対策
古流は強くて競技は弱い。
そのように断じるのであれば、話はもっと面白くなるだろう。だがそのように断じて良いのは、中学生までである。よく聞く「実戦では〜〜」「実戦では〜〜」というのが、良い例であろう。
例えば競技剣道、これが果たして実戦に弱いものかどうか?
断じて否、と言わせていただこう。競技上剣道は、面小手突き胴しか狙わない。逆に言えばこの四ヶ所を狙わせれば、世界にまたとない強さを誇っているのである。
実戦で竹刀は通ずるか?
という疑問を読者諸兄もお持ちであろう。それに対しては、ノーを言わせていただく。もう結論を言ってしまおう、軽い木刀を持ってすれば真剣をも凌ぐのが剣道界の猛者どもなのだ。
いくら真剣だ実戦だへったくれだと言ったところで、ピッピッピッと小手を打たれては古流もなにも無いのである。
私が以前剣道家に勝利できたのは、王国の刃というステージだったせいに過ぎない。このステージが彼にとって、不利な場であった。ただそれだけが勝因なのだ。もしも私、もしくは古流の大家たちが面小手をつけて竹刀を持ち、剣道ルールで剣道に挑んだらどうなるか?
……ちょっと強いところなら、中学生にも負けるかもしれない。競技というのは公平なルールだ。だからフィジカルを鍛える。簡単に言うならば、古流は狡いから勝てると言っても過言ではない。
その競技者二人、さくらさんとヨーコさんが競技者としての凄味を見せつけてくれた。得物を手にした実戦派、ケンカ番長のセキトリとダイスケくんを後退させたのである。
「上等上等、その調子だ。」
私としても目尻を下げてしまう。
「どうだい姉ちゃん、今の呼吸、わかったかい?」
トヨムが実姉のライに訊く。
「ナマ言ってんじゃないよ、トヨム。姉ちゃんは姉ちゃんなんだぞ!」
妹の前で弱いところは見せられない。もさもさポニーテールのライは、スラリと斬馬刀を抜き放った。
「さすがは姉御、もうコツを掴んだんかい。俺はまだだからチクと見学させてもらうわい」
モンゴリアンは腰を下ろした。ライは「え!?」という顔。やはりただの見栄だったか。
「カァーーッ、仕っ方ないねぇ……秘中の一手だったけど、お披露目するかい!!」
そんな訳で、ライの秘技を拝見することになった。ライは土床の稽古場中央で、トントントーンと、軽くジャンプ。簡単なウォーミングアップを済ませた。
「で、どっちから来るんだい? それとも二人まとめて相手をしようか?」
ダイスケくんとセキトリは、顔を見合わせた。
「俺が行く」
ダイスケくんが出る。陸奥屋鬼組、ダイスケくん。その体格はプロレスラークラス。とにかくガタイがいい。そのくせ士郎さんに鍛えられているせいか、動きは素早く俊敏だ。チンチクリンのライと向かい合えば、大人と子供としか言いようがない。
「おう、レスラーのお兄ちゃんが出てきたかい」
「俺はレスラーなんかじゃないよ」
迫力満点、力を込めてメイスを構える。ライは斬馬刀を鞘に戻し、ジッとダイスケくんを見上げている。しかし、雰囲気はある。ヤル気だな、ライ。私も素直にそう感じた。
ヤルとなれば、居合か。斬馬刀はまだ腰に、鞘の内にあって静かだ。そして堂々とした立ち姿。というかライ、君は居合をモノにしたのか?
初期の頃、確かに私の居合を見様見真似で稽古していたかもしれない。それを続けただけで、モノにしたというのか、君は?
私の見立てが誤っているのか、正しいのか?
それはわからない。しかしライは平気な風でダイスケくんににじり寄っていく。いや、平気な風などではない。怨念のような気配をまといながら、地獄の釜から見上げるような目つきで、ダイスケくんへとにじり寄っている。
「よ、どしたいお兄ちゃん? アタシみたいな美少女は斬れないかい?」
アホタレ、言葉を発したせいで気が緩んだぞ。その隙を見逃すような、士郎さんの弟子ではない。メイス一閃、ライの頭をかち割った。
やはり……ただのハッタリだったか……。しかし着眼点は良い。原始的、かつチンピラ臭い発想ではあるが、気合いや気迫で相手の手数を止めようという発想は素晴らしい。
そしてその着想はモンゴリアンにも伝わったようだ。
「俺も試してみる……」
言葉少ないのは何もビビっているからではない。含み気合いというものがある。一刀流系統で用いられるものだ。声に出さぬ気合いと言おうか。「キエェェッ!」とか「チェストーーッ!!」とかいう声を出さない、静かな気合いである。
声に出す気合いが立ち合いの恐怖や敗北の恐怖、弱い自分を跳ね飛ばすものならば、声に出さぬ気合いというのは余計なことに気を取られぬ分だけ、集中力が増す。としておこう。とにかく、声に出さぬ分だけモンゴリアンは気迫に満ちていた。
対するセキトリも相撲経験者。小さく鋭く息を吐き出すことこそあれ、他武道のような声は発さない。一説にはこの気合いというもの、競技のとき審判に「攻撃を入れましたよ!」とアピールするため、という話もあるが、それはそれ。負けても死ぬことがないのだから、それも良かろう。
とにかく、セキトリ対モンゴリアン。山のような大男同士の激突だ。モンゴリアンの得物は手槍。突き技中心だが、打ち技もある。セキトリの得物はメイス。打撃武器だが突き技もある。その両者が切っ先を交え、睨み合った。
まるで相撲剣術だ。肉体の押し合いへし合いが、ではない。気迫の押し合いへし合いが、である。切っ先を交えたところから無駄なことは一切無し。気迫で押してくれば、気迫で押し返す。そんな攻防が繰り広げられている。
大人気格闘マンガの一シーンにおいて、殺気あふれる描写を背景がドロドロに歪ませるという表現がある。もしもあの表現を流用させていただけるなら、濃密な空気に歪められた背景が天気図の気圧配置のように、みっしりとお互いのエリアに侵入しようとしている。
あるいは手傷の侵入を防いでいる。そんな光景に見えるだろう。
「そうそう、アタシもこれがやりたかったのさ」
気楽にライは笑う。さすがトヨムの実姉、肝っ玉が座ってるというか。この重苦しい殺気のせめぎ合いも、屁のかっぱという雰囲気だ。
「そらそらセキトリ! 昨日今日入った新顔に、好き勝手させんじゃないぞ!!」
トヨムもトヨムだ。みんなが固唾をのんで見守る場面で、ひとり気勢を上げている。
「そ、それにしてもよ、サカモト先生」
私のことをサカモト先生と呼ぶのは、ナンブ・リュウゾウだけだ。
「あのモンゴリアンのデカブツ野郎、タダじゃねぇのな。セキトリの殺気を浴びても、全然怯まねぇじゃんか……」
うむ、場数を踏んでいるということだろう。
それは学生時代に経験した競技における場数。そして鬼将軍率いる企業『ミチノック・コーポレーション』における、社会人としての場数。セキトリは大学生と聞いたことがある。だとすればモンゴリアン・カーン、社会人としての場数の分だけ有利がある。
しかし、ギョロ目に口ひげ、コワモテのあごひげ。おまけに剃り上げた頭髪に弁髪を残したカーンが、スーツを着てネクタイを締めて、本当に企業戦士をやっているのだろうか?
正直言ってにわかには信じられない。
と、ここで土俵に賭けた若者の殺気が前に出た。そうだ、相撲取りというならば、前へ前へ。押さば押せ、引かば押せ。叩きこまれようとうっちゃられようと、とにかく前へ出るのが力士というものだ。しかしモンゴリアン・カーンも、さらに殺気で押し返す。まさに土俵中央がっぷり四つである。
そしてハッキヨイ! 両者気合い十分の中で、同時の突き技。それが相手の喉元へグサリと突き刺さる。……判定はっ!?
……機械判定の『王国の刃』としては大変に珍しい、両者相討ちという結果であった。どっとあふれるため息、そして惜しみなく注がれる万雷の拍手喝采。非公式の立ち合いではあったが、これは名勝負と言ってよかろう。
そしてモンゴリアン・カーンもまた、気迫で敵を止めるということを身につけたようだ。
「うむうむ、さくらさんとヨーコさんは牽制で敵を止める。カーンとらいは気迫で敵を止めることを覚えたようだな」
ただ一度の稽古でそれをモノにできたというのは、競技の下地と生まれつきのファイターという下地があったからだろう。
「これでもう、フィー先生たちも好き放題にはやれないかもな」
「若いコたちって、本当に物覚えが早いんですよねぇ」
婆くさいことを、フィー先生は言う。身長と体型、鼻の低い平べったい童顔。どこからどう見ても小学校高学年か、ピカピカの中学一年生くらいにしか見えない彼女が言うのだ。違和感しか感じられない。
そしてそれでいて、薙刀を握らせればプロ選手たちをキリキリ舞いさせる実力なのだから、女というのは魔性である。
「ではリュウ先生、大兵器四人の稽古はおおむねこれくらいということで?」
カエデさんが訊いてきた。
「そうだね、あとは四人で持ち前の技術を練り合ったりして、質の向上を計るといいだろう」
……となれば問題は? ヒカルさんは日本刀、モヒカンは両手に手斧で睨み合っていた。
まずはモヒカンの逆水平チョップ、もちろんトマホークを使ってだ。ヒカルさん、刀を立ててこれを棟でうける。側頭部狙いの一撃だった。
が、モヒカンはトマホークを絡めてヒカルさんの刀をお辞儀させた。無防備なヒカルさんの脳天へと、もう一方のトマホークを振り下ろす。
しかしヒカルさん、刃を上に向けてこれを迎撃。小手狙いの斬り上げだ。
が、何故かここで人間知恵の輪が出来上がってしまう。……なんでそうなるの?私の気分はコント55号であった。