活したソナタさんは髪の毛を掻きむしって口惜しがる。
「いや、今の勝負は紙一重だった。もちろん負けを勝ちとは言わないけれど、ソナタさんには伸び代がある。明日、明後日、一週間後にはどうなっているか分からないぞ」
突き技のカウンターには、剣の棟を使って敵の突きを逸らす技術もあるのだが、カエデさんはその技を使っていなかった。
「えぇ、ソナタさんの気迫に押されちゃって、技を忘れてました」
そう、ソナタさんの気迫は、敵の技を潰していたのだ。
素晴らしい稽古の成果である。
「あの、リュウ先生?」
髪の長い美少女が訊いてくる。始祖さんだ。
「私たちは勝てるでしょうか?」
「今のままでは勝てないだろう。だが、まだ日にちはある。そして君たちの伸び代も、まだまだ残っている。メインの六人だけに任せるのではなく、一人ひとりが戦闘の主力と考えて稽古に励んでもらいたい」
タイムアップ。練習試合、終了。
ここからは達人先生たちが一人ずつ出て、残りの小隊をすべて相手にしてゆく。
みんなに陸奥屋ネームドプレイヤーたちの実力を、感じ取ってもらうのだ。
もらうのだ……。
もらう……阿鼻叫喚の地獄絵図が始まった。
なにしろ災害認定の三先生だ、触れなば落ちんというならまだしも、一合とて合わせることなく死人部屋へと送り込まれる。
「やっふーー♪」
「おーけーろっけんろー……しぇげなべいべーーっ!!」
「いよいよ達人先生の切っ先が伸びて参りました。我々の命も風前の灯火と言えましょう。それでは中継を御覧の皆様、さようならさようなら」
東京に上陸したゴ〇ラか、天空より舞い降りたキングギ〇ラのように、災害先生たちは猛威を振るう。
「よし、六人屠った! つぎ!!」
「ほい、遠慮せんで掛かって来なされ。なんなら十二人で来てもえぇぞい」
「積極的になるべきときに積極的になれない者は、一生後悔するぞ!! そら出てこい出てこい!
お前たちの敵になるネームドプレイヤーたちの実力、体験しておくなら今だぞ!」
泣こうが笑おうが容赦は無い。次から次へと一般プレイヤーたちを死人部屋へと送りつける。
そんな凄惨な光景の中、カエデさんがソソソと近づいてきた。
「あの、リュウ先生?」
「どうしたんだい、カエデさん?」
「実はアイドルさんたちの装備について、少し意見が」
「ほい、どんな意見だろう?」
カエデさんの意見はこうだ。敵の主力にはワンショットワンキルというスキルがある。
ならば下手な防具など意味をなさない。
ということで、アイドルさんたちの防具はすべて排除。
普段の配信衣装で戦闘してもらう。
防御力を犠牲にして、少しでも機動力と視界を確保してもらうという作戦だ。
なるほど、どうせポイント勝負など眼中に無い。キル数勝負を挑むでもない。
ただ一度、一二〇分という時間の中で一度だけ、鬼将軍の首を落とすだけ。
そこに専念するならば。甲冑防具をすべて撤廃するのも有りだろう。
「うん、有りだな。カエデさん」
私は背中を押した。花が咲くように顔をほころばせて、カエデさんはにっこり。
「じゃあアイドルさんたちに伝えてきますね♪」すでに打ち解けているアイドルさんたちの輪に入り、カエデさんは趣旨を説明していた。
「ワーオ♪ ファンタスティック! 私たち、全裸ですか!!」
不穏な言葉が聞こえてきた。カエデさんは必死に誤解を解いている。そして誤解が解けたか、さらなる地獄坂へ足を踏み入れたか。
「普段の配信衣装でいいの!? なんか特別な衣装着てもいいんだよ!?」
ん? 雲行きが怪しくなってきたか?
「鎧兜を着けないなら、お揃いの新衣装を運営さんにおねだりしない?」
「「「賛成〜〜♪」」」
どうやら事態は、私の思う方角とは違う舵を切ったようだ。