ルールミーティング
不名誉な噂を立てられている、キョウです。
今夜は年末のスペシャル企画、陸奥屋まほろば連合対jjCLUB+アイドルチーム対抗戦のルール説明会に呼び出されました。
参加者は陸奥屋まほろばサイドとして、筆頭鬼将軍に天宮緋影、美人秘書の御剣かなめさんと参謀長出雲鏡花。そして実働部隊から、俺と各小隊の参謀格が数名。
敵陣営からは参謀長昇格のヤハラさんとカエデさん。jjCLUB筆頭のビリー氏。そして小隊参謀格が数名。アイドルさんも混ざっている。そして両者を取り持つのは、株式会社オーバー代表取締役、スポンサー企業代表者、『王国の刃』運営委員会、動画投稿サイト日本支社長、そして四先生たちという名の後見人たち。
さらにはマスコミなども顔を並べているので、どれだけ注目されたイベントなのかと、改めて思い知らされてしまう。そして対面した敵陣の顔、顔、顔。いずれも若い。三十路入りしているのは、代表者のビリー氏だけではなかろうか。
「大人の中の子供」というシチュエーションに慣れていないであろうカエデさんが、一番緊張しているように見えた。
「それではこれより、年末イベントの特別ルール説明会を開催いたします」
運営委員会さんが宣言する。
「このルールは両陣営ともに合意を得た時点で決定とさせていただきますので、深く御理解いただきたく思います」
まずは日取り、令和五年十二月二十二日、夜八時から十時までのニ時間。
「異議あり」
手を挙げたのは、出雲鏡花だ。
「年末スペシャルイベントと称するのでしたら、大晦日の開催がよろしいかと思いますわ」
運営委員会さん、即座に対応。
「運営委員会ならびに株式会社オーバーが調査したところによりますと、盆暮れGWなどの休暇期間を直撃するイベントは、帰省などとぶつかるため視聴率が低下する傾向にあります。今回はリアルタイム配信を肝としていますので、御了承ください」
さらに鬼将軍が物言い。
「王国の刃におけるイベントといえば、三日間の強行日程が目玉というのに、たったニ時間しか戦えないのかね?」
回答。
「アイドルたちも年末企画配信、毎年恒例の目玉企画がございますので、何卒……」
「ふむ、私たちも挑まれる側ではあるが、がんじがらめの状態だねぇ……」
いや、そんなことは無い。日時や試合時間は、それほど問題ではないと思う。
つまりこれは仕掛けだ。
敵陣営に対して、鬼将軍と出雲鏡花が圧力をかけているのだ。ルール説明会は続く。
「試合会場は株式会社オーバー特設体育館。試合場は二〇〇メートル四方のエリアを用意させていただきました」
連続で横槍の入った運営さん、陸奥屋陣営を横目で確認。質問が入らないことを確かめてから、説明を続ける。
「今回は特別ルールでフラッグ戦、つまり大将を討ち取ることで決着とします。なおどちらの大将も討ち取られなかった場合は、死傷者の数をポイントに換算した判定で決着となります」
「鬼将軍さん、月でも火星でもロケットに乗ってお逃げなさいな。そうすれば負けは無くなりますわ」
「出雲のお嬢さん、そこはせめて自家用ジェットでロンドン・パリとしてくれないかな?」
会場に笑いが広がるが、出雲鏡花は真面目な顔で言った。
「敵の大将さんが逃げ回ったりすれば、どうすればよろしいかとお訊きしたのですが?」
回答。
「追い詰めてください、追い詰めて討ち取ってください。なにも問題はありません」
「鬼将軍さん、はやりイスタンブールでもモンテカルロでも逃げておしまいなさい」
やはり笑いが広がった。
「プロ試合と違って、今回はワンショットキルは有りでしょうか?」
俺も確認をいれる。
「はい、今回はアマチュア試合を基準にルール作成しましたので、ワンショットキルは有効です」
アイドルさんたちを見た。そこは自信のなさそうな顔をしている。
ワンショットキルはさすがに達成できていないようだ。
「さらに決勝条件ですが、時間内に大将が討ち取られた場合、装備や負傷箇所をすべてリセット。二本目三本目と勝負が続きます」
持久戦、一二〇分無制限勝負か……。
火力だけでなくここでも優位を保てそうだ。しつこさならば我々に利があるだろう。しかし、それ以外は?
日時の設定はあちらの取り決め、場所もあちらに地の利がある。そしてフラッグ戦という、未経験に近いルール。
いや、初期のイベントでは経験しているだろうか? 不利と言ってもかまわないほど、こちらもスキルを失っている。
しかし、我らが大将はそのような些事など気にする男ではない。
「一二〇分でどれだけのキルを重ね、どれだけ敵将を討ち取れるか。……あぁ、そちらのアイドルさんたちの死に帰りは、ほどほどにしておかんとな。視聴率に関わるだろう」
まずは男衆からキルを稼いで……と言ったところで、口を止めた。
「そちらの大将は誰が務めるのかね?」
わかっているクセに、わざわざそようなことを訊く。このイベントの主役は確かにアイドルさんたちだが、陣貸ししているのは『jj CLUB』だ。
当然敵将はビリー氏となるだろう。
「いっそのこと、始祖アイドルさんを大将にしましょうか」
ビリー氏はボケる。しかしこれには鬼将軍が猛然と反発した。
「何を言うかっ! この鬼将軍、顔立ちがイケメンのうちは乙女を刃にかけるなど、断固としてできんぞっ!!」
「ではこの戦、負け確ですわね。カエデさん編成の特殊部隊が、『鬼ぃさまを討ち取るぞ!』とか言って襲ってきたならば、素通しの上で極上の笑みを浮かべながら討ち取られてしまいますわ」
おいおい、そんな弱点を暴露するようなこと言って良いのかよ? いや、カエデさんならウチの弱点は百も承知のはず。それをあえて口にするということは?
……カエデさんはうつむいていた。表情こそわからないが、どこか口惜しそうな雰囲気を漂わせている。そこでマスコミサイドから声がもれた。
「図星かよ……」
どこか諦めにも似た響きであった。しかし鬼将軍の眼光が凄味を見せた。
「誰かね、いま言ったのは? 断っておくが我々陸奥屋まほろば連合が最強と謳われているのは、他ならぬカエデ参謀の力量に他ならないのだぞ」
「ですが参謀どのはこれまで一言も発言してませんし、恐ろしさや凄味では閣下の横綱相撲とお見受けしますが?」
「その横綱に、若者が挑んで来るのだ。堂々と胸を貸さなくてはならないだろう」
若者、危険なキーワードだ。陸奥屋まほろば連合ただ一度の黒星、それは白樺女子高たちにつけられた一敗ではなかったか。
そこでオホホと笑うのが出雲鏡花だ。
「胸は貸しますけれども、わたくし勝負事で負けるのは大っ嫌いですのよ?」
おう、こいつがいたな。陸奥屋まほろば連合の妖怪、出雲鏡花が。真っ先に食いつくのはマスコミ陣だ。
「ということは、アイドル陣営打倒の秘策ありと!?」
「秘策というのでしたら、あちらでうつむいておきながら、『かかったな、阿呆めが』とお腹の内側でほくそえんでいる軍師さんに訊いてみては?」
なにっ!? 手の内がバレたカエデさんが、俺たちを罠にはめているというのかっ!? そんな言われ方をして、初めてカエデさんの姿勢が胡散臭く思えてきた。
実際にはどうなのか? 驚いたような顔をしているが、果たしてこれもまた演技なのだろうか? そうなると鬼将軍や出雲鏡花の発言も、すべてが胡散臭く思えてくる。
虚々実々の状況が入り交じる中、記者はいよいよ突っ込んだ話を訊いてくる。
「では現状、アイドル軍が優位に立っていると、そういうことでよろしいでしょうか?」
誰に口を開かせるでなく、鬼将軍は笑った。
「まず我々は飛車角落ち、『達人』先生方を失っている。その上で我が軍のすべてを知り尽くした参謀を二人、あちらに寄贈している。翼をもがれた鳥という以外に、今の我々を言い表す表現が他にあろうか」
しかも『達人先生』たちは、敵軍をこれでもかと強化している。