いまだ続く諜報活動
さて、私だ。私と言ってもリュウ先生じゃない。美少女忍者のいずみだ。
私とニャンコの通信は、ダダ漏れ状態でつながっている。なぜそんなことをしているかと言えば、私はプロ稽古で伸びたタヌキのそばにいるからだ。そしてニャンコとワンコの二人が『jj
CLUB』、もしくはボスのビリーについて情報収集に出ているからだ。
彼女らは2階通路いわゆるギャラリーから会場を見下ろして、のん気に無駄口をきいていた。いわゆる駄弁っている状態なのだが、私の地元の方言では、『だふらコク』という。ま、それはそれとして二人の会話だ。
「みんな強そうだニャア」
「そうだね、さすがプロ選手たちだよ。でもねニャンコ、この中でツギクルはどのチームだろうね?」
そんな会話をしていると、さっそくナンパ野郎が涌いて出てきたようだ。
「君たちもプロ関係者かい?」
うんニャ、私たちはプロ試合の視聴者だニャ。とニャンコが応えた。
「俺は『王国の刃・プロリーグ』の解説を配信してるんだけど、知ってるかな?」
「あぁ、やっぱりそうなんですね? 技術解説の『時宗さん』でしょ!? 最近知ったんですけど、配信見てますよ!!」
ワンコも言うものだ、時宗という男は情報収集の任に就いたとき、参考のために視聴しておけと教えておいた配信者のひとりなのだ。プレイヤーとしての腕前は三流なのだが、配信技術はあちこちのパクリで塗り固められ、外れというものが無い。
動画サイトの再生回数も投稿から二十四時間で万回再生なので、人気配信者と言える。ちなみに『銀の盾』も所持していたりする。ちなみにヒカルはプロデビューしてから半月で銀の盾を贈られたそうだ。
そうそう、時宗という配信者。キチンと運営に許可を得て解説動画を配信しているので、著作権で訴えられることは無いそうだ。試合動画も使い放題。ただし、運営への連絡手段などは公開していないし、一説には非公式のプロ試合解説者を動画サイトや運営に告げ口しているという噂もある。
別段、プロ興行に与しているわけでもなく、ジムオーナーでもないのに解説をしているのだから、いま人気の『王国の刃』にたかる、胡散臭い輩『業界ゴロ』というのが私の評価だ。
その時宗が、見た目中学生のケモミミ、ケモ尻尾の二人に粉をかけているのだ。下心は見え見えである。そしてワンコの一言が効いたのか、時宗は鼻の下を伸ばしきったような声で応えてきた。
「こんな可愛らしいリスナーさんがいたとは、光栄だね。どうだい、お眼鏡に叶ったチームはいるかな?」
「う〜〜ん、やっぱり素振り稽古で最後までついて行った、あそこの大きい人たち……傭兵ズさんかな?」
「ああ、昇格戦で初黒星を喫したウワサのチームだね。お目が高い」
ワンコも図々しい、その傭兵ズを敗ったのはお前が所属する陸奥屋まほろば連合のプロチーム、『W&A』じゃないか。しかし大人数となった『王国の刃』、掃いて捨てるほどいるアマチュアプレイヤーなんぞには興味が無いのか、配信者時宗はそれと気づくこともなくペラペラと語り続けた。
「傭兵ズは個人の戦闘能力としては、新兵格じゃピカイチだったんだけど、相手の長武器に阻まれてしまったからね。接近すれば得意の連打が火を吹いたはずなんだけど、惜しくも苦杯をなめさせられたね。でも君たちの見立て通り、基礎体力はバツグンにあるようだから昇格した熟練格でも、大暴れしてくれるはずだよ」
「休憩時間中に優男が一緒にいたけど、あんな選手は見たことなかったニャー……」
「彼はビリーといって、傭兵ズが所属する『ファルコン・ジム』のオーナーだよ。一説にはどこかの会社の営業所長をしているとか、独立開業して経営者をしてるって話だけど、よくこんなことにまで首を突っ込んでるなと思うよ」
いや、それは生活基盤が安定していると誉めるべきところであって、お前のような根無し草が蔑むべき点ではないぞ。しかしワンコは上手く配信者時宗を波に乗せる。
「なんだかお金儲けの上手な人って、あんまり良い人には思えませんねぇ」
「あぁ、女の子から見てお金持ちの男ってのは魅力的に映るかもしれないけど、実際にはロクな奴がいないよ。悪いことばっかりやっていて、それで他人の稼いできたお金を吸い上げてるのさ」
いやいや、イマドキそんな殿様経営者なんて、ほんのひと握り……どころかひとつまみもいないぞ。ふんぞり返って従業員の尻を叩くだけなんて経営者は、格差社会がもっと酷かった昭和の話だ。……いかん、これではビリーの人となりではなく、配信者時宗の下衆っぷりばかりが鼻につく。なにか良い話題は無いものか。
「そういえばあの傭兵ズのみなさん、アバターとはいえガタイが良いですね。あれってリアル・フィジークなんでしょ? 課金でシンクロ率を高めるっていう」
ナイスだワンコ、上手く話題を横に振ったぞ。
「元傭兵とか元外人部隊とかっていう触れ込みだからね、でも鵜呑みにしちゃダメだよ。プロ選手っていうのは子供騙しとか、仕掛けとかで話題作りをして、盛大に売り出すのが業界の常識なんだから」
いや、あいつらの傭兵としての腕前は、なかなかのものだったぞ。この配信者時宗という男、解説やってる割には見る目が無いのな。って、またコイツの感想じゃないか。いやまあ、傭兵ズのつかっていたトラッピングテクニックの真偽とか、質がどれくらいのものかとか、そこまでしたり顔の解説されても困るんだが。
むしろあれだけの連中を抱え込む手腕、そして売り出しの成功という部分を取れば、あのビリーという男……ウチの大将が嫌うのもうなずける。というか、胡散臭さを取り上げたら鬼将軍と同格レベルなんじゃねーのか、アレは。
まあ、悪魔のようなカリスマ性や何をやらかすか理解できない企画力、そしてなにより資産というものが桁違いだ。BIG・BOSS
ビリーを名乗り、鬼将軍と肩を並べるには『顔じゃない』としか言えない。
「だけどあの傭兵ズ、あれだけ強そうなのになんで優男のオーナーと契約してるニャ? 優男のおじさん、なんだか気になるニャ」
「俺にはその辺りの情報は入ってきていないけど、よかったら調べてみようか?」
「ありがたいニャ、ついでにオーナーさんがどんな人か、そこも知りたいニャ♪」
「じゃあ時宗さん、次回の講習会のとき、またここで」
「あ、あぁ」
ケモミミふたりは配信者時宗から離れたようだ。もしかすると「このあと遊びにいかないかい?」という台詞を用意していたかもしれない配信者時宗の、肩透かしを浴びせられて残念そうな声が聞こえてきた。
「よしタヌキ、移動するぞ」
「あぁ、忍者さんの太ももの感触……デリシャスすぎて離れたくありません。どうぞこのまま……」
いつの間にかタヌキは、私の脚に頭を乗せて頬ずりしていやがった。
その側頭部にムエタイのヒジ! タヌキは死んだ。
しかしすぐに気色悪い痙攣を起こし、息を吹き返した。なるほど、コイツは人間扱いしてはダメなようだ。おそらくは妖怪の類なのかもしれない。
「なんてことするんですか、忍者さん! こんな可憐な美少女の側頭部に、凶悪な一撃をお見舞いするなんて!」
「いいからまずトヨムの変装を解け、ワンニャンのふたりと合流するぞ」
「ちょっと待っててください」
なにやらカチカチと音がする。肌色や衣服の調整をしているらしい。するとタヌキはへんてこトヨムから、元のタヌキのデザインに戻った。
……というか、こんな機能をつけて運営は大丈夫なんだろうか?
プレイヤー同士で混乱を招きかねんぞ。自分の変装能力は棚上げにして、不必要な憂いを抱いてみる。しかし運営の都合をいちプレイヤーが憂うのもバカらしいので、すぐに頭からかき消した。
「ただいま帰りました」
「おりょ? タヌキちゃんに1キル入ってるニャ? しかも服装がトヨムさんからタヌちゃんに変わってるし!」
「フッフッフッ、お二人とも。人間は一度くらい死んで生き返ってみるものですよ?」
「そんな器用な真似をできるのは、種族タヌキだけです」
「タヌちゃんは死んだふりが得意だからニャ。だけど化け猫クラスでも、タヌちゃんの变化にはかなわないニャ」
いや、二人とも。死んだふりどころか私のヒジは、必殺の手応えを感じていたんだが。これには空手先輩空手先生も一発轟沈なはずなんだけど。
「タヌキ、私たちの留守中に忍者先生に失礼はなかったよね?」
ワンコが訊く。が、実際のところ失礼クリティカルヒットなのだが。
「はい、私の可憐な魅力に、忍者先生もとろけるチーズでしたけど」
なんでシレッと嘘をつくかな、このケモノは?
「だけど忍者先生、すごく納得いかない顔ニャ」
そのとおり、私は私の仕事に熱心で、タヌキの相手などしていられなかったのだ。
「いえいえニャンコさん、納得いかないどころか私の耳たぶに、『お前を一生離さないよ』なんて愛の告白をしてくれたんです!」
ウソを吐くな、ウソを。とりあえず忍者アッパー。タヌキをもう一度死なせた。私たち密偵部隊は本当に役に立っているのかいないのか?
忍者いずみの、あしたはどっちだ!