オッサン、配信者さんを識る
「しかし、せっかく配信者さんと知り合ったのだから、彼女たちの動画も観てみたいな」
いつもの陸奥屋まほろば連合講習会で、うっかり口を滑らせてしまった。ほんのひとり言、その程度の声の大きさだった。しかし壇上で稽古の様子を眺めていたヤツのメガネが発光した。
そしてそこからが速い、ふたつの拳でチンの急所を守り前傾姿勢で急接近。的を絞らせないようにダッキングを連発、まるでボクシングのインファイター。フェザー級の日本チャンピオンのような踏み込みだ。
あまりの気持ち悪さに、木刀の柄頭を正面からひと突き。鬼将軍の動きが止まった。さらにふたつの拳の隙間に、縦打ちのヒジ。
グラリ、悪魔の申し子はグラついた。その脳天に抜き付けの片手打ち。『王国の刃』に巣食う魔王は死んだ。そしてよみがえった、そのまま眠っていて構わないのに。
「リュウ先生、ついに目覚めたのだな!
かなめ君にも内緒で私が設立した、『趣味人倶楽部』へとお招きしようではないか。さあ、今日から私たちは『心の友』だ!!」
心配するな鬼将軍、その秘密倶楽部は絶対かなめさんに筒抜けだぞ。そしてそのような危険地帯に足を運ばないのは、武人として常識以前の話である。
「しかしリュウ先生、いや心の友よ! どの配信者から手を付けて良いのか、そこを決めかねているのだな!! わかる、わかるぞ心の友よ!」
一緒にしないでくれ、みんな(主に女子部)が白い目で見ているだろうが。
「そこでこの私、鬼将軍が特別にチョイスした『鬼将軍セレクション!!』。これを是非是非に参考にしていただきたい!!」
おう、オヤジ。お前ぇのセレクトみんなペッタンコーズの女の子ばっかじゃねーか。価値観の多様性が謳われる昨今ではあるがな、お天道さまが許さねぇ牛頭馬頭道ってもんがあんだ!
そこへ直れ、私が成敗してくれるわっ!!
「私のオススメはこちらの平べったい童顔天shっ……!!」
鬼将軍は倒れた。その背後にはかなめさんが立っていた。
「親睦のためです、リュウ先生。どうかオーヴァー・メンバー……略してVメンたちの活躍を観てあげてください」
かなめセレクションが展示された。そのメンバーたちは王国の刃に参加するメンバー、参加しないメンバー織り交ぜて並べられている。
「これは豪華な……というか、切り抜き?」
「はい、一時間ニ時間に及ぶ配信の中から、とくに面白い部分を抜粋したものです。いわゆる『初心者にオススメ』というところですので」
稽古終了、拠点に戻る。そこで小隊メンバーたちとともに、健全なかなめセレクションを視聴することにした。
「ん、切り抜きアニメ? ……なんだろう、これは」
「ん〜〜どうやら投稿者さんによる手描きアニメのようですね」
「アニメーションまで作るのかい、今どきの投稿者は?」
もちろんテレビで放送されるような、ゴリゴリの動きではない。手作り感ある、紙芝居の延長線上くらいのもの、ではあるが十二分なクオリティと言える。そこでは女の子たちが絶叫したり仲間を罵ったりと、かなり生々しい姿が描き出されていた。
「……良いのかね、こんなに酷いことをして」
「えぇ、どうやらこの切り抜きは、ゲームで戦っている場面のようですから。配信者さんたちも本気なんですよ」
「しかも罰ゲーム!? 罰ゲームまでやるのかっ!?」
「……低周波流して、痛がってるじゃんカエデ」
「体張って視聴者数稼いでますよね……」
「お、今度は負けた方が激辛焼きそばを食うみたいじゃの。……さすがにそれはヤラセじゃろ?」
「それがー、ヤラセ抜きで食べるから、配信者さんは怖いんですよー」
酷いというなら本当に酷い。しかしこうしたお笑いの修羅場をくぐり抜けているからこそ、配信者という者は強いのだろう。講習会の稽古で、あれだけ見せた集中力も納得いく。
「しかしさきほどから気になっていたんだけど、ときどきアイドルとかいう単語がとびかっているみたいだが……」
「えぇ、アイドルですよ彼女たち。オリジナルの曲も出してますから」
「アイドル!? アイドルの扱いじゃないだろ、コレ!!」
「リュウ先生、時代は移ろいゆくものなんでさーねー」
いや、確かにスタッフさんはタレントと言っていた。しかしこれは明らかにアイドルではない、お笑い芸人だぞ。
「っつーかアイドルなら下ネタやめいっ!! 実年齢とか言うなっ! なんだ!? 今度はチャットのコメントとボケ・ツッコミを始めたぞ!」
「恐ろしいのう、こんなアイドルと戦うんかい、『W&A』は……」
いや、恐ろしいのは芸人レベルだろ。アイドル指数はザコレベルで低いくせに、芸人レベルは破格の高さじゃないか!!
歌って踊って可愛らしく、お笑いもこなしてゲームで闘う。彼女たちはどこを目指しているんだ?
「ダンナ、それは株式会社オーヴァーという方舟がどこへ舵を切っているか? そういう疑問と同じだよ?」
「そして方舟は、ファンという荒波に持ち上げられ、運ばれてゆくものなんです……」
イイコト言っている風に聞こえるだろうが、年若い娘たちが視聴者という波に揉まれているという現実。忘れないでいただきたい、姿かたちはバーチャルであっても、その向こうには現実の本人がいるということを。
しかし彼女たち、『王国の刃』ではキャラクターをデザインできるとはいえ、よくも似せてきたものだ。講習会に現れた顔貌、そのままではないか。……ん?
待てよ。配信中のド派手な衣装、これは講習会には着て来なかったな。
確かあのときは、全員揃いのスウェットのような運動のできる服装だったはず。それが配信のときにはこんなオリジナルの衣装を着ている。
……ということは? まさか『W&A』との試合本番で、こんな服を着て来ないだろうな?
いや、華やかなのは良い、アイドルなのだから。しかしヒールは止めような。スカートの下にはスパッツくらい履こうな。
いかにファンサービスとはいえ、動画サイトというものには審査があるんだ。アカウントをサンディエゴまで蹴り飛ばされたくなかったら、お色気路線は絶対に禁止だ。これはオジサンとの約束なんだから、絶対に守ろうね。しかし、それにしても……。
「なあ、カエデさん。どうして彼女たちは現実世界で友達が少なかったり、コミュニケーションが苦手なんだい?」
「その謎に触れてしまいますか、リュウ先生」
「もちろんキャラクター作り、運営サイドの仕掛という可能性はあります」
カエデさんにシャルローネさんが続いた。そしてマミさんまで。
「ですがリュウ先生、考えてみてください。花の乙女が週末の夜、パソコンに向かってひとり言を続けてるんですよ?」
「友達のいる奴にゃ真似できんのう」
「週末の夜に女の子がひとりでゲーム配信か、アタイ泣けてきたぞ」
セキトリ、トヨム、お前ら容赦なさすぎ。トドメを刺すな、トドメを。
「つまりそういうこと、彼女たちには本当に友達だいなくて、コミュニケーションが苦手ということなんです」
うん、悪かった。オジサンに配慮が足りなかったよ。少し反省させていただこう。
「ですがリュウ先生、誤解ないように」
カエデさんがポチポチと動画を検索した。
「配信者の道を選んだからといって、彼女たちがヘチャムクレな訳ではありません。一応顔がバレている方もいるんです」
〇〇さん、〇〇さん、〇〇さん。ほんのワンカットずつではあるが、なかなかの美人さん可愛らしいお嬢さんの顔が次々と。しかし……。
「お気づきになりましたか、リュウ先生?」
「うん、みんな美人すぎるというか、神経質というか……」
もう少し言うならば、この世で生きにくそうというか。悪くすればこの世に未練なく旅立ってしまいそうな顔ばかりだ。
「バーチャルアイドルになっていなければ、この娘たち。どうなっていたんでしょうね?」
「……………………」
嫌な質問するね、カエデさん。だけどその質問が的を射たものだから質が悪い。だけど、それならば分かる。彼女たちがなぜあれほどまで、必死に稽古をしていたのか?
彼女たちのなぜあれほどまで、勝利をめざしていたのか?
「……生きるんだ。どうなっていたか? ではなく、生きるんだ!」
「そう、彼女たちは今じゃ誰もが見上げる存在となり、みんなに生きる喜びを与えているんです」
誰にだって辛い時期はある。誰にだってうつむきがちな時期はある。誰にだって生きることを諦めたいときがある。そんなとき彼女たちの配信を見て、クスッとでも笑ってくれたなら。配信者たちは空だって飛べる、湖の水を飲み干すことだってできる。
だがそんな魔法使いのような真似よりも、失意のひとりを笑わせること、微笑ませることがどれだけ素晴らしいことか。今宵、今生と別れを告げようかという者を思いとどまらせることがどれだけ素晴らしいことか。
私は剣士、人を斬ることしかできない。しかし彼女たちは、我が身を削って生きる喜びを与えているじゃないか。英雄に、敬礼。彼女たちもまた、令和に生きるサムライなのだ。




