普通の女の子
小手先でしかないかもしれない、だが技術の革新は軽量級から始まるものだ。お久しぶりです、リュウ視点です。
のっけからボクシングの話で申し訳ない。技術の革新は軽量級から始まるというのは、出版書籍も多いボクシング評論家にして、我が国唯一のボクシング国際マッチメーカーの言葉だ。軽量級というのはスピードがある。だから技術の研究がはかどるのだろう。軽量級というのは非力である。だから技術を研究しなければならないのかもしれない。
とにかく、配信者チームのぺったんこさんたちは王国の刃におけるクリティカルショットをいかに成功させるか? を研究してきた。非力な彼女たちがクリティカルショットを打つのは難しいかもしれない。だから武器に頼った。技術拙い彼女たちは、メイク・ア・チャンスも難しいだろう。だから六人掛かりで向かって行ったのだ。
至極簡単単純明快な解である。しかしこれが意外にも見落としがちな努力なのである。カエデさんなら言うだろう、「まずは装備を揃えましょう、敵と五分の条件を一つずつ確実に整えていくんです」と。それでも勝てない、白星がつかない場合は?「当たり前じゃないですか、私たちにはキャリアが足りないんですから」でも実績を積み上げている暇は無い。
「いやだなぁ、だから工夫をするんですよ。研究が必要なんです」
私たちの指導している稽古も、実は同じなのである。まずは打ってみましょう、威力が無いよね? 何が悪いのかな? 打ち方を直してみようか。少し変わった。
でも敵はどんどん打ってくる、じゃあ構えを考えよう。ほら、逃げやすくなったよね。なら今度は思い切って打ち込むこともできるはずだ。
余裕がでてきたね? じゃあいよいよ技を覚えようか、となる。何も一足飛びに極意や秘術にたどり着く訳ではない。まあ、ある高名な武術の先生が言うには、「極意とは誰にでもできるものです。ほら、ここを掴むと女子供でも大男を捻り倒せるでしょ?」となっているが、それも間違いではない。
だが極意は『捻り倒すこと』ではないのだ。いかにしてその急所を掴むか、なのである。嘘は言っていない、だが真実でもない。だからひとつずつひとつずつ、技術を積み重ねていかなければならないのだ。
先に極意を授けるこうした教え方は、俗に言う『金許し』とか『義理許し』、いわゆる名誉段の『センセイ』に授ける類いのものでしかない。
技術の革新に話を戻す。実際に立ち合ったカエデさんに話を訊いてみよう。
「これで彼女たち、手詰まりなはずです。基本基礎、地力が未発達ですから」
うん、そうあってもらいたいところだ。
「ですが、リュウ先生の教えに背きますね。基本基礎を積み上げながら彼女たち、絶対に何か狙って来るはずです。そうだなぁ、『武』ではない方法で……」
つまり、私たち『災害』先生がカエデさんに一本を献上した、『ゲームだからこそ使える手』を考え出す、ということか。
「そう、努力に費やした時間も汗も無効にする、『ゲーム的思考』を駆使して……」
「無いな」
カエデさんの意見を、にべもなく斬り捨てた。参謀の見解を一兵卒が、惨たらしく斬って捨てたのだ。あってはならないことである。だけど私は続ける。
「見てごらん、カエデさん。あんな目をした娘たちが、それを良しとするかな?」
切り拓いてきた、突き進んできた。明日はどうなるものかわからない、でも配信というものをガムシャラに続けてきた。今でこそ人気者ではあるが、そこに注いできた努力は、並々ならぬものであったはずだ。そんな努力をした者が、安易に勝ちを得る方法など取るはずも無い。
「まっすぐな目ですね、リュウ先生……」
「あの娘たちは、努力を知っている。苦労も困難も体験している。だから胸を張って、今日この場所にいられるんだ。そんな人間が、対戦相手の努力を無にするようなことは、絶対にしないだろう」
「出過ぎた真似でした、すみません」
「いや、カエデさんは参謀だ。困難の芽は早く摘みたいというところさ。それより、私こそ済まない」
「え、なんでですか?」
「参謀の意見を斬って捨てた。それはあってはならないことだ。トヨム小隊の鉄の結束を乱す発言だった。申し訳ない」
「仕方かありませんねぇ、斬首や切腹は赦してあげましょう♪ 今後は気をつけて下さいね♡」
カエデさんは笑って言う。
「だけど実際どうだろう、配信者さんたちの進捗具合は?」
「それこそ有り得ない速度です。まさかたった二回の講習で、あんな手を使ってくるだなんて。だから手詰まりを期待したんですよ」
あんな手というのは、ひとりに必殺武器。そして一点集中の攻撃のことだろう。
「あの娘たちがさらに王国の刃を解き明かして、研究を重ねたら。そう思うとゾッとします」
「だが視聴者さんたちのリクエスト次第では?」
「はい、ビリーチームを抜きにした直接対決もあるかもしれません」
カエデさんが心配性なのも、当たり前と言えば当たり前か。そんな時、トヨムが帰ってきた。
「ようようダンナ! あいつらスッゲーやるぜ! あんな形で一点突破だなんて、アタイもやったことないよ!」
度胸、根性、意地っ張りについては一家言あるトヨムが絶賛している。
では、その配信者チームからも意見を聞こう。
「とにかく固かったんよねー、セキトリさん。もう一対一じゃ勝負にならんほど」
ふむ、そう言うのはチーム大のお姉さん。その中でも主砲を務めた配信者さんだ。
「一対一で勝負にならないなら、どうする?」
私は訊いてみた。
「それはぺったんこチームのみんながヒントをくれたんよ! 数の有利を作れば、みんなで頑張れば突破口は作れるんよね♪」
「そうなるとメンバーの誰かが、貧乏くじを引くことになるぞ?」現実を突きつける。
「そんなら別の機会に、私貧乏くじを引くからさ。そんときまで貸しにツケちょいて♪」
故郷の言葉を隠さない。そんなところが正直者な人柄を感じさせる。このお姉さんになら、仲間たちも労を惜しまないかもしれない。これは配信者(大)チーム、伸びてくるかもしれない。
では次に配信者(中)チーム、お嬢さんたちの主砲に訊く。
「どうだったかな、トヨム小隊は?」
「いや〜〜、せっかく二人対一人の場面を作ってもらえたのに、ゴメンみんな!!」
向き合ってみると、案外小柄だ。この身体でセキトリに挑んだのか……。
「いや、しゃーないっしょ。アレは誰が相手しても、三対一くらいじゃないと抜けないって」
「そうだよねぇ、まだぺったんこチームほど攻撃に激振りできなかった、僕たち全員の負けさ。作戦負けだから、これは主砲の負けなんかじゃないよー」
目標達成、とはいかなかったのにメンバーたちは主砲を責めたりしない。うん、私が初心者の頃に見た掲示板では、チームメイトのみならず敵チームのプレイヤーまで罵る地獄だったはずだ。
彼女たちは初心者でありながら、決してそのような真似はしない。チーム全員が、いつか訪れる目標達成の日を信じているのだ。こうした姿勢のチームは恐ろしい。要注意に指定しておこう。
最後に大穴、今回の殊勲賞ともいえるチームぺったんこのみなさんだ。
「いやぁ、驚いたよ。まさかあんな手でくるとはね」
「あうぅ〜〜、ですが先生。僕がキメられなかったせいで……」
「逆に言えば、明確な課題ができたじゃないか。今度は『いかに当てるか?』だよ」
「それが一番難しそうだよ……」
「確かに、そこは簡単にいく問題じゃあないさ。でも君たちはこれまで、数々の困難をみんなで乗り越えてきたはずだ。みんながいれば、決して不可能なんかじゃない」
そういうと、チームぺったんこのメンバーたちが、次々と主砲であるハンマーガールの肩を叩いてゆく。
「次はもっと上手くやろうぜ!」
「仲間はこういうときのためにいるのよ、主砲さん♪」
「いざとなったら、私が楯になってあげるからね♡」
「今度こそ、全員で勝つんだ……」
今度こそ? 彼女たちの過去に何か手痛い敗北の歴史でもあったのか? そんな疑問が頭の中を過ぎるほど、その言葉でメンバーたちの目の色が変わっていた。
まあ、男に歴史あり、女に歴史あり。少女たちにも歴史ありだ。深くは追求すまい。そして少女たちは、早くも明日へのひと足を踏み出し始める。
「今回は何が悪かったっけ?」
「僕の空振りかな?」
「空振りさせたのは、ウチらの仕込みが足りなかったからじゃね? もっと万全なメイク・ア・チャンスを仕込まないと」
「でもモタモタとはしてられないよ? ひとりを囲む間に、トヨム小隊は他のメンバーが巻き返しにくる」
「いっそのこと、主砲以外はみんな全裸になってスピード勝負でさぁ……」
「はい、次戦はハツリちゃんひとり、オールヌード決定!!」
「ちょっと待って!! 私ひとりで全裸!? みんなは!?」
「「「アイドルですから」」」
はやり年相応というか、モニターの向こう側にいるのはごく普通の女の子。みんなで集まってワイワイガヤガヤ、そんな『当たり前な女の子』なんだな……。