彼女の癇癪が世界を動かす
リュウです。
アイドルさんたちに指導して、ビリー軍にも稽古をつけているリュウです。
今現在は見切り稽古のため、軟式テニスのゴムボールを使いあるいは竹刀を使い指導しているところです。
「どうだろうカエデさん、私たちなりに勝てる稽古をしているんだけど、カエデさんの策に沿った稽古だろうか?」
作戦立案責任者のカエデさんに、確認をとってみる。
「もちろんですとも、リュウ先生。まず兵は屈強であること。これだけは絶対です! どんな軍師だって、へなちょこの腰抜けは率いられませんから」
えらい言いようだ。もしかするとカエデさんの過去が、そのように言わせているのかもしれないが。
「それにアイドルさんたちも、配信で百回に一回の勝ちを得るために頑張る、と宣言してくれてますから。今後の展開は期待大ですよ」
……無理して笑ってないだろうか? 少しだけ心配になる。
「あのね、カエデさん。正直に言えば視聴者さんの中に、アイドルさんたちが本当に陸奥屋まほろば連合に勝てるなんて思ってるひとは、ほとんどいないと思うんだ」
「それをなんとかするのが、軍師の本懐ですよリュウ先生♪」
「だから無理をするなと言っているんだ!」
初めて大きな声を出した。カエデさんに向かって。もう私も黙っていられない。
こんな年端もいかない女の子に、軍師などという重責を背負わせるなど、そろそろ私も我慢の限界だ。
「なんとかするは、何ともならない! いつものカエデさんなら、そう言って笑うはずだ。そうじゃないのか!?」
「え? ……あ……」
大人たちの世界、巨額の金銭が動き、そこには責任が発生する。
そしてカエデさんの指示通り、ちょっぴり大人なアイドルさんたちはカエデさんの負担を減らすがごとく、敗戦もあり得ると前振りしてくれた上で撮れ高確保も考えてくれていた。
それだというのに、まだ君は身を削り大人の責任を背負うというのか。
自惚れるのも大概にしろ! 君はまだ子供で、大人に守られていなければならない存在なんだぞ。
そこには責任など無い。義務も権利も自由も無い。
ただ大人たちから愛され、愛くしまれるだけ。
子供というのは子供というだけの理由で、世界から愛される存在なんだ。
そんな子供の権利を捨ててまで、何故君は大人の世界に首を突っ込んでくるんだ!
「いいんだぞ、カエデさん。負けても勝負にならなくても、その責任は大人にあるんだ。君が悪い訳じゃない」
「イヤです、リュウ先生! 私は頑張るんです!!」
「子供は大人の言うことを聞け!! そして黙って愛されろっ!!」
いい加減頭にくる、どうしてこの娘はこんなに頑固なんだ。だが、ちょっぴりお姉さんと言ったが、その重大な責任をアイドルさんたちは背負って、世界配信を続けている。
こんな女性を目の当たりにして、カエデさんが燃えない訳が無い。だけどねカエデさん。
「君は裏方なんだ。まったく報いられることなんて無いじゃないか」
「努力が報いられることを考えて、リュウ先生は今まで努力を重ねてきたんですか?」
古流、いまでは月謝も高額になっている。しかし私の道場は、月千円に留めている。だから金銭の報いなど求めてはいない。
そしてこれは、私の信念であり意地だ。私の師匠は私から月謝など取らなかった。
「月謝はおいくらでしょう?」
などと問おうものなら、師匠は「お前の汗だよ」と言っただけだ。
私は師匠以上の教えなど授けられない。だから月謝を受け取るなど本当はできないことだ。
だが道場には維持費がかかる。だから月千円だけを頂いているだけだ。夏にはクーラーをつけなければならないし、冬には暖房を入れる。
無償だったためか、師匠に稽古をつけていただいていた頃は、クーラーも暖房もなかったものだが。しかし令和の現代で、それは通じない。
だから道場維持費を少しだけお預かりしているのだ。
だから、私は将来月謝をたんまり頂いて、老後を豊かに過ごすなどという考えは無い。
努力が報いられることなど、まったく考えていなかった。
努力が報いられたいのであれば、優勝トロフィーを手に記念写真を撮れるような競技か、大手団体の技を習得して月謝を稼ぐかしていただろう。
しかしカエデさんは頑固にも屁理屈をこねる。
「私だって好きだから参謀をしているんです、邪魔しないでください!」
「その参謀職が負担になっているというんだ」
ピクン、カエデさんが反応した。
「いいかいカエデさん、前回のエキジビションマッチもそうだったけど、今回もまた巨額の金銭が動く大人の『仕事』なんだ。絶対に成功させなければならないものだ、子供には荷が重すぎる」
「じゃあ辞めろって言うんですか、参謀を」
「そうじゃない、自分から『なんとかする』なんて子供が言うな、と言っている」
「じゃあどう言えば良いんですか?」
「そうだね、『うきゃ〜〜っ!! こんなの作戦だけでどうにかなるモンじゃないわよーーっ!!』っていうのはどうだい?」
「どこのきんどーちゃんですか、それ」
古いもの持ち出してくるね、君。
しかし良かった。少しだけカエデさんも、気持ちに余裕が出てきたようだ。顔から険が消えている。
「ですがリュウ先生、そうなるとどこに目的を定めたら良いものやら」
軍師として『勝つ』という目標を失わせてしまったのだ。それに答えるのは、大人の責任である。
「以前カエデさんが言ってたけど、アイドルさんの撮れ高を目標にしてはどうだろう?」
「それこそ大人の世界じゃないですか」
「いや、物は考えようだ。カエデさんは今まで軍師をしてくれたけど、それは金銭が絡まない『個人の楽しみ』として活動してくれてたね?」
「存分に楽しませていただきました」
「その精神だよ。ここは一発、自分も楽しんでみてはどうかな?」
「……ビューティー軍師カエデちゃんの現場降臨?」
「そうそう、そんな感じで。発想を飛躍させるんだ!」
「三十分に一回十秒間だけ、達人先生をひとり降臨させるとか?」
「それも面白い!!」
「寝返り有りのスパイ大作戦!」
「フレンドリーファイアは無いが、それもまた良し!!」
そうだ、そういった柔軟な発想。
実現できるできないは置いておくとして、今のアイデアを鬼将軍に打診しておこう。
それこそ、『奴ならなんとかしてくれる』はずだ。そしてこんな時にこそ、大人はいるのだから。
翌日、スーパーレディの美人秘書御剣かなめが現れた。
この株式会社オーバー特設稽古会場は、その手の者しか立ち入れないはずなのに、彼女は現れた。
それはおそらく、『鬼将軍の使い』以外にも理由はあると思う。
美女美少女揃いのアイドルさんたちも、かなめさんの美貌にはため息をついた。
「ウチのマネちゃんより、仕事できそう……」
こらこら、大人の仕事を子供がどうこう言ってはいかんぞ。ちなみにマネちゃんとは、彼女たちのマネージャーさんのことだ。
そしてスーパーレディは挨拶の言葉を述べ、私から打診したルール変更というか、方針変更のアイデアに話を移した。
「大変に興味深い発案でした。が、今日ここにいたるまでにかかったスポンサーからの支援をないがしろにアイデアであると、そうは思いませんでしたか?」
「かなめさん、設計変更はどこの世界にもあることだ。そしてそれが泥縄になることも、また世の常なのさ」
「また現場が混乱しますね」
御剣かなめ、魅惑のため息。しかしそれはあくまでポーズであって、瞳の奥が笑っているのを、私は見逃さなかった。
「かなめさん個人はどう思いますか?」
おずおずと遠慮がちに、カエデさんが訊く。
ここでかなめさんは悪ガキのように笑った。
「面白いじゃない、やっちゃいましょ! 大人たちを焚きつけちゃってさ♪」
世の中というものは数字のために動いている。そして大人たちは、より大きな数字のためなら労を惜しまないものである。