なかよしオッサン二人組
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「そろそろどうですか、リュウ先生?」
ゲーム『王国の刃』は中世ヨーロッパ風な世界設定。しかしそんな中で堂々と和風の気配を撒き散らす店舗。茶房『葵』。
私と士郎先生は、そこのテーブル席で差し向かい、一服の茶を喫していた。
「そろそろとは、どういうことでしょう? 士郎先生?」
私はすっとぼけた。まだトヨム小隊は工事中だ。おいそれと他に当たらせることはできない。もっとも、私のおメガネに叶うようになるには何年も修行が必要だ。だからある程度に来れば、出稽古もしたいと思ってはいる。
「ヘッ、おとぼけ。そろそろ出稽古に来たってバチは当たらねぇってんだよ」
「まだか早いっつってんだろ」
士郎先生の口調に、釣られてしまう。
「早いってお前ぇ、いつになったら満足なのよ? まさか師匠面して、いつまでも『足らん』とか言うんじゃねぇだろうな?」
「……かわいい子供たちだ」
「気持ちはわかるけどよ、リュウ先生。あいつらアンタが思っている以上にタフで熱心だぜ?」
「士郎先生、アンタは我が子をこのゲームに出してんだよな? どんな心境なんだよ?」
「リュウ先生、ホント言うとアンタと同じ心境さ。毎回ドキドキハラハラ、生きた心地がしねぇよ」
「本当かよ? ユキさんもキョウちゃんも、よく出来てるだろ?」
「キョウちゃん? 誰だそれは?」
「なにコキやがる、お前の倅だろうよ!」
「いや、ウチは娘一人なのだが」
「ウソつけ! 俺はリアルで調べたぞ、草薙一党流! お前息子いるだろうが!」
「……チッ」
「舌打ちすんな、クサナギ」
「どうにも出来の悪い息子なんだよな」
「男親から見れば息子なんてそんなモンさ」
「どうにも武張りすぎでな、理合いなんぞそっちのけよ」
「覚えがある。面映い気持ちだ。逆に男の子はそれくらいでいいだろ? 刀剣を手にしておきながら血湧き肉躍らぬ奴など、男の数には入らない」
人権団体に聞かれたら公務員の職を失いそうな発言だ。
「だが、頑張りすぎだ」
「あまり言わんでくれ、私にも苦い記憶がある」
「リュウさん、アンタ自分で力みが消えたと実感したのはいつでぇ?」
「俺は阿呆だからな、三十代ではダメだった。ホントに昨日今日の話さ」
「ウチの阿呆息子だったらリュウ先生の年ンなってもダメだろうなぁ」
いつまでも息子の愚痴、という訳にもいくまい。話題を変えることにする。
「そういえばフィーさん、フィー先生ですか? その辺りの話でいくと、彼女が一番力が抜けているようですが?」
「彼女はいいね。武張ったところがひとつもない。薙刀の上手なんだけど、非常に素直な性格だ」
「やはり士郎先生のところでも女子というのは?」
「覚えがいいね。女子ってのはそういうとこがあるだろ? 素直に物事を受け入れて、変に斬ってやろう斃してやろうが無いから、技が素直だ」
「ウチでそういうのは、シャルローネさんかな? 彼女も戦うというより、ファイトを楽しんでいるところがある」
「意外とそういうのが伸びるんだ」
「意味もよくわからずに技を吸収していく」
「悪い言い方すれば、殺人技術なんだけどよ」
「それでも吸い取ってしまう」
「本人からすれば、キャー格好いい♪ ってだけの感覚なんだろうね」
「演武のための稽古くらいにしか考えていない」
「そういえばリュウ先生、演武のための古流もずいぶんと増えましたねぇ」
「不穏な発言させたいンですかな、士郎先生?」
「いやいや、平時においては、それでいいんだろうな、と」
「それでも乱世を忘れるな、って?」
「その乱時でももう出番が無いのが、古武道だ」
「だけど死んではいない。いまだにいやらしく心臓を動かしている」
士郎先生がカラカラと笑い出す。
「やっぱりアンタ、コッチ側の人間だ!」
「人を『畳のうえでは死ねない』みたいに言うんじゃないよ」
「古武道がまだ生きているなんて言う奴は畳のうえでは死ねんさ。どうせ道場でも、そんな稽古してんだろ?」
「ずいぶん悩んだんだぜ。こう見えても」
「それでたどり着いたのが『王国の刃』なんだ?」
「もう古武道の出番なんて、こんな場所しか無いだろうからな」
「ところがどっこい、リュウさんや」
「ホイ、なんだね士郎さん?」
「ウチの大将は、そうは思っていないんだ」
士郎先生が親指を立てる。鬼将軍のことだ。
「我らヒノモトの男、益荒男の誇りは尺余の筒に非ず! 腰間の剣にあり! ンなこと本気で考えてんだぜ」
「マジかよ?」
「これが大マジだから困る。実を言えばやっこさん、大手企業の総帥というヤツなんだが、俺の道場は奴の資金提供を受けている。日本文化の維持とかなんとかいう名目でな」
「となると、腕力が必要なときには?」
「それこそもうそんな時代じゃないさ。奴は純粋に刀剣文化を守るパトロンのつもりでいる」
「羨ましく……は無いな。あれと付き合うのは面倒くさそうだ。それに私は公務員だ、民間人から金銭を受け取ることはできん」
「定年退職して金銭に困ることがあれば、いつでも言って来い、とはホザいてたな。おめでとう、リュウさん。あれに認められるってことは一人前のロクでなしってことだ」
「こんなつまらない公務員がかい? 冗談はヨシ子さんだぜ」
「人格って点ならまともな奴もいないと集団は維持できない。陸奥屋一党、怪人の集団ではあるがリュウ先生のような因子も必要だ。そして技術面で行くならば、無双流という術のイヤラシイ生生しさが鬼将軍を魅了する」
「それは私が悪いのではない。私の師匠から授かったものをそのまま残しているだけだ」
「俺だってそうさ、先代からの技をそのまま引き継いでいる。だから生生しく『昭和』が薫ってくるのさ」
平成だけで三〇年。昭和天皇の崩御やらなんやらが、随分と遠く感じられる。大喪の礼という儀式があったようだが、当時小学生だった私は訳もわからず「体操の礼」などと子供らしい駄洒落を言ってはしゃいでいたものだ。
そんな「記憶にも定かではない『昭和』」なのに、私がそのにおいを撒き散らしているというのか?
そんな遠い時代、『昭和』こそが、よもや日本が日本らしかった時代などと言い出すのではないだろうな? あの鬼将軍という男!
私たち、平成の記憶で生きている者にとって昭和という時代は、ほとんど縁もゆかりもない時代なんだぞ。なんと迷惑な男か、鬼将軍。考え方が偏っているにもほどがある。そのうち世界中から危険人物指定されるぞ、あの男!
……嫌な考えが頭をよぎった。世界中から危険人物指定された途端、急に生き生きとしてマントを翻し、「ようやく世界が私に追いついたか!」などと大喜びするのではないか、と。
「シボんでしまいましたな、リュウ先生」
「ちょっと、嫌な考えにいたりましてね。士郎先生……」
「ともあれ、ウチの連中もトヨム小隊には期待しているので、たまには出稽古に来てもらいたいのだ」
「そうだな、まだまだ不満足な出来だが、若者には刺激が必要だろうからね。近々のうちにまたお邪魔するよ」
中年になって、迷いや悩みが無くなる訳ではない。むしろ「迷わず征けよ」と命の煌めきにまかせて、一歩を踏み出していた若い頃が羨ましく感じるときもある。様々なものを背負い込んでしまって、身動きが取れないときもある。
しかしこうして、気兼ねなく語り合える者がいるというのは、とても良いことだ。
そんな同胞、仲間がいるだけで『人生勝ち越し』なのかもしれない。
いいね、『人生勝ち越し』って言葉。とある劇画で、新選組局長近藤勇が最期を迎えるときに遠くにある友、土方歳三に呟いた言葉だ。そんな言葉を吐けるのは、それだけ感謝の心を持つことができるからだ。
人生勝ち越し。やはり人はそうありたいものだ。去ってゆく士郎先生の背中を眺めながら、私は彼に言葉を贈る。
「ここ、俺のオゴリかよ……」




