教伝
鬼将軍が憂いを抱こうとも、忍者が嘆こうとも、事態は進行してゆく。
お久しぶり、貴女のリュウ(独身)です。のっけからこのようなことを語るのも何ですが、それにはそれなりの事情というものがありまして。私をはじめとした『災害』先生四人、そして各隊参謀たちが、またまた総裁鬼将軍に呼び出されてしまったのだ。
「入ります」
断りを入れて入室する。鬼将軍の個室だ。当然のように鬼将軍が待っていた。美人秘書のかなめさんもいる。そしてショボクレた顔の忍者もいる。
「お呼びでしょうか、総裁」
最年長の緑柳師範が切り出す。鬼将軍はアゴの先にウメボシをこしらえて、天井を仰いでいる。
「なんとしたものかな、緑柳先生……」
我らが首領は苦しげに呟く。
「どうしたんでぇ、大将。困りごとかい?」
師範の口調はいきなり砕けた。まるで新品ピカピカの征夷大将軍に就任したばかりの上様に接する、ベテランめ組の辰五郎であった。
「……かなめ君、頼むよ」
力無く鬼将軍は言った。秘書に仔細を語らせるとは、よほどのことなのだろう。御剣かなめは私たちに一礼してから切り出した。
「みなさま御存知でしょうが、いま現在『王国の刃』プロ興行には、新兵格、熟練格、豪傑格が存在しますが、それ以上のランクが存在しません」
なるほど確かに、アマチュアチームにはそこから上の英雄格、無双格までいるのだが、プロチームはまだ層が薄い。そして我らがプロチーム『W&A』などは、一足飛びに階級を駆け上がり、つい先日豪傑格に昇格したばかりだ。
「そのことを運営は憂いておりまして、私たち陸奥屋まほろば連合に教伝を依頼してきたのです」
「そりゃケッコーなことじゃねぇか。プロ興行のレベルが上がるんだからよ」
師範が言うと、かなめさんはクスクスと笑った。
「いえ、そうなると総裁が大嫌いなビリー氏と、関係を持たなければなりませんから」
そうなるとビリーの情報は手に入れ放題。なるほど、それで忍者はショボクレているのか。しかし、そこは草薙小隊長。忍者の肩をポンと叩いた。
「大丈夫だ、忍者。お前はちゃんと役に立ってるよ」
私もそう思う。平素は偉そうな口をきき、大きな態度の忍者だが、それはそれ相応の任務をこなしているからだ。そしてその任務は、私たち武辺者にはこなせそうにないものなのだ。
「で、大将はどうする積りなんでぇ?」
忍者の嘆きもなんのその、翁は本題を押し通す。
「どうするもなにも、受けなければなりません。総裁はプロ興行発起人のひとりですし、陸奥屋まほろば連合は『王国の刃』全体で見てもトップチームなのですから」
「ふむ、そうなるとプロチーム全部に同じ教伝はできねぇな」
会話はあくまで実務的に進んだ。そこにも美人秘書はスラスラと応じる。
「はい、まずはプロチームの数を増やすこと、そして質の向上を目的としてプロ予備校という制度を投入することに決まりました」
まあ、そうした機関がある方がイマドキの若者はプロに踏み込みやすいだろう。
「で? 具体的にどの階級にどんなことを教伝するのよ?」
「すべての階級に共通して教伝していただきたいのは、チームワーク。それができている上で、個人の戦闘技術の向上。それを納めているならば……」
ならば……?「クリティカルショットの教伝を……」
ワンショットワンキルの技術を、と言わない方がニクイ。
「しかしそれでは、アマチュアチームにワンショットワンキルの技術があるのですから、プロの力量が低いということになりませんか?」
そこにはヒロさん、フジオカ先生が踏み込んだ。
「あれは禁止技ということにしました。ひとつ、あれができるようになるということは、人間ではなくなる。ひとつ、試合が大味になって面白味を欠く。ひとつ、クリティカルショットによる華やかな演出と攻防をお楽しみいただきたい」
いささか不満を感じる。プロというのは凡人と同じではいけない。一般人とは違うからお金を払ってファイトを観る価値が出るのだ。力士という大男、プロレスラーという巨人。そういった特別な男たちが取っ組み合いをするのだから、お客さんはチケット代金を払ってくれるのだ。
「リュウ先生、今の時代ではそれは通じません。プロ選手の増加にはつながらないんです」
自分たちにもなれるかもしれない。自分たちもそれで食べていけるかもしれない。そうした夢や希望が、プレイヤーたちをプロへと導くのだそうだ。
「入門からプロデビューまで、どんだけ残るんだろうな……」
士郎さんの危惧は、そのまま私の危惧でもあった。
「しかしよ、そうなるとプロテストの質もグッと上がりそうだな」
それは緑柳師範の言うとおりかもしれない。いや、私たちでそうなるようにしなければならないのだ。その昔、時代に影響すら与えたボクシング漫画の昔、ボクシングのプロテストは誰でも受かる。滅多に落ちることなどない、とさえ言われていた。それはボクサーを志して入門し、ジムの組んだプログラムを真面目にこなし、熱心な若者ばかりだったからだ。
今は違うという。ちょっと街でならしたお兄ちゃんが、いきなりプロのリングでも通じると勘違いして入門して、トレーニングの厳しさにすぐ辞めてしまうそうだ。
エリート意識、選民思想。『俺だけは特別な才能がある』といった考えが、若者をそのようにさせるらしい。
だがしかし、わが小隊の誇る天才児シャルローネさん、あるいは実戦のオオカミであるトヨム小隊長。どちらも入門初日はあったし、それはみんなの入門初日とまったく変わらないものなのだ。
かく言う私も士郎さんも、もちろんヒロさんだって緑柳師範にいたっても、それはまったく変わらなかったのだ。熱心になる、夢中になる、稽古が楽しくて仕方がない。そんなものが人を天才に変えオオカミにして、鉄人や達人が誕生するものなのだ。
本当ならば『努力』と述べたい。しかしそれは昭和の単語だ。令和の現在でも天才は誕生し、オオカミは存在している。
そう、現代風に言うならば、夢中になることができるかどうか。稽古を楽しめるかどうか。そのような言い方が伝わりやすいかもしれない。
「それでは先生方、入門者を夢中にさせる稽古をおねがいしますね♡」
いや待てかなめさん、何故そうなるんだ。
「先生方の目的は、プロ選手たちのクオリティとクオンティティを、向上増加させることですから♪」
語尾に『♡』や『♪』をつけないでくれ。女性としてそれはズル過ぎるぞ、かなめさん。しかし、鬼将軍の「やってくださいますか、先生方」という言葉にはうなずくしかなかったのだ。
別室にて。さて、と切り出したのはやはりウチの参謀であるカエデさんだった。
「プロチームの品質を向上させ、なおかつプロ選手の人数増加を目的とされましたが、どこから手をつけましょうか?」
やる気満々の様子だ。一部始終を聞いて、教官魂に火が着いたのだろうか。それはカエデさんひとりではなかったようで。
「火は下から着けるものですわ」
出雲鏡花が口を出してくる。
「予備校生や新人のクオリティが上がれば、上位チームのお尻にも火が着くものですわ」
「なるほど、では具体的に予備校生たちに対してどのような訓練を課します?」
出雲鏡花は私たちをチラリと見た。
「う〜〜ん……二人一組の戦闘から教えましょうか……」
真に受けたヒロさんが答える。
「案外複雑なものですわよ、ツーマンセルは。それよりも思い切り敵を引っ叩く、クリティカルショットの基本を仕込んではいかがでしょう?」
なるほど、予備校生にはその方が飽きが来なくて良いかもしれない。
「まずは個人の力量を上げること、それから個人の力量を活かす二人一組。これは新兵格のみなさまに重点的に教伝した方がよろしいですわね」
もちろん新兵格、熟練格、豪傑にも基本の打ち込みは課する方針である。何故なら豪傑格であっても、クリティカルショットを狙って打てる者は少ないからだ。
では熟練格には何を教えるのか?
「クリティカルショットですわ。可能であろうと不可能であろうと、まずは教えたという実績作り。これによりわたくしどもは、『出し惜しみなどしない』という信頼を勝ち取りますの」
必ずしもこの考え方を、『汚い』とは言えない。何故なら私たち陸奥屋まほろば連合は、プロチームを抱えているからだ。
「じゃあプロチームの最高位、豪傑格には何を教える?」
緑柳師範の目が光る。
「緑柳師範でしたら、何を教伝なさいます?」
逆に訊いてきた。
「そうさな、やるこたぁ山ほどある。プロチームの最高峰なんだ、一人ひとりが作戦を理解し状況に対応。そのうえでプロ選手とは何か、という徳操も育てにゃならん。目指すは心技体の揃った完璧超人よ」
ホホホとすけべったらしく、出雲鏡花は笑った。
「緑柳先生は欲張りですこと、まるで横綱審議委員会ですわね」
「そう、それよ! 今の段階なら、下の者に胸を貸すような存在。ひとつ頭の飛び抜けたチームを『英雄格』に仕立て上げて、横綱にしてやるのさ」
夢が膨らむ話だ。もちろん現実とのすり合わせはしなければならない。とはいえ、私たちの教伝が現実味を帯び始めてきた。