食うか食われるか
リュウ視点。
群衆雪崩の影響が、私にまで及んできた。だから私も敵の手槍を巻いて、お返しとばかりヒロさんに向けて群衆雪崩を起こしてやった。
「その様子では、まだまだ元気なようですな、ヒロさん!」
「リュウさんかい、カエデさんの指示で来られましたかな?」
「あぁ、しかしそれだけ元気なら苦労して、ひとの海を漕いできた甲斐がありませんなぁ」
「そうでもない、娘っ子どもめ、猪口才にも連携を取ってくるものだからどうにもやりにくい!」
「では少しお手伝いしますかな?」
「頼みたい!」
承知、とまずは白樺兵を三人四人と放り投げる。そして二人を死人部屋へと送り、その後ろにいる兵士に肩から体当たり。ただの体当たりではない、インパクトからのフォロースルーに重きをなす、発勁……いわゆる暗勁と呼んで差し支えなさそうな体当たりであった。
ちなみにではあるが、技術の似通った柳生心眼流と台湾八極拳の達人同士が座談会をした記事を拝見したことがあるが、このふたつの流派では股関節の使い方が異なるそうだ。それを考えれば私の体当たり、なんちゃって暗勁にすぎないのかもしれない。
ともあれ、私はこの体当たりを連発する。読者諸兄にとって興味深い技術かもしれないが、私は敵の手槍に対して体当たりを狙っていた。
抱えた手槍が隣りの兵士をも押し倒してくれるなら、一度に二人を体当たりの餌食にできて、その後方に控えた兵士たちも、より数多くダメージを入れることができるからだ。
カエデ視点。
ヨシッ!フジオカ先生に向かった勢力、まずはガッチリ受け止めた。ここで敵の白樺軍は勢いを失っている!
「どうかね同志カエデ? いや、高級参謀。本日の立ち上がりは」
鬼将軍が訊いてきた。私は胸を張って答える。
「リュウ先生の応援が間に合い、白樺軍の勢いを止めることに成功しました!」
「ふむ、それでは参謀長。士郎先生と緑柳師範に一報を。……次は先生方が狙われる、とね」
なによそれ、私がリュウ先生を派遣したのが面白くないっての? ……って、えぇっ!? 後続の白樺軍が、もうすでに士郎先生に殺到してるっ!!
「閣下、すでに士郎先生と鬼組は敵に囲まれてますので、マヨウンジャーへの警告に切り替えますが、よろしいですか?」
「よしなに」
つまり、状況はこう。フジオカ先生に殺到した敵は、リュウ先生とフジオカ先生のタッグ。そして鬼神館柔道の若手たちによって侵入を阻止されてしまった。だけど狙いを士郎先生たちに変更。リュウ先生不在のトヨム小隊と鬼組に群がってるところ。しかも鬼将軍はもう一手先、次は緑柳師範を護衛するマヨウンジャーに刃が向くと読んでいた。これは、マズいわね。最前線ネームドプレイヤーたちの中で、マヨウンジャーが一番のウィークポイントなのだ。復帰はしているものの、一度リーダーのマミヤさんが戦死している。緑柳師範に兵力を割いて、残りの手勢でマヨウンジャーを一人ひとり撃破されたら?うん、これは確かにマズい状況ね。
「マヨウンジャー、コリン撤退。さらにホロホロ撤退!」
マップを睨むヤハラ参謀長が、厳しい現状を報告する。
「アキラくん、ベルキラさん、ここは踏ん張って!」
思わず声が大きくなる。だけど憎ったらしい鬼将軍は、それ見たことかと言わんばかりの視線を向けてくる。
「どうかね? 虎の牙が私の喉元に迫っている、その意味を実感できただろ?」
「まだ大丈夫です、総裁! 槍組からニ名、欠員を補充します!」
「同志マミヤ、また囲まれました!」
ヤハラさん、あんまりイヤな実況しないでよ。だけど私のマップにはマミヤさんを救助する動きが。緑柳師範だ。マミヤさんを取り囲む敵兵が次々と高速移動させられてる。きっと投げ技で敵を排除してくれてんだわ。こうしたチート能力者に頼るのは軍師として情けないけど、今は頼らせていただこう。あぁっ、今度はウチの小隊長が囲まれてるっ!!どうしよう、頼みのリュウ先生は鬼神館柔道に貼り付きだし。なによりも今、小隊は四人しかいないっ!!
「……抜刀隊、抜刀隊。トヨム小隊長が敵に囲まれた。至急救助されたし」
参謀長、ナイス! 上手いタイミングで救助要請してくれたわ。……っとにもう、これだから狼牙棒部隊を使えって言ったのに。ウチの大将ときたら!
リュウ視点。
どうやら我が軍のネームドプレイヤーたちにも、損害が出そうな雰囲気だ。カエデさんも無線で危機を発し続けている。
「そんな訳ですからヒロさん、私は自分の持ち場に帰りますわ」
「おかげで助かりましたよ、何かありましたらすぐに呼んでください」
「次に何かありましたら、それは相当ヤバイ事態かもしれませんなぁ」
そのように言って、持ち場へと帰る。当然来る敵来る敵、投げ技で放ったり群衆雪崩で飲み込んだりしながらだ。そして小隊メンバーが見えてきたところで、群衆雪崩を一気に加速する。少しでも彼らが生き残りやすいようにだ。
「ひやあぁぁあ、リュ、リュウ先生! お助けを〜〜っ!」
情けない声の主は、マミさんだった。三方に敵が揃い、囲まれている。マミさんを取り囲む敵兵に、白樺兵を投げ技で放ってやる。空から降ってきた人間爆弾に、包囲陣は崩壊。マミさんも危機を脱することができた。
「なんだい!? ダンナが帰ってきたのかい? ヨッシ、押された分だけはやり返すぞ!」
有利となれば現金なものだ、トヨムが張り切った無線を入れてくる。白樺兵しか見えない一角で、派手な演出のフラッシュが連発した。人間が垂直に打ち上げられる。おそらくトヨムのアッパーが、白樺兵を打ち上げているのだろう。
生徒会長視点。
あぁっ、鬼神館柔道へ向けた手勢が止められたっ!
少人数でも達人先生を取り囲み、確実に仕留められる作戦だったのに。しかもリュウ先生が応援に駆けつけてきて、おかげで鬼神館柔道へ向けた人数は半分以上やられてしまったわ。
やられた……といっても死人部屋送りじゃないの。手足を砕かれ挫かれた負傷兵の山。つまり回収に人数を割かれ、回復までにロスタイムが生じてしまうという有り様。だけどイッちゃんはすぐさま攻撃目標を変更、寄りにもよって緑柳師範の元へ攻め込ませる。
これは無謀じゃないかしら?
そう思っていたんだけれど、意外な効果が。ネームドクラスじゃないけれど、マヨウンジャーのプレイヤーを一人またひとりと撤退に追い込んでいた。……効果はあるのね、この作戦。するとイッちゃん、今度は攻撃よりも負傷者回収に作戦変更。
「あまり戦力外を出すと、作戦行動に支障をきたします。ここは一度、回復に努めましょう」
だけど……攻撃の手をゆるめると……。
「陸奥屋一党、前進してきました! ネームドだけじゃありません、総攻撃です!!」
書紀ちゃんが状況を伝えてくれる。
「そんな報告、いま聞きたくなかったわね……」
「まったく、イヤな報告です。……総員防御陣形。敵の攻撃を阻止してください。手空きは総掛かりで負傷者を回収! まだ勝負を終わらせたりしないわよ!!」
死闘だね、うん死闘だ。私たちには譲れないものがある。そして陸奥屋にも負けられない理由がある。両者が顔を合わせたなら、それはもう戦争にしかならない。負傷者回収に全力を尽くしたおかげで、どうにか人数を六〇〇にまで回復できた。
そこでイッちゃんは後退命令。一度兵をまとめるというかたち。もちろんそこでも損害が出て、現在の兵力は五五〇。
「さて、秘策が敗れたけど……どうする?」
「諦めますか、会長なら?」
「まさか、マヨウンジャーから死人部屋送りが出たのよ。つまり、ネームドプレイヤーたちに人数をぶつければ、確実に穴は開いて脇も開くってモンじゃない」
「では、会長から一言どうぞ」
そうね、指揮官からの檄は、ここでこそ必要よね。
「みんな、決死の回収ありがとう。おかげでここまで人数を回復できたわ。もう一度総攻撃、今度は達人先生を狙うんじゃなくって、ネームドプレイヤーたちにお見舞いするわよ。さっきの突撃では、マヨウンジャーメンバーを死人部屋へ送ることに成功したわ。私たちが人間なら、ネームドたちも人間!
達人先生だって同じ人間よ、神さまじゃないわ! さあ、もうひと押し! がんばりましょう!」
カエデ視点。
う〜〜ん、と唸ってしまう。どうやら白樺軍は四先生方ではなく、ネームドプレイヤーたちに狙いを変えたみたいね。確かに、ネームドプレイヤーたちならば包囲戦法で討ち取ることは可能だろう。だけどネームドプレイヤーたちは、勝利条件のなかには入っていない。死人部屋送りになれば復活してくるだけだし、正直言うとこの作戦に私は意味を見いだせない。
効率を考えたら、今まで通りに先生かたちに集中攻撃した方がよほど可能性も高い。この期に及んで、なぜネームドプレイヤーたちならば狙うのか?……答えはひとつ、これは鬼将軍の首を狙ってのことね。
「現在白樺軍の攻撃はネームドプレイヤーに集中、前衛を抜いて総裁に迫るつもりのようです!」
「一軍前進、その隙に二軍は二陣の位置まで後退。敵の突入に備えよ」
つまり先生方とネームドプレイヤーたちの馬力で力押し、そのまでに二軍は防御陣地を作るっていう荒業。とてもじゃないけど、ウチの連合じゃなきゃできないような力技だわ。もう策も何も無い、ゴリラが腕力にモノを言わせて勝つか。チンパンジーが数で圧倒するか。そんな戦いに思えてきた。
「マヨウンジャー、マミヤさん撤退。コリン、ホロホロ、モモさん撤退!」
「すぐに欠員を補充してください」
ヤハラ参謀長の指示は、憎いくらいに冷静で的確だ。しかし……。
「鬼神館柔道、村松さん撤退! 鬼組キョウさん、ダイスケさん撤退!」
ネームドプレイヤーたちが、食い破られてゆく。
「第二軍、合戦準備! 敵兵の侵入を確認したら、令なくして突撃してください!」
いよいよ、決戦か……。