乙女、団結
あ、どうも。
株式会社オーバー所属アイドル、通称・艦長(17歳)です。
あちこち視点が飛びまくりですが読者のみなさま、大丈夫でしょうか?
じゅうなな歳のピチピチなアイドルとしては、仲間のミナミが無能軍師により辱めを受けたのではないかと、ちょっぴり息を荒くしてハァハァしながらいけない妄想を掻き立てながら調査を開始しました。
ところがどっこい、『変態的性癖を満たそうとするより、仲間の心配しろや』とばかりの冷たい軍師さまの視線。あぁ、そんな冷めた眼差しを向けられたら、艦長熱くなっちゃいますぅ♡
で、そんなことを考えていたのは艦長だけではなく、他の仲間たちも集まって来て
「あの軍師、どうだった?」
という質問攻め
。ですがそこは艦長、『できる女!!』ですから、クールに答えるばかり。
「ま、悪党ではなさそうね」
「まあ、艦長以上の悪党はいねぇわな」
こら、海鳥。そこのカモメ。ミャアとすら鳴けないカモメ。艦長のこと悪党みたいに言わない。
「まあボクは、先生方が信頼してる軍師ちゃんだから、最初から疑ってないけどね」
おい、ぺったんこ。それなら何故この場に確認に来ている。
つまりみんな、ミナミのことが心配だったという訳で。そのミナミが今どうしてるかというと?
ペシッと木刀でカカシを叩いていたりする。
「でもヤルもんだよね、軍師ちゃん。一発でミナミの資質を見抜いてんだからさ」
感心してるのはハツリ先輩。
「執念を燃やしたときのミナミが、どれだけハイスペックなのか。それが分かってるだけでも大したモンだと思うよ?」
「まあ、それに関しては、ミナミ調査のやり方は様々あるから。少なくとも艦長としては、軍師ちゃんをもう少し信頼しても良いかな、とは思う」
あーやだやだ、女の子の集団が誰かひとりを疑いだしたときの執念深さ。
でも、女の子っていうのは弱い存在だから、どうしても疑ったり用心深くなったりするもの。
ピシッ、ミナミが打つカカシの音。少しずつ、ミナミの雰囲気が変わってきている。
「そういえばさ、ミナミちゃんがカカシを打ち始めて、どれくらい経ってる?」
「ん〜〜まだ十分か十五分くらいかな? 練習試合が終わって、すぐに打ち込みに入ったから……十五分!?」
隊長がすぐにミナミの元へ。
「ミナミちゃん! そんなにいきなり打ち込みしたら、身体に悪いんよ!!」
ミナミの木刀を取り上げた。
「返してよ!! アタシ、もっと稽古しないとなんないんだから!!」
逆上したような目を隊長に向ける。どゆこと?
「えっと、王国の刃では稽古や戦闘の結果がフィードバックしないようになってるんだけど、あんまり反作用のある稽古は身体に良くないってされてるんです」
新人のひとりが教えてくれる。つまり、ゲーム内のトレーニングで筋肉モリモリになることはないけど、物を打ったり叩いたりのトレーニングは身体に悪影響があると?
「その可能性が示唆されているだけですけどね。だけど私たちは大事な身体ですから」
そうね、無理や無茶は良くないわ。だから……。
「ミナミ、そんなに目を三角にしてやらなくてもできるトレーニングもあるわ」
ここはできる女を見せつけなきゃ。
「あ、それ」
ぺったんこが反応する。
「先生お墨付きの稽古なんよね?」
隊長も剣道経験者、すぐに理解してくれた。紐のついたゴムボール。いわゆる軟式のテニスボールだ。
「あ、それやったことあるよね」
ミナミの目つきも、柔らかくなる。
「そうよ、この稽古なら、いくらやっても問題は無いわ」
天井から吊るしたゴムボール、これを揺らしておでこにポコンと当てて、それでも目をつぶらない稽古。おでこにポコンが慣れたなら、揺れるゴムボールをぎりぎりで躱す稽古。先生方はこれを『見切り』の稽古って言ってたっけ。
ゴムボールの動きはゆっくりでも良い。だけど絶対に目を閉じない。
それができるようになったら、最後の最後までゴムボールの動きを見て、ぎりぎりで躱す。
ウソみたいだし馬鹿みたいに見えるかもしれない。信じてない人間からすれば、モノ笑いのタネでしかない。でも。
「それって効くよなーー! カモメもなんだかボクサー気分になっちまったもん!!」
単純な娘は絶賛している。私は効果が出るほど熱心には取り組まなかったけど、メンバーの中には「効果あり!」の太鼓判を押す者もいる。
「艦長コレ、あんま熱心にやってなかったけど、ミナミ……一緒に練習しない?」
「する!! 今すぐするっ!」
ちっちゃな拳をふたつ握りしめて、小柄で陰キャなメイドさんは、私に食いついてきた。じゃあ早速、ゴムボールを天井から吊るして……届かない。いや違うから!
艦長チンチクリンじゃないからっ!! 胸とケツのデカさじゃ早々引けはとらないんだからっ!!
コラぺったんこ、艦長の肩をポムッと叩くな! ウンウン分かるよ花梨、なんて顔でうなずくな!! 艦長はチンチクリンなんかじゃないっ!!
あ、キキちゃん。代わりに吊るしておいて。
「勝てるかな、今度は……」
メンバーの古参がこぼす。ポンコツ人気な先輩だ。
「すごく練習してる。みんなが練習してる。そしてファンが応援してくれてる。そんな中で、僕たちみたいな素人まで混ざっちゃって。そんなんで勝てるのかな?」
う、現実的な問題。実際どのくらい私たちは、あのアマチュア最強軍団に立ち向かえるのか。プロチームと戦った経験者でも、それは名言できない。
「大丈夫ッスよ、ボローニャ先輩! そのためにも、軍師さまがいるんでしょ! 絶対に軍師さまが、みんなを強くしてくれるンすから!」
ナイス、カモメ先輩! 伊達や酔狂で花梨より配信キャリア長くないですね!
「だからさ、みんな! まだまだ軍師さまを信じてない奴もいるかもしんないけど、勝ちたいなら信じるしか無いじゃん!
一丸になろうぜ、視聴者さんのためにも!!」
すご……メンバーたちの目の色が変わった。アホウドリの宣言ひとつで、みんなのやる気がニューディール政策。みんなが軍師さまを信じようって空気になっちゃった。
ポン、ポン、ポン、ポン。ミナミはひとりで、ゴムボールを額で受け止め続けている。ただ真面目に、ただひたすらに。ただただ馬鹿正直に。努力を積み重ねていた。
「株式会社オーバー……!!」
カモメ先輩が声を出す。
「行くぞ!」
「おうっ!」
「行くぞ!!」
「「おうっ!!」」
「行くぞ!」
「「「おうっ!!!」」」
声が、声が大きくなっていく。カモメ先輩ひとりが、みんなをまとめてしまった。
軍師ちゃんを信じて、絶対に疑うなって。
そして私たちは、絶対に負けないって。今日、この夜。私たちは引き返せないルビコンの大河に、足を踏み入れてしまったのかもしれない。
先へ進まなければ、流れに飲まれる。
だから、足を取られてもなにをしても、前へ進まなければならない。行くぞという言葉は魔性。ためらう者も死地へと誘う。
何故なら私たちは目指す者たちだから。Vtubeという種族は、そんな生き方しかできないのだ。
「もーーっ、花梨ちゃん一緒に練習してよーーっ!!」
可愛らしい先輩が、頬を膨らませている。彼女には複雑なことは何も無いのだろうか。ただ勝てただクリアしろ。そして視聴者を喜ばせるんだ。そんなプレッシャーを平然と受け止めるだなんて、ミナミ先輩。なんて大きいんだ。
「じゃあ僕たちもできることをやろうか♪」
ボローニャ先輩が旗を振った。アイドルたちは、巨大な流れに身を投じる。次から次へと、肩までどっぷりとつかって、その大河へ足を踏み入れていた。