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忖度抜きの真剣勝負

状況は一対二。しかもヒカルさんひとりで、トヨムとアキラくんという難物に立ち向かわなくてはならない。


剣道三倍段とはよく言う言葉だ。


剣道初段と戦闘能力が対等になるには、柔道空手道では三段の腕前が必要になる、という意味だ。実際のところ本当だろうか?

私なりの答えを言わせていただくなら、野球選手とサッカー選手を比べるようなものだ。


あまり正確な数字ではない、と言わせていただきたい。そもそも剣対剣で闘うラウンドから、さらに接近して殴り合いつかみ合いのラウンドとなり、首をかいて戦闘終了となるのが戦場である。剣道対柔道、剣道対空手道というのであれば、段位関係なく強い者が勝つというのが私の持論だ。


話を戻そう、ヒカルさん対トヨム・アキラくんタッグだ。一対一の戦闘でも、どちらが勝つかはわからない。この三人だと、得物の有無はほとんど関係が無い。得物持ちのヒカルさん有利とも取れるが、トヨムもアキラくんも遠間の闘いを知らない訳ではない。


三人ともチビ、三人とも自分より遠間の敵ばかり相手にしてきたのだ。得物に焦点を当てるならばヒカルさんの有利と見て取れるが、人数や経験値というなら二人に分がある。


トヨムはアゴ先をふたつの拳でガードした、ピーカーブースタイル。小さく小さく構えて、頭を左右に揺すっている。アキラくんの構えはヒットマンスタイル、完全な半身になってアゴ先の急所は肩の三角筋と右の拳でガード。左手はダラリと下げて、振り子のように揺らしていた。


どちらが仕掛けてくるか? ヒカルさんは切っ先でトヨムを殺しにかかった。するとアキラくんがジワリ、前進してきて圧を加える。


今度はアキラくんに切っ先を向けた。当然のようにトヨムはジリッと前進してきて圧を加える。トヨムとアキラくん、どちらが仕掛けてくるか?

ズバリ当ててみよう。正解は、『切っ先で殺していない者が仕掛けてくる』だ。


そのことにヒカルさんも気づいたようだ、「ふむ」という顔をして構えを下段に変える。


逆に二人の方が戸惑った。これではどちらに狙いをつけているかが分からない。良いひらめきだ。だがしかし、三人は気づいているだろうか?

トヨムたちがクリティカルを奪えば勝利となるが、ヒカルさんがクリティカルを奪っても勝利にはならないということを。配信者チームに対するルールが、これである。つまりヒカルさんは六分の試合時間、クリティカルを奪われなければ良いのだ。


逆にトヨムたちは一回でもクリティカルダメージを奪えば、それで勝利なのである。


ヒカルさんがどちらを狙っているのか?

それが分からないのならば、二人同時に突っ込んでみれば良いだけの話である。そしてトヨムたちはさらに忘れているのだろう。今回はプロルールも採用されているので、ワンショットワンキルは無いのだ。


だからこそ、飛び込んでしまえばなんとかなるものを。



「……ケッ、ヤなこったい。悪いねダンナ、そいつぁ聞けない話だよ」



きっとトヨムならそう言うだろう。



「アタイとしちゃ、ヒカルにとっての『トヨム姉さん』でありたいのさ。だからそう簡単にクリティカルはやれないよ」



トヨムの意地だろう。過去にはしくじりもした、キルも奪われた。そして強くなってきた。ならば余計に、ヒカルさんにはキルを献上できない。プロとしては確かまだ、キルを奪われていないヒカルさん。


さくらさんやヨーコさんに庇われての成績ではある。だとすれば、トヨム自らの拳で土をつけてやりたい。他の誰にも譲れない。



「ヒカルの初撤退は、アタイがキメてやらなきゃね」



そんな自分勝手な思い込みもはなはだしいことを、今のトヨムは考えているだろう。プロになりたいと言い出したヒカルさんを、メタメタに食らわしたこともあった。そんな因縁もあらばこそ。トヨムは燃えに燃えていた。



GO ATTACK!!



ついにトヨム、突進。アキラくんを置いてけぼり、まったく身勝手な突撃であった。



「それで良し!! 行け、トヨム!」



思わず声に出す。インファイターの弱点はアッパーである。ボクシング好きならば、みんな知っていることだ。そしてヒカルさんはアッパーに最適の構え、下段である。相性は最悪だ、しかしそれを知りながら私は声に出していた。


不利も何もどれほどの価値があろうか。不利な状況をひっくり返してこその藤平響ふじひらとよむだろう。お前はこれまでそのように生きてきたはずだ。そしてこれから先も、そのようにして生きていくのであろう。


ならば征け!!


ここが今生の別れとなろうとも、お前は征かなければならないはずだ。そして喉笛を食いちぎって来い!!


間合い、ヒカルさんの日本刀が跳ね上がる。手の内が効いた、鋭い斬撃だ。しかしトヨムはすごい、見えない切っ先を頭を振って躱した。しかし振り上げられた刃は、必ず同じ軌跡に沿って戻ってくる。ツバメ返しなどとは言わないが、剣にはそれに類する技がいくらでもある。


同じ軌跡。トヨムはそれも読んでいた。頭上から降ってくる一撃を、刃さえ確かめることなく頭を振って躱す。


どうだ草薙士郎、ヒカルさんがお前の弟子というのなら、その弟子の太刀をふたつも躱したトヨムは、私の弟子だぞ!



トヨム、急接近。あと数センチで、ヒカルさんに大ダメージを与えられる間合いだ。行けるか?

と思ったところで、振り降りした刃がまた跳ね上がってきた。ヒカルさんの方から踏み込んでくる、必殺必死の太刀だった。


トヨムは片腕を捨てた。片手を斬らせて命を奪う。トヨムらしい戦法だ。左手で太刀を受けて、そのまま組みついた。ボクシングよりも何よりも、トヨムが最も稽古を積み重ねてきた、柔道殺法である。馬乗りになる。ヒカルさんの小手に噛みついた。ギャッとヒカルさんの悲鳴。しかし馬乗りは続く。


ヒカルさんの髪を掴んで、情け容赦のないパンチパンチパンチ! 斬られた腕で殴りつける!


そしてダメージが深くなったところで喉笛を掴んだ。もう逃さないぞ、というところでさらに傷ついた腕で殴る。


生身の野獣。


あと少しでヒカルさんが絶命するところで、ライの斬馬刀がトヨムの脇腹を突いた。


トヨム、活動停止。


クリティカルのダメージだ。姉は豪刀を振りかぶり、トヨムの首へ振り下ろす。小隊長、撤退。妹を人に戻したのは、実姉の一刀であった。野獣死すべし、そうだ、野獣は死ぬべき運命にしかない。


クリティカルが奪えない。いつものボクシングパンチならば、トヨムもクリーンヒットが入れられたのだろうが、馬乗りパンチではそうもいかなかった。


実力拮抗ともなれば、なかなかどうしてクリティカルというものは発生しにくいものだ。特に二対一の状況、この状況に持ち込んでおきながら、跳ね返される逃げられるというケースが多々見受けられた。


いま現在はアキラくん。ライの斬馬刀とヒカルさんの草薙流剣術に攻められているが、それでもクリティカルを許してはいない。


アキラくんよりも遠間の二人が、何故クリティカルを奪えないのか?

簡単なことだ、アキラくんが攻め込まないからである。つねに遠間遠間、斬馬刀も日本刀も届かない場所へと退避しているせいだ。


これは有利な状況になるまで我慢して、味方が増えてから突っ込むという賢い戦法と言えた。


コリンちゃん、加勢。


しかしまだアキラくんは我慢。コリンのこともけしかけない。まだ防戦に徹していた。いや、コリン狙いの二人に対して「行くぞ行くぞ」と脇からプレッシャーを与えている。


ホロホロと歩ちゃんの二人は、巨漢二人の周囲をウロチョロと。そのうえでチクチクと短剣で鎧や肉体を傷つけていた。フィー先生は相変わらず、さくらヨーコのタッグに稽古をつけていた。


……得点すべきはフィー先生か。となれば復活してきたトヨムは、まずさくらヨーコと二人を相手にして、フィー先生をフリーにするべきではないか。……それは荷が重いだろうか。


いや、配信者チームのガッツを見ればそんなことは言っていられない。彼女たちならば、そんな無理無茶にでも挑んでくるはずだ。



「小隊長、フィー先生をフリーにしてください!!」

「よし来たガッテンだーーっ!!」



カエデさんの指示、トヨムは迷うことなく突っ込んでゆく。勇敢なれ、若者たちよ。他人がなんと言おうとも、仲間のために努力することは美しく尊いものなのだから。



「フィー先生、タッチ交代だ! フリーになってくれ!」

「わかった、すぐクリティカル取ってくるから、頑張ってね小隊長!!」

「まかせておけ、さあかかってこい!! アタイが相手だよっ!!」



しかしさくらさんとヨーコさんは、得点王ポイントマンフィー先生を追いかけ始める。トヨム、弾丸カニバサミ。柔道の反則技だ。何故反則技かといえば……。



「さくらさん、トヨム小隊長のカニバサミによりヒザ靭帯負傷! クリティカル判定により、アマチュアチームの勝利とします!」



かなめさんによる宣言。三階級に渡る練習試合は幕となった。しかし、熱戦を繰り広げていた選手たちは「へ?」という顔。



「何が起こったんだ?」



プロチーム小隊長のライも、目をパチクリさせている。モヒカンがその問いに答えた。



「……猛獣を、野放しにしてしまった……。俺たちの、負けだ……」


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