稽古
そしてセキトリ。こいつは紛れもなく相撲取りだろう。しかし横綱の土俵入りで太刀持ちが控えるところから、得物と相撲の相性は抜群に良いはずだ。何故ならマワシを取る手は小指一本。そして得物の生き死にを決めるも、これまた小指一本だからだ。
そしてセキトリは小指一本で敵をブン投げ、得物を振れば一撃で撤退へと追い込むことができる、まさにキラーな力士なのだ。案外とこのトヨム組、参加者のクォリティは高いのかもしれない。
「ありがたいのぉ、みなのおかげで初勝利じゃわい!」
セキトリはそう言って太鼓腹を揺すりながら笑う。
「そんなこと言いながら、旦那もさり気なく初キルだよな?」
「それを確認できるお前の余裕が怖いよ」
と、私はトヨムをからかう。
「だけどさぁ、アタイたちってまだまだ習い覚えないとならないこと、一杯ありそうだな?」
トヨムの警戒心は強い。あるいは勝利に餓えているのか?
「具体的にはどんなことだい、トヨム?」
「アタイは今回初めて軽量級を相手にしたけど、旦那はどうさ?」
「まだ軽量級とはまともに闘っていないな」
「それさ! セキトリも軽量級、中量級との対戦は乏しいはずだ」
「おう、ほとんど当たっちょらんのぉ?」
「そこがアタイたちの弱点さ。対戦経験が圧倒的に少ない、本当に上手い、強い相手と戦ったことがない。これは致命的だと思うんだ」
「とはいえ軽量級の相手キボンヌとかいって、対戦相手は選べんしのぉ」
セキトリは巨大なアゴを撫でる。
「だからクランの拠点があるのさ。あそこには稽古場があるから、身内で対戦して対軽量級、対重量級なんてのに慣れておくんだよ」
「ホイじゃあ早速拠点で稽古かい?」
「悪くはないな」
全会一致、私たちは拠点でお互いを相手に稽古とする。
「それじゃあみんなクラン登録は済ませてるから、視界の左下。拠点に帰るをタップして」
トヨムの言うとおりにすると、途中の道のりはスキップしてソファーの並ぶ応接間に到着した。首を振ると、土を敷き詰めた稽古場がある。そこには藁人形というか、カカシが立っていた。これは打撃用の練習相手、サンドバッグ・カカシ先生である。
「二人は現役だろ? 私は指導員……というか現実世界では道場主だ。悪いが稽古は私が仕切らせてもらうぞ?」
「やっぱそうじゃったんかい。風格があると思ったわい」
「旦那の稽古ってどんなんだろ?」
「そんなに厳しいことは無いさ。まずは二人の攻撃力を確認しておきたい」
私はカカシを指差した。カカシには修理費無料と書いてある。そして棚には鎧兜が並んでいて、軽量級から重量級まで、様々な防具が揃っていた。もちろんこちらも修理費無料である。
私は迷わず重量級の防具をひと揃え、カカシに着せる。軽量級に比べれば、頑丈そうに見えた。
「まずはセキトリから行くか」
「こういうときは軽量級のアタイから行くモンじゃないの?」
「トヨムの打拳は想像がつく。しかしセキトリの打撃は未知数なんだ」
ということでセキトリ。甲冑に身を固め、得物は長柄の棍棒にスパイクのついた、固有名詞『昇り龍』。相撲の立ち合いのように腰を落として、ハッキヨイ!
強烈な当たりは得物からではなく胸から当たる。その一撃で鎧は派手に砕け散った。
これでセキトリの当たりは、防具を破壊するに足る威力があることが証明された。では、得物術は?
私は藁まで飛び散ったカカシをリセットし、ふたたび甲冑を着せる。
「さあセキトリ、今度はその昇り龍の威力を見せてくれ」
「おう!」
セキトリはホームランバッターのように昇り龍を長く持ち、フルスイングでカカシを打った。
どがしゃ〜〜ん! 派手な派手な演出とともに、カカシは芯棒を残して消滅。トヨムなどは「うっひゃ〜〜!」と奇声をあげて喜んでいる。
いかにも派手な結果であったが、私には不満があった。いま一度、カカシをリセット。そしてセキトリに、カカシのソバに立つよう指示する。
「この距離で打ってみてくれ」
ほとんど袖が触れるような間合いだ。逆に言うならば、小兵の武者の距離である。そしてセキトリは、さきほどのようなフルスイングはできない。野球で例えるなら、インコースもインコース。ユニフォームをかすめるように危険な距離だ。
セキトリはカカシを打った。ゲシッという音だけで鎧は壊れないし、Criticalの文字も浮かばない。なるほど、私のデビュー戦で見た通りだ。セキトリはあのとき寄ってたかって、仲間とともにNPCに詰め寄って適正ではない距離で得物を振るっていたのだ。だからクリティカルもキルも取れなかったのだ。
「セキトリは最初の当たりで敵を弾き飛ばし、十分な間を作ってから得物を振った方がいいな」
「もし間を作れなんだら?」
「もう一度当たる。力士に後退の文字は無いだろ? ただし……この間合いで敵を打てない訳じゃない」
昇り龍を借りる。カカシの側に立った。手の内を決めて、前手をシゴキながらカカシを打つ。
セキトリほど派手ではないが、Criticalの文字を弾けさせながら、私は鎧を破壊した。
「どんな魔法を使ったんじゃい、リュウ先生よ」
「いまのは杖術の技術だけど、居合にも同じ教えがあって『狭い便所の個室で刀を抜いて斬って納めよ』というのがある。いまのはウチの流派の杖術で『茶室の内』というものさ」
本当は手の内を決めて打つことが重要なのだが、それができるようになるまで何年もかかる。あるいは手の内を納める前に修行を辞めてしまう者が多い。ここではそんなことは言わないようにする。
サンドバッグ・カカシ先生をもう一体用意した。セキトリにはそちらに移って当たりの稽古を続けてもらう。そしてこちらのカカシには防具をつけてトヨムを呼ぶ。どんなパンチでもいいから殴ってみろと言う。トヨムは柔道の構えを取るが、腰はグッと落ちている。そこからまるで弾丸タックルのように飛び込み、身体ごと右ストレートを叩き込んだ。
これはボクシングで言うところのジョルトである。体当たりのように飛び込むため、大変に重たいパンチが打てるのだ。なるほど、これは敵の防具も破壊される訳だ。
しかし、トヨムにはトヨム固有の弱点があった。
「一本調子だな、それにリーチが短い」
「そうなんだよね、初対面の相手には上手くかかるんだけど、アタイを知ってる先輩や先生には先に取られちゃうんだ」
「フェイントを入れても見抜かれるだろ?」
「わかるのかい!?」
いくら手を伸ばそう、襟を取る振りをするぞ、と言っても身体ごと飛び込んで来ないうちはすべてウソん子なのだ。それがわかればトヨムのフェイントには引っかからない。
「私もボクシングや柔道は専門じゃないけど、こんなのはどうだ?」
棚にあった持ち出し不可のスパイクグローブをはめる。肩の力、腕の力を抜いて、マンガで読んだヒットマン・スタイルを取る。ユラユラと右腕を振り(私の構えは右手右足を前に出したサウスポー・スタイル)、毒蛇のように腕を伸ばした。
気・拳・体を一致させて、スパイクをカカシの顔面にめり込ませた。Criticalの文字が浮かび、カカシの顔をかたどっていた藁が飛び散る。
「わかったか?」
「うんにゃ、わかんない」
「素直でよろしい。トヨムの打撃は正面対正面。構えのまままっすぐ飛び込んでいく。だが私は左の肩を引いて右肩を前に出して、リーチを全力で伸ばしたのさ」
身体を真横に向けて、右を伸ばす。これくらい本気で腕を伸ばしていけば、フェイントにも引っかかってくれるだろう。
「でも旦那、これだけ前腕を伸ばしたら、次の後ろ拳……右ストレートはどうすんの?」
「突っ込んだ前肩と後ろ肩を素早く入れ替える。そうするには脚を踏ん張って腰を捻るんだ」
トヨムはゆっくりと真似をしてみるが、どうもシックリこないようだ。
そこで私は棚に並べてあった柔道の白帯を腰に締めてやる。
「腰が回転すると帯が振られて身体にあたる。それを基準にして拳をだしてみな」
当然空突きだ。それでいい。まずはシャドウでフォームや身体の使い方を覚える。カカシ相手に強烈な一撃など、形がしっかりしてからでいい。
ということで、私も一人稽古だ。
まずは中段に構えて、仮想敵の自分を目の前に浮かび上がらせる。互いに切っ先をひと握り分だけ交えて、いわゆる一足一刀の間合いだ。そして互いの切っ先は相手の正中線を押さえようとせめぎ合っている。が、ここはわざと負ける。そうすれば相手が出てくるからだ。
敵は突き。私は時計回りに刀を捻り、刃を上に向ける。それだけで敵の刃は私の心臓を逸れるのだ。そしてこちらから踏み込んでの突き。しかも私が前に出れば出るほど、敵の切っ先は大きく外れる。古流とはそういうものだ。刀というものの特性を活かして技が成り立っている。初伝技、相打ちの突きである。
二本目、敵は上段。私も上段。敵が真っ向から斬り下ろしてくるのを、絶対にさがらない、絶対にかわさない。私もまた敵の刀を斬るように振り下ろす。これもまた振り下ろせば振り下ろすほど、敵の刃は私を逸れてゆく技である。そして私は敵の左小手を斬り、そのまま胴を突く。初伝技、相打ちの斬りである。
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