秘密兵器、いまだ蕾なり
引き続き、出向中のカエデです。
今日も今日とて、基本稽古に明け暮れるアイドルさんならびにビリーさんの軍団。基本の素振りが大切とはいえ、そろそろ色の変わった稽古をしておかないと腐ってしまうことでしょう。
そこでリュウ先生の袖をツンツンと引いてうかがいます。
「リュウ先生、アイドルさんたちの中で見込みのありそうな人って、いますか?」
「そうだね」
と言ってリュウ先生は糸のような目をさらに細めて。
「やはり一戦をこなしている十八人。その中でも、あの娘が筆頭かな」
「あ、お嬢さんチームの主砲さんですか」
納得しながらフムフムとうなずいていると、リュウ先生は違う違うと言いました。
「その元気者なお嬢さんの陰に、ひとり隠れてるだろ? あの小さなメイドさんさ」
……メイドさん。えっと、エキジビションマッチでは、元気者なお嬢さんにくっついて回って、いるのかいないのか分からなかった女の子……。
今日も全開で目立たない姿勢を維持している。
「あの方、ですか?」
「うん、私の目ではあの娘さんがイチオシだね」
「具体的にはどの辺りが?」
まだ信じられない。いや、リュウ先生を疑っている訳じゃないけど……。
「指導に耳を傾ける姿勢、退屈な反復練習に対する集中力。手を抜かない基本稽古への取り組み。いつかどこかで化けてもらいたい素材だ」
カックン、希望的観測ですか。
ちょっとここは視点を変えてみましょう。緑柳師範です。
「そりゃお前ぇ、あの引っ込んでるお嬢ちゃんよ。誰よりも勝ちたい、ここで勝ちたいってのがビッシビシと伝わってくるぜ」
なんと、緑柳師範までメイドさんを推しています。私に見る目が無いのだろうかと、士郎先生とフジオカ先生にも訊いてみましたが、やはり答えは同じ。どの先生方もメイドさん一択。これは秘密兵器だと絶賛の太鼓判。
あんな陰キャの女の子がですか? そんなにすごいんでしょうか?
いや、ここは先生方の目を信じてみよう。何故ならこの私もまた、シャルローネやマミに声をかけられなかったら、おかしな趣味のゲーム陰キャだったからだ。
稽古の小休止、私も陰キャらしく気配を消してソソソとメイドさんに近寄る。
幸いにして、メイドさんは私に気がついていない。
「あの、ミナミさん?」
全開、私の陰キャムード! こうした女の子は、決して驚かせず、陰のように接するものなんだ。それでもメイドのミナミさんは、飛び上がるほど驚いていた。
「先生方のお言葉、すっごく熱心に訊いてましたね」
褒めてあげると、彼女はもうお目々ぐるぐる。
「いえ、そのっ、だって私、みんなの迷惑にならないようにっていうか、そのっ」
「基本の素振りも全然手を抜いてなかったって、先生方が見てましたよ?」
「そんなっ、私なんてっ!!」
……私なんて、何? どうせ何やっても無理? 何もできないに決まってる? そうじゃないよね、そんな人に、先生方が評価するはずが無い。
「すごいですよミナミさん、四先生方が全員、ミナミさんが秘密兵器だって絶賛してたんですから」
「え!? ……私が?」
瞳に浮かぶ、期待の色。そして少女の華やかさが香った。
「私ね!」
話を変える。
「クラスの隅で目立たない娘だったの。だって流行りのファッションや遊び場なんかより、剣術が好きだったり! 歴史に挑んだ人たちが好きだったり!」
メイドのミナミさん、目を真ん丸くして驚いている。
「だけどそれが王国の刃じゃ一軍を率いる軍師さまなんだってさ! 笑っちゃうよね♪」
「笑わないよ!」
真剣な眼差しが私を捕らえて離さない。
「一生懸命は絶対に通じる!! 今の軍師さまがそうじゃない! 頑張って考えて、みんなのことを想ってきたから、ここまで来れたんでしょ! 一生懸命を誇ってよ、でなきゃアタシ! 一生懸命を信じられないよ!!」
「じゃあさ、ミナミさんもミナミさんを信じて。先生方に選ばれた切り札だって。そうでなきゃ、私も一生懸命を信じられないなぁ」
ミナミさん、まだまだ信頼全開ではないけど、それでも少しだけ心を開いてくれたみたい。うつむきがちに、ポツポツと語り出す。
「ウチね、ウチの女の子たちね、程度の差はあるけどみんなアタシみたいなとこあるの……」
ふむふむ。
「どんなところ?」
「簡単に言っちゃうと、陰キャ。周りに馴染めなくてひとりぼっちで、ウジウジしてるような……」
「あ、わかる。私もガワかぶってるから軍師なんて大役についてるけど、現実じゃあ、ね」
「それがミナミになってひとりで部屋にこもって、配信していたら。誰かから声をかけてもらえて、ゲームを頑張ってクリアしたら褒めてもらえて……」
配信者さんって、基本はひとりなんだね……。
「ときには視聴者に叩かれたり、悪口浴びせられたり。嫌な目にもしょっちゅう遭うんだけど、でもみんなそんな目に遭ってるんだって」
酷い話。見えない大勢でひとりを叩いて、そんなの良くないと訴えた人が別の誰かを平気で叩く。それが今のネット界。
「自信があるだなんて、とてもじゃないけど自分の口からは言えないんだ。だけどね、ウチのアイドルたちはみんな思ってる。誰かが楽しんでくれるから、レッスンにも配信にも頑張れる。どんなに叩かれても、誰かが見てくれているから一生懸命になれる。アタシはダンスもトークもへにょへにょだけど、ゲームだけは、絶対に負けたくないの!」
ひらめいた。唐突にひらめいたわ。彼女を活かす秘策、勝利への一歩。
「男山大学剣道部さんから、三人ほどお願いできますか!?」
私の呼びかけに、六人全員が集まってくる。いや、だから三人で良いんですってば。
そしてアイドルさんたちからも……お姉さんチームの主砲を務めた、体格が良くって胸のサイズも戦艦クラスという通称『隊長』さん。
それからお姉さんチームの主砲を務めた元気印、通称『カモメ』さん。
そしてミナミさんの三人ひと組。こちらにボソボソと策を授ける。
「ということで、これから3on3の練習試合を始めます!」
なんだなんだと、みんなが集まってくる。先生方などは、居並んだ面子を見てニヤリとほくそ笑んだりして。
「ルールは簡単、全滅か判定勝利か!? アイドルチーム対男山大学剣道部、選手のみなさん位置についてください!」
さあ、即席だけどミナミさんの能力を活かすための思案、行ってみようじゃありませんか!! まずは鳴り響くゴング!!
両軍同時に接近、男山陣営は横並び。アイドルさんチームは縦並びの単縦陣。
一点突破の意図は明らか。まずは隊長さんが激突、しかし体格差がある。力で押し負けそうになるが、素早い動きのカモメさんが姿を現す。
しかし男山大学、横への展開でカモメさんの動きを封じにかかった。
「横への対応はそうでしょうね。でも、縦の動きはどうかしら?」
ミナミさん、隊長の背中を駆け上がる。そして八艘飛びのように敵の背後へ飛び降りた。行けっ、すべての思いを込めて! 今夜から君がヒロインだ!!
大きく剣を振りかぶって……。
「えいっ!」
ぺちっ。………………を? 男山大学剣道部、無傷。
「やあ! とお!」
ぺち、ぺち。……うん、ここは素直に認めましょう。彼女は才能は、まだ花開いてはいなかったわ。私がタオルを投入するのと同時、ミナミさんは死人部屋へと送られて行った。
これは失敗でした。ちょっと功を焦り過ぎでした。いけませんいけません。みんなががっかりして散ってゆく中、ひとりのアイドルさんが近づいてきた。
眼帯をしたアイドル、彼女もエキジビションマッチでお姉さんチームにいたような。そう、艦長さんですね。
「あ、あの……軍師さま。ひとつお伺いしたいことがあるのですが?」
「はい」
「軍師さまは連合軍についてお詳しいんですよね?」
「えぇ、まぁ……」
なんだろう、嫌な予感がする。ミナミさんを無理矢理試合に出したそいう失点とは、また違ったなにかが……。
「連合軍のリュウゾウさんとキョウさん、お二人の関係は、どの辺りまでハッテンしてるんでしょうか?」
おい、そこの眼帯女。ひとりで息を荒げてないで、ちょっとは仲間の心配しろ。