決戦
重要なことなので、いま一度繰り返す。
ふりむくな、ふりむくな、昨日には夢が無い。
だからこそ私も金狼ヨミさんも、ふりむくこと無く実況と解説をしなければいけない。それだというのにおデコをツヤめかせながら、稀代のファッ〇ン・レディは「ふう、いい汗をかきましたわ」とかのたまいながら私のとなりに腰かける。
このクソッたれのブルジョワ娘、俺が見逃しても天がお前の悪行を見逃さねぇからな。いつか地獄に落ちやがれ。
「さて金狼さま、いよいよ我らまほろば陸奥屋連合の熟練格、カツンジャーの登場ですわね?」
「はい、連合軍の中ではコント研究会と呼ばれているそうですが、その実力はどれほどのものでしょうか、リュウ先生?」
「有り体に申し上げるならば、未知数でしょう」
「それはかなりのポテンシャルを秘めていると?」
「えぇ、個人個人は豪傑格レベルの実力を秘めていますが、いかんせんコント集団です。その実力が発揮されることが、これから先あるかどうか……」
私たちは陸奥屋まほろば連合。その旗印は、人生を楽しむべし、である。故にこうしたコント集団が存在しても、なんら不本意ではない。そしてそんな集団だからこそ、こんな大舞台に抜擢されるのだ。
「では早速、試合開始です」
私も解説に力を入れよう。
「おうおうおう! スケバンまで張ったこのアタシが、なんの因果か……」
おい、止めれ。あの小娘を。と言った途端に、お姉さんチームの主砲さんが一撃クリティカル。続いてお嬢さんチーム。
「よし!! まずはそこに転がっている馬糞を口に詰めて、俺の話を聞け! クソッたれの新人ども!
俺は硫黄島で二回、オキナワで五回、お前たちの先祖に酷ぇ目に遭わされた!」
よし、ここも省略だ。運営もしくは株式会社オーバースタッフ。あのバカの発言はすべてピー音だ。
「おまけにベトナムでは!」
こら、ピー音がズレてるぞ。しっかり仕事せんか。とか遊んでいるうちに、主砲さんの一撃をまともに食らって敗退。
そしてぺったんこチームとの手合わせで三連戦。ここでは、とびっきりのバカが前に出てくれた。
「これが海賊のやり方だっ!」
どれが海賊のやり方だよ?
ちっちゃくてカワイイ女の子にクリティカル授けるのが、海賊のやり方かよ?といった次第で、カツンジャーはポイントを挽回できずに三連敗。いよいよプロチーム、『W&A』の出陣。決戦のとき、来たれりである!
デュラン・デュランの名曲、『White line』。
かつてWOWOW世界プロボクシング・エキサイトマッチに使われていた曲だ。
そのメロディが流れると、試合場に残っていた十八人の乙女たちは一斉に辺りを見回した。まさに、「どこだ、どこだ!」「ギルッ、ギルッ!」状態である。
だが六人の悪童は誰に悪びれることもなく、世界を睥睨しながら堂々と花道をパレードしてきた。ヘイ、世界! まずは俺たちに刮目しな!
一瞬たりとも、目を逸らすんじゃないぜ! これからすっげぇショーが始まるんだからな!!
クソッたれどもが世界を煽る。今この試合を拝んでおかないと、一生後悔するぜと。
世界配信の場で憎たらしいくらいに注目を集めていた。
「リュウ先生、大変です!」
「どうした!!」
「ウチの白キツネのタレコミでは、囁きの場においてハッシュタグ・ぺったんこで世界一位を記録しました!」
そこかよ馬鹿野郎っ!!もう私は全人類を信用しないからなっ!!
「さあ、全世界注目の中!! アイドルたちとプロチームの一戦が、幕を上げようとしています!!」
……始祖と呼ばれた彼女が、ピンスポットを浴びた。悪童たちもおとなしくしている。会場も静まり返った。
「いよいよこの時が来ました。運命の別れ道です! 株式会社オーバーのアイドルたちが勝つか、悪童が忌々しい微笑みを浮かべるか! 今、決戦の時!!
ん〜〜Let' ge to Ready to Rumble〜〜っ!!」
おいおい、今度は世界的MC、マイケル・バッファーかよ。だが運営の思惑通り、会場は割れんばかりの熱狂だ。
始祖アイドルによる両軍の戦績紹介。もっともアイドルたちはこれまでの配信活動がメインとなるが。
さらにルール説明。アイドルたちが一本でもクリティカルを打ち込めば、即試合終了。
今日、この日までの鍛錬が巨大モニターに流された。
コメント欄も爆速、目で追いきれないほどの応援メッセージが寄せられている。
「さあ、いよいよこの時を迎えました、リュウ先生!」
「選手ではない私も、緊張と興奮が入り混じります」
「まず先鋒はお姉さんチームがぶつかりますが、勝利のポイントをどのように見ますか?」
「先ほどのぺったんこチームの連携と動き。相手の正面に立っても力では勝てませんから、角度をつけた攻撃。これを心掛けてもらいたいですね」
両陣営分かれた。始祖アイドルも観覧席へ。
リングに残っているのは、プロチームとお姉さんチーム。レフェリーに扮した草薙士郎のクソッタレがジャッジを確認、確認、確認。
そしてゴングを要請、決戦が始まった!!
株式会社オーバー、アイドルチームとプロチームW&Aによるエキジビションマッチ、十八分三本勝負特別ルール。割れるような大歓声の中で開戦のゴング!
慎重な足取りで接近するアイドルチームに対して、W&Aは二人を残して後退する。残った二人というのは、巨漢モヒカンと巨漢モンゴリアンだ。
「リュウ先生、二人の男性選手を残して他の四選手は後退しましたが、これはどうしたことでしょう!?」
裏事情を知っている私は、知らんぷりで事情を察したかのように説明。
「どうやらこれは、プロレスのタッグマッチ方式。お前らなんぞ二人ずつ出たくらいで丁度いいんだよ、という挑発行為ですね!」
「舐めやがって、コンチキショーですね!?」
「えぇ、試合を視聴中のみなさまは、この巨漢二人を力の限り罵ってやってください!」
場内の大ブーイングに、巨漢二人は不機嫌な顔。そして「シャラップ!!」と喚き散らす。
観客の罵声に気を取られている巨漢たち。その兄貴分モンゴリアンに向かって、金髪のお姉さんと褐色肌のお姉さんが一気に打ちかかった。
モンゴリアン、その攻撃を手槍ひとつで受け止めた。そして乱暴に振り払う。女子三人、まとめて尻もちだった。ブーイングが静まった。爆速コメント欄も停止する。
恐るべきパワーの差。俺たちのアイドルは、こんな化け物と闘わなければならないのか? ゴクリと喉を鳴らす金狼ヨミさん。
ここは私から助け舟を出そう。
「驚きましたか?」
「なんですか、あのパワーショベルみたいな力は……」
「アイドルを相手だからといって、こちらも手を抜いたりはしません」
「だからといって……」
「まあ、六人全員のパワーを合わせても、モンゴリアンやモヒカンは片手で十分でしょう」
それならどうすれば? それでは、金狼ヨミさん、そして世界中の視聴者の疑問に答えようか。
「正面から行くなーーっ!! 動いて動いてーーっ!」
ぺったんこ主砲さんが声を出した。チッ、私のお株が奪われたか。
お嬢さんチーム、ぺったんこチーム問わず、拳を突き込んで戦士たちに声援を送った。
その声は株式会社オーバースタッフに伝わり、会場が動き出す。
ヘイ! パワーがなんだってんだ! 声出して行こうぜ!
相手はでくの坊さ!! 全力出しちゃ可哀想だ、片手で捻ってやんな!
圧倒的なパワーの差。絶望の中の天使たちを、会場が、世界視聴者たちが、その背中を押す。さあ、やってやろうぜ! 怪力なにするものぞ!
扉ってのは引いて開けるものじゃない、押して開けるものだぜ!!
お姉さんたちの足が動き始めた。最初は主砲さんから、サッサッサッと。
眼帯のお姉さんもトントントンと、上下に跳ねてリズムを作る。六人が六人とも、それぞれ思い思いのステップを踏む。
ここで読者諸兄に。今や世界挌闘技界においては、『デカイ=動けない』など通用しなくなっている。
重たくても動けて当然。小回り小技も当たり前。逆に言えば、軽量級のボクサーでも、日本人の世界チャンピオンがノックアウトで複数階級でベルトを巻いている。
デカイは鈍い。軽いは非力。そんな常識では、すでに通じなくなっているのだ。そしてお姉さんチーム、そこはキッチリ絞られてきたようだ。
「オホホ、士郎先生の特訓が効いてますわね」
出雲鏡花が笑う。
「なんと!? 陸奥屋まほろば一党の鬼剣客、草薙士郎先生がアイドルチームに特訓を施してましたかっ!!」
なんだそりゃ? どうして士郎さんで、私に特訓の依頼が来んのだ。面白くない。
「緑柳師範のお達しですわ」
クソッ、ジジイの進言じゃ仕方ない。
「それで鏡花さん、士郎先生はどのような秘策を授けてくれたのですか!?」
「アラ、わたくしとしたことが。先ほどのふぁいとで汗臭くなってますわね。シャワーを浴びてまいりますので、これにて。ちゃお♡」
先ほどのファイトって、お前なにもしてねーじゃん。いいからシャワーでも罵声でも浴びて、二度とここに来るんじゃねーっ!!