何故か続く、忍者奮戦記 Part3
まあ、ビリーたちがタヌキの間抜けに気づいていないなら、それはヨシとしよう。
ポンポンポン……ポンポンポン……。
闇の中から、夜回りのタヌキが姿を現した。
ポンポンポン……ポンポンポン……。
忠臣蔵の火消し半纏、ハチマキ姿も勇ましいのだがいかんせん、半纏の下はパーカーにショートパンツ。見るからに中学生女子の私服といったもの。
「……なあ、ワンコ?」
建物の陰に一緒に隠れたワンコに訊く。
「私はタヌキに、指示の仕方を間違えたか?」
「いえ、そのようなことは……」
「ビリーたちに近づいて、仲良くなるのが任務だと命じたはずなんだが……」
「なんかその、すみませんでした」
「いや、お前が謝る必要は無い」
そう言っている間にも、タヌキは背伸びをして『jj CLUB』の窓から堂々と中を覗き始めてしまった。
「あの鋼鉄でできた心臓、羨ましいですね」
「本当に羨ましいか、ワンコ?」
「いえ、ウソでした……」
よかった、アニマル3の仲に、常識枠がひとりでもいて。しかしタヌキの快進撃は止まらない。覗き見には少々背丈が足りなかったらしく、今度は正面入口からヌケヌケと侵入していったのだ。
「ごめんくださ〜〜い♪」
「ちょっ!! おまっ! ……待てっ!」
「静かに、忍者さん」
「そうだニャ、タヌちゃんにはタヌちゃん『なり』の、深い考えがあるニャ」
『そんなものシラミのフケ程度にも、タヌキは持ち合わせちゃいねぇ』に賭ける! 1ドル百円換算で、100ドル賭けてもいい!!
女子高生にとって、イー万は高額だぞ、イー万は! すると耳の効くワンコが、屋内の会話を聞き取って教えてくれる。
『コンバンワ、夜回りですが……おやすみの際には戸締まりと火の元を十分確認してくださいね……』
『あぁ、運営でもないのにご苦労さま……』
……………………。
「それだけか?」
「それだけです」
「ナニしに行ったんだ、タヌキは?」
「きっと顔を売りに行ったんだニャ。次に町中で敵軍と顔を合わせたら、『よ、夜回りのお嬢ちゃん』って仲良くなりやすいニャ」
いや、そんな気の利くマネ、タヌキにはできないだろう。拍子木を首から下げたタヌキが、拠点から出てくる。
「タヌキ、タヌキ……」
そっと声をかけて呼び止める。
「誰ですか、こんな夜更けに美少女タヌキを呼び止めて! まさかこの可憐な娘タヌキを手籠めにするつもりじゃないでしょうね!」
「アホタレ、私だ。忍者だよ、っつーかお前たいがい厚かましいことホザくのな」
ワンコが本題を切り出す。
「中の様子はどうでしたか?」
「あら、ワンコさん? はい、みなさん熱心に稽古してましたよ」
なるほどタヌキごときの目にもそう映った。これはよほど警戒しなければならない相手かもな。
「それで、顔は売れたかニャ?」
「顔を? ……あぁハイハイ、顔ですね顔。薄暗いせいか、私の美貌に見とれてはくれませんでした」
ナニを言ってんだ、コイツ。同じ日本語のはずなのに、読解することが不可能過ぎる。
「タヌちゃんはいま会った連中から情報を抜き出すため、仲良くならなきゃいけないニャ」
「そうでしたっけ? あ、いやいや。もっと明るい場所なら引く手あまた間違いナシ! すべてはこの美少女タヌキにおまかせあれ、です!」
任せられねーから、これだけの人数が割かれているのだが。
常識的に言うなら、この手の諜報活動は単独で行うものなのだ。そう、私のような優秀な忍者ならば、な。これは未熟者のアニマル3に私がくっつけられているのか、半人前の私にアニマル3がくっつけられているのか。そこを掘り起こすと鬱に陥りそうなので、あえて考えないでおこう。
「まあ良い、私たちもタヌキと同じく、『jj CLUB』が本気の稽古をしていると見ていたんだ。今夜の収穫はそこまでとしよう」
急いては事を仕損じる、諜報活動で失敗するヤツは、大抵期日を気にしている連中なのだ。あるいは欲目に駆られて深入りしすぎる者。私たちはそのような愚行を冒してはならない。タヌキも物陰に誘い込む。そしてあかるい屋内に目を向けさせた。
「タヌキ、お前が担当する相手は覚えているか?」
「はい、末席から数えた方が早い集団にいます」
「ワンコ、お前も大丈夫か?」
「はい、しっかりと脳に焼きつけてあります」
「忍者さん、ニャンコも大丈夫だニャ」
「よし、明日はいよいよ接触するからな。報告は私が上げておく、お前たちは道場へもどれ」
ケモミミ三人は、闇の中へと消えて行った。
ということで、私は今しばらく監視を続けさせていただく。今度は相手視点で考えてみよう。自信満々で臨んだプロチームの昇格戦。トラッピングという技術を引っさげてだ。それをいとも簡単に長距離砲の狙い撃ちで迎え撃たれ、逆にトラッピングを仕掛けられての敗戦。
これを奴らがどのように見るのか?単純に考えるならば、『手の内がバレていた!』とか『短期間で対応策を錬られた!』あるいは『しかも適任は我々と同等、あるいはそれ以上のトラッピング技術を身につけてきた!』といったところか。
まあ、焦るだろうな。あんなものを見せつけられた日には。しかも『傭兵ズ』ならわかっているかもしれないが、傭兵たちの武術スキルというのは即戦力のオイシイとこ取りにすぎない。
対して『W&A』の武術スキルというのは、純粋培養と呼んでも差し支えないほどの武術畑育ち。怪物じみた古流先生が三人も四人も寄ってたかって御馳走攻めにしてくるのだ。内容の濃さが違うとなれば、エキスの濃さがまったく違うのである。
さらにはネームドプレイヤーたちが標的になっての実戦訓練。秘伝のスープは食べごろ絶好調に煮詰まっていたのだ。
では、ビリーはどのように考えるだろうか?
この極上スープ、なんと無料配布しているではないか。ならばそっくりそのまま頂くのが人間というものだろう。問題はその先だ。至高のスープを手に入れて、ビリーは何をしたいのか?
『王国の刃』という世界で、どのようになりたいのか? 少なくともおべんちゃらを使うような輩だ、お察しというところなのだが……。
ただ、人は希望を胸にしていなければ生きていけない憐れな巡礼。少しで良い、少しだけでも良いからビリーよ、私利私欲に生きない『真』を求める人であってくれ。それが鬼将軍の願いなのかもしれない。
どんな人間であっても、良いところがあるじゃないかと、笑えるような人であれ。それはもう、願いを越えた祈りではなかろうか?
まあよそうじゃないか、私のようなジャリが大人の気苦労に思いを馳せるのは。そんなことは失礼でしかないし、不遜も良いところだ。
私は私の務めに専念すること。それこそが大人の気苦労を和らげることだ。だがしかし、もしもビリーが我々の意に反する野望を抱えているというのなら……。
そのときのために、最後のもうひと押しで稽古を拝見させていただく。うん、見れば見るほど私たち、陸奥屋一党の戦闘に似ている。二人一組の初手で、敵に大ダメージを与える。私たちならばワンショットワンキル、あついはクリティカルによる防具の破壊。だが『jj
CLUB』はそこまでの力量は無い。
無いからコカし技を入れる。この点はウチの新兵格や熟練格よりも上手かもしれない。そのようにして、一瞬ではあるが数的有利を生み出すのだ。
そして革新的、と言っても良いだろうか。ビリーの一味は防具が軽装なのだ。フルプレートアーマーなど着込まず、視界の広さと速度を保って、手数で勝負してゆく戦法……この点も私たち、陸奥屋一党の戦いと同じである。
「研究されてるのかな、私たちは?」
カエデなら笑うだろうか?『そのために講習会で、技術を公開してるんじゃない』
おべんちゃら、信用ならない微笑み、そして丸パクリの技術。なるほど鬼将軍が嫌な顔をするのもわかる。
しかし、それだけだろうか?そんな薄っぺらい人間ビリーに、百人ものプレイヤーがついていくだろうか?
……無い訳ではない。ビリー同様、イマドキのプレイヤーたちの『見る目の無さ』というのも、信頼に足らぬところではある。
しかしビリーが信頼に足らぬ人物と断じるには、証拠が無い。信頼に足るか足らぬのか、どちらであろうとも、証拠は必要だ。そしてそれを集めるのが、忍者のお仕事である。
ま、今日のところはこれで帰るか。長居するだけで、今夜はもうこれ以上の情報は無さそうだ。拠点『まほろば』へ帰還。
参謀たちが夜も更けているというのに、まだ会議を続けていた。ただ、本物の会議ではないことは私も知っている。ビリーという男が気に食わないという鬼将軍を、なだめて透かしてという席なのだ。
「あ、おかえり忍者」
「ただいま、カエデ。大変だな参謀も、大将のお守りかい」
「ホント、ビリーさんも悪い話は聞かないのにね」
……………………。
「なぬ? 知っているのか、ビリーを?」
「直接は知らないけど、ホラ私、あちこちに顔が利くから。彼の周りからあれこれ訊いてみたの。あぁ見えてビリーさん、陰で相当努力してるみたいよ?」
なんだそれ? 諜報活動なんて必要ないじゃないか、ガチョーン……。
「あ、いやいや諜報部員が直接拾った話の方が重要だからさ。忍者も頑張って♪」
おまけになぐさめられたりして。なんだよ、私今回えらくカッコ悪いぞ。
「あー忍者、しょげないしょげない♪」
見上げた月が、今夜はやけにしょっぱいぜ……。




