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傭兵という者たちの正体

ヒカルさんとモヒカンが知恵の輪のようにからみあっている。確かに、トラッピングという技術は敵の腕をからめ取って封じていく技だ。だが何故この二人はこんがらがってしまうのだろうか?

その原因だけは究明しておかなければならない。



「あーだこーだと、いちいち面倒くさい……」



これはモヒカンの言い分。



「一刀両断、ズバッと解決。そっちの方が好みです」



こちらはヒカルさんの弁。


なるほど、要約すれば『チョコマカとした動きはしゃらくさい』ということか。ならば解決策は、すでに出ている。その解決策をモヒカンにはライが、ヒカルさんにはさくらさんとヨーコさんが耳打ちしている。そのうえで、士郎さんが腰の物……小太刀と脇差しを抜いた。



「ではその解決策とやら、俺で試してみるか?」



ハイと前に出て、日本刀を構えたのは愛弟子のヒカルさん。うむ、私やヒロさんが相手でも良いのだが、やはり解決策を練り上げるのならば鬼・士郎が適任だろう。


なぜならその解決策というのは、モンゴリアンやライが見つけ出した『気迫で相手を近づけない』というものだからだ。


戦場に立つことを常としてきた中国武術のトラッピング、そして永く太平の世を満喫していながら『乱』を忘れず練り上げてきた日本古武道の気迫。これがぶつかり合うという大変に興味深い模擬戦となった。


まずは鬼の士郎、肩をガックリと落としてリラックス。しかしそのヒジ、手首は自ずと柔らかく湾曲し、両の切っ先が触れるか触れないかの円相を描いている。円相、そのように聞いてピンとくる方は、相当にマニアックな方であろう。もしくは御自身、なんらかの武術を学ばれているのではなかろうか?



しかしこれを語るには、あまりにも時間が足りなさ過ぎる。またいずれ折りを見て語らせていただくことにする。とにかく士郎さん、ヒカルさんを相手に本気ということだ。その証拠に……シュルッ……リラックスした円相の構えから小太刀が突き出された。


ヒカルさん、これをおっかなびっくりどうにか弾く。



「俺を止めるには、まだまだ練りが足らんぞヒカル」



こら待てオッサン。誰がお前を止める稽古なんぞしとるか。草薙神党流の気迫を止めるなど、私やヒロさんでも大仕事なんだぞ。そんな私の心の声など届いていないのだろう。士郎さんはさらに重たい殺気を、ヒカルさんにのし掛けてゆく。


小さな身体に無限の闘志、ヒカルさんもこれに必殺の気迫で応えている。


こんな場面で「士郎さん、そりゃ大人げ無いよ」などというのは、野暮というもの。外野は黙って見ているしかない。これこそまさしく、師と弟子……二人だけの時間なのだから。


ヒカルさん、構えを脇構えに移す。本当に必死必殺の気構えだ。それに対し士郎さんはシュルリ……またも影のように小太刀を伸ばした。シャッという摩擦音、士郎さんの小太刀は流され脇差しが伸びてゆく。


これに対してヒカルさん、ツバメ返し。下から斬り上げる。脇差しも外された。ガラ空きとなった士郎さんの構え、その心臓を狙って、ヒカルさんは切っ先はピタリと止まった。


勝負あり、と宣告したいところだがまだまだ。士郎さんは負けていない。突けるものなら突いてみろとばかり、無防備なままズイッと前に出た。これだ、この気迫こそが草薙神党流の恐ろしさなのだ。ここで欲をかいて突いたりしてみろ、理不尽な太刀さばきで士郎さんは斬ってくる。


そんな男だから、私から『鬼』と呼ばれるのである。ググッとさらに重たい殺気、しかしヒカルさんはさがらない。突いていくこともしない。気迫で鬼を迎え討っている。



「よし、止め!」



宣告したのはヒロさんだった。



「士郎さんも稽古としては物足りないだろうけど、これは対傭兵ズの練習ですよ。草薙士郎直伝稽古は、またの機会に譲りましょう」



その通り、ヒロさんは冷静だ。そして合理的な考えでもある。古流一本槍な私たちとは、やはり気質が違う。



「それにホラ、モヒカンも稽古つけてくれと、ウズウズしてるじゃないか」

「よし、そっちは私が稽古をつけてやろう」



今度は私が前に出た。




……若者たちは伸びしろがある。私たちのつけてやる稽古で、見間違えるほどにグングンと成長していった。たった一日、たった一度の稽古でありながら、プロ選手六人はさらに戦士として成長してくれた。



「でさ、アタイが左でカエデの顔を狙うじゃん」

「当然私はその小手を斬りにいきますよね?」

「その片手剣の小手を、右で押さえる」



トヨムもカエデさん相手に、トラッピング稽古を続けていた。臨時の教官として忍者がそれを見守っている。


今回の傭兵ズという対戦相手、陸奥屋一党の良い影響を与えていると見よう。ただ欲張ったことを言うならば、あまりに生存確率が上がりすぎて今までのような、いのちでもなんでも投げ出すような勢いが削られないか?それだけが懸念材料ではある。





そして夏の昇格戦は始まり、『W&A』は快調に勝ち進んだ。


もちろん悪羅漢の三人組はショーマンシップ全開。ときに手傷を負い、ときにキルを献上しながら、観客を飽きさせない努力をしながらの快進撃である。


そして迎えた、格下相手の総当たり戦。これまでは格上の豪傑格を相手にしていたが、いよいよ新兵格との対決である。


ここでも悪玉トリオは敵のエース格を袋叩き。たっぷりと痛めつけて悪評を買い、会場を盛り上げた上で討ち取られるという。それでも星は落とさないという心憎い演出で若手たちを圧倒した。



そしていよいよお待ちかね、傭兵ズとの決戦であった。ルールはいつも通りの六人制試合、ただしW&Aは雰囲気が違った。


試合場中央、両チーム合わせて十二人が顔を並べて公式のルール確認をしている最中だった。さくらさん、ヨーコさん。ヒカルさんもライも、モンゴリアンもモヒカンも、全員片手でピストルの形を作っている。


プロレスファンの方ならご存知だろう。『真剣勝負シュート』のサインである。これには傭兵ズ、少し驚いた顔をしていた。もっとも彼らもその筋の人間ならば、W&Aがここまでプロレスを演じていたことくらいは見抜いているはずだ。


それが「お前たちには手加減しないぞ」とシュートサインを出しているのだ。

驚いて良いやら、当然だろうと言いたいやら、というところか。


チームW&A、センターにヒカルさんとモヒカンの二人。その両翼をさくらさんとヨーコさん、ライとモンゴリアンで固めている。それが合図の銅鑼とともに、悠々と歩き始めた。


傭兵ズは試合場中央まで駆けてきた、いや走らされたと言った方が正しいかもしれない。なにしろW&Aに待たされているのだ。


待たせているW&Aは足取りを変えない。待たせて当然とばかり、堂々と試合場をのし歩く。傭兵ズ、得物はやはりナイフと片手剣。それをしっかり構えたところで、ようやく格上チームW&Aの到着だ。


これまでの傭兵ズならば、距離となったら即座に接近。すぐさま戦闘に入るといった『戦争の犬』スタイルだったのだが、今回はそうはいかない。W&Aのプレッシャーがキツイのだ。



「ぬっ……」

「……くっ!」



言葉にならない声をもらす。右に左にステップを踏んで、なんとか隙を見つけ出そうと牽制を試みる。しかし、誰も間合いには入れない。


そうだ、それで良い。W&Aは上手いこと戦争屋を、競技の場へと引き上げている。戦争にはキレイもへったくれも無い。ただ生き残るだけだ。どんな汚い真似だってするだろう。だから正々堂々、公平なルールの上に成り立つ試合場では、その本領は発揮できないのである。


闇討ち、背後からの攻撃。罠を仕掛けての戦闘。いずれもこの試合場には似つかわしくない。そのような戦闘は許されていないのだ。


ちなみにこれらの行為をストリートでやったらどうなるか?


読者諸兄の大嫌いな『法の場』で裁かれるとき、卑怯の振る舞いをした者に法律は微笑まないであろう。平たく言おう。元傭兵とかいう手合いは、法治国家においては最弱最下層の住民に過ぎないのだ。


ましてこの平和大国日本、彼らの得意とする『道具』というものを調達しただけで、手にお縄がかかる。そして道具を調達した経緯を取り調べられて、口を割ろうものならば『組織』まで敵に回すことになるのだ。



そんなヤクザもどき、傭兵に敵う訳ないじゃん。そのようにお考えだろうか? あえて否定させていただく。


戦争の犬たちというのは、戦場にあってこそ強い。平和国家の法律に守られた市街地での戦闘は、本職には到底及ばないのである。


それが証拠に、その筋の世界にいる『元傭兵』などというのは、逃走経路とアリバイ、さらには身代わりの若い衆を用意してもらって、ようやく仕事にかかれるのだ。それだけの準備を万端に整えなければ、彼らは『お仕事』ひとつ取りかかれないのである。


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