階級別講義
基本稽古が終わって小休止。忍者に保護されたタヌキは、チームメンバーの犬耳と猫耳にも付き添われていた。その視線は、チーム傭兵ズとジムオーナーのビリーに向けられている。ビリーに関する情報そのものは、カエデさん経由で知ることができるが、しかし直接間者が貼り付いていた方が、情報の鮮度が高い。
ということで、いまだ四人はビリー調査の任を解かれていないのである。そして、傭兵ズの六人も素振り稽古を完走していた。
「リュウ先生、この後の稽古のことですが」
カエデさんだ。素振り稽古の後は階級別に分かれて、それぞれのテーマに沿って稽古となる。私はカエデさんとともに新兵格を受け持ち、二人一組のツーマンセルを教授するのだ。この階級に、『jj
CLUB』やファルコンジムの関係者はいない。
傭兵ズの六人は、熟練格に昇進してしまったのだ。
「あぁ、六対六の模擬戦でツーマンセルの重要性を叩き込むんだったね……女子チームが多いなぁ……」
「はい、ヒカルの人気やさくらさんたちの活躍を配信で視聴して、ずいぶんとデビューしてるんですよ」
痛くない、疲れないゲーム世界の競技とはいえ、体力差はまともに出るというのに。なんとも頑張る話だ。
「模擬戦の組み合わせは、男子同士女子同士で行いましょうか。それとも男女別にしましょうか?」
新兵格参加者の履歴を、サッと流し読みした。
「女子チームには剣道の有段者が多いね。これじゃあ男子はコテンコテンだ。男女は別々に組み合わせよう」
そうでなくては、試合で勝てずに引退ではなく、講習会で負けて引退になってしまいそうだ。そして間もなく小休止も終わる、私は個人通信で忍者を呼び出した。
「どうだい忍者、タヌキはまだ講習会に出たがっているかい?」
「やる気は満々でも、身体がついていかないさ。私がタオルを投入する」
「良い判断だ、もしかしたら見学者の中にも『jj CLUB』関係者がいるかもしれない。そっちに貼り付いてみるのもいいかもな」
「あぁ、そうさせてもらう」
通信を切ると、犬耳猫耳の二人が早速動き出した。場内アナウンスが入る。講習会受講者以外は、見学の位置に退場するようにとのことだ。ジムオーナー等が来場していたようだ、見学席へ退出していく人数はそれなりにあった。
道場内に予備校生、新兵格、熟練格、豪傑格の表示がされる。私とカエデさんは担当の区画へ入った。講師挨拶は軽めに終わらせて、カエデさんにバトンタッチ。カエデさんは『勝率を高める手段としての、二人一組作戦』の利点と欠点を説明した。二人一組は先制点を奪いやすい。しかし得点を先取できなければ、途端に不利な状況が発生するというものだ。
トヨム小隊を例に上げて、カエデさんは説明する。
「ウチの小隊では主砲となるヒットマン、防御の要である壁役、予想外の角度から攻め込む道化師役などに役職を割り振って、二人一組に活用しています」
「そうなると打撃力のある者と、劣る者が組むのがベストなんでしょうか?」
さっそく手が挙がった、積極的な質問だ。
「作戦立案参謀躍動感の私は、打撃力が一番低いんですけど、後方で指示をしていることも多いですよ。一概に言い切ることはできませんが、アイデアのひとつとしては良策かと思われます」
「講師はどのような組み合わせがベストだと考えますか?」
「先ほどの質問では、打撃力の高低を問題にしていましたが、主砲に組ませるのは壁役の方が相性が良いかと。そして一番相性が良いのは、個人的見解ですが……」
ですが……?
受講者たちは息を飲んだ。
「なんでも屋と馬鹿の一つ覚えですね」
受講者全体がズッコケた。なんだその答えは、いまは火力の話をしていただろうに。だが、案外そんなものなのかもしれない。例えばトヨムなどは高い打撃力を持っている。これがカエデさんを囮にしたり、防御の穴を埋めてもらったりすれば、戦力として頼もしいタッグチームとなる。
セキトリとシャルローネさんもそうだ。群がる敵を蹴散らしては受け止め、蹴散らしては受け止めるセキトリと、嫌がらせのような攻撃を加えてくるシャルローネなどは相性が良いというものだ。
私に相性が良いのは誰をだろうか? ……なんでもできる達人プレイヤーだから、誰とでも組めてしまう自分が怖い……。
こういうところが独身の根拠なのだろうな……。
「私がタッグチームを決めるときは、敵チームの特性とか傾向を読んで、それに見合ったタッグを編成することにしています」
まあ、臨機応変というものだが、座学はここまで。すぐに実技である。まずは昇格できなかった女子チームのトップから、主砲を一人出してもらう。
それとデビューしたて、新人ツルツルなチームから、打撃力の低い選手をふたり。
三人、敵味方に分かれて得物を交わす。仮に火力のある一人選手をAさん、タッグを組んだ二人はBさんCさんとする。
「まずは分かりやすく、BさんはAさんの頭を狙ってください」
説明しやすいように、三人とも両手剣である。まずはBさんの攻撃、Aさんはそれを防御。
「ハイここでCさん、ガラ空きの胴を打ってください」
と、これを実際にやって勘やコツを掴んでもらうのだ。
「単純すぎるけど馬鹿にしないで、真剣にやってくださいね?
打ち込みのタイミング、間合いの取り方、ポジションの決定。成功や勝ち筋への要素はいくらでもありますから、まずは疑問を感じるまで頑張ってみましょう♪」
カエデさんを知る者として、あえて言わせていただこう、『酷ぇ』と。
疑問を感じるまで頑張らせたところで、解答や正解など与える気にしないではさらさら無い。それがカエデさんなのだ。
そして正解を与えられず、永遠に悩むことこそ上達への唯一の道。
年若い乙女、まだ少女という身でありながら、何故こんな茨道を覚えたものか。責任者の顔を見てみたいものである。目の前にいないから言うのだが。
そしてこの三人一組の稽古、初めのうちこそ同じチーム内で行っていたが、メンバーをどんどんシャッフル。他チームとも稽古させるようにした。だけではない、火力役のひとりを弱者役にもやらせてやる。
さまざまな視点から、さまざまな経験を得るのだ。ひと通りの稽古が済んで、少し空気が緩んだところで、またもや展示のお時間。今度は私が前に出された。相手はカエデさんと男性プレイヤーのB氏だ。
「ハイ、それじゃあ今度は考え方の問題です。Bさんが剛の者に打ち込みたいのだけれど、カウンターを恐れて打ち込めません。もちろん私も打ち込めません。この場合の利点を挙げてください」
私はB氏に目配せ、B氏は全力で打ち込んでくる。その小手へ寸止めのカウンター。今度はカエデさんが突いてくる、私はカウンターの突き技を寸止めで。
そこで二人は手をだせなくなった。それなのに利点を挙げよとカエデさんは言う。難問ではないかな、と私は思う。トヨムやシャルローネさんならば、さまざまな答えを出してくれるだろう。しかし新兵格の面々では、首をひねるばかりであった。
「おやおや、答えが出ませんでしたね。ではリュウ先生から、お答えをどうぞ!」
「主砲の視点で言うならば、いくらカウンターが取れると言っても、さらにカウンター攻撃を重ねられる可能性があるということ」
まずは実演、B氏の攻撃にカウンターを合わせるが、カエデさんに胴を抜かれてしまう。カエデさんの攻撃にカウンターを合わせれば、B打ち込んでくるに胴を打たれる。
「このことから、弱兵二人で敵の主砲を封じ込めることができるということ。あるいは弱兵ひとりの損害で敵の主砲を討ち取ることができるという点が利点となり得る」
「そしてもうひとつ。敵は主砲を足止めさせられているけれども、こちらの主砲はフリーだという点です。そう考えると二人一組戦法、悪くないですよね?」
カエデさんはニッコリと笑いかける。単純な戦法ではあるけれど、使用方法や考え方ひとつでもの凄い戦力となるのである。新兵格も、俄然やる気が出たようだ。目の輝きが変わってくる。
「だけどそのためには、基本の基本である個人の打撃力。これを練磨することが重要です。先ほど士郎先生に鍛えられた素振り、これは忘れないようにしてください」
いくらなんでもそれは無理だろ、素人が素振りをニ〇分も三〇分もできるものではない。
「でも出撃前に一〇分、中休みで一〇分。ログアウト前に一〇分ならできそうですよね?」
鬼・士郎とは講習会冒頭で言ったが、鬼はここにもいた。
しかしプロ選手になりたいというのなら、今から鍛えておいて損は無い。例え今のチームが維持できなくとも、新人を鍛えることができるし移籍することも可能だ。
ゲームを使って剣豪になることは無いかもしれないが、努力に損は無いということだけは学んでもらいたい。




