三日目、白樺軍の初手
リュウ視点。
経験が浅く、白樺軍と交戦していない若い兵士たちがザワめいた。総裁鬼将軍が、たかが女子高生の集団としか思えない白樺軍を、白い若虎と称したからだ。
それほどまでに強敵なのか、白樺女子軍。
「そりゃあ半年に渡って先生方にシゴかれてたんだ。強いってんなら強いだろうさ」
そんな声も聞こえてきた。
「いよいよ来たぞ、諸君」
鬼将軍は言葉をつづけた。
「白い若虎の群れはいよいよ窮してきた。いままさに、この私を食い殺そうとその牙を剥いてきたのだよ」
なるほど、敵軍七〇〇のうち、二〇〇は戦闘不能に追い込んだ。だから残り五〇〇の敵勢を、油断ならぬと言うのか。明日は開幕一番の攻撃から、最大級の危機迫るというのだな?
わかっているではないか、鬼将軍。
二日目終了間際、損害を出してまで兵士を撤退させた白樺女子。残り一日に備えての撤退。つまり、総攻撃がくる!
「それでしたら総裁、今この時こそ狼牙棒部隊を編成するべきではないでしょうか?」
ふむ、と鬼将軍は瞑目。そして刮目してのひと声。
「ならぬ! 断じてならぬ!! 敵が必死必殺で来てくれるというのに、目の前の勝ち欲しさの策謀など、私にはできぬ!
それを通しては男子が立たぬではないかっ!! 敵が力押しの押し相撲でくるならば、我ら陸奥屋は堂々の横綱相撲っ!! それこそが陸奥屋なのだっ!」
そうだ、戦さは数でも策でもない。気合いなのだ!
「かくすれば、かくなるものと知りながら……」
鬼将軍は詠む。続く下の句は、ご存知の通り『とどめおかまし、大和魂』である。しかし下の句まで詠むことなく、鬼将軍は問いかけてきた。
「わかるかね、諸君。陸奥屋……我々は一体、何者だったかな?」
「……挑戦者です」
恥じ入るように、誰かが答えた。
「そう、陸奥屋は常に挑戦者でなければならない。過去に積み重ねた白星、これにアグラをかいてふんぞり返っていてはならないのだ。諸君、この愚将とともに挑んではくれまいか。最強の敵、白樺軍に」
「「「ラッセーーラーーッ!!」」」
「我が喉元には敵の白刃迫りあり! 明日は総力で、これを打ち払うのだっ!! ハーーッハッハッハッ、私の名は鬼将軍っ!
陸奥屋まほろば連合の総裁だーーっ!!」
きた、ここで見せてくれる。あの黒マントを翻して、鬼将軍は立ち上がった。それは普段冷静なヤハラ参謀長でさえ、拍手を惜しまぬ華やかな大見得だった。
……高級参謀のカエデさんは、イヤそうな顔を隠さなかったが。
明日の開幕一番、陣形を変更することとなったのは、余談である。
最後尾は主君天宮緋影を擁するチーム『まほろば』。その前に本店メンバーが護る、総裁鬼将軍。それまで鬼将軍の近々に屯ろしていた若手チーム、中堅メンバーたち、すべて前線へと押し上げた形である。
そしてそれを発表した高級参謀のカエデさんは、心底イヤそうな顔である。
当然だろう、攻撃ガン振り防御紙。策の欠片も感じられない陣形なのだから。……ふと、映画『沖縄決戦』を思い出す。巧みにデスゾーンを構築していながら、陸軍の悪癖により総攻撃に出てしまい要塞の維持すらままならなくなる帝国陸軍。
デスゾーンさえ維持できていれば、あわやというものを……。それを捨てなければならなかった主人公の心情を、カエデさんはリアルタイムで感じ取っているに違いない。さまざまな思惑もあろうが、とにかく三日目がやってきた。
開幕の銅鑼が鳴り響き、陸奥屋は陣形を整える。……風だ。このゲーム世界、このイベントではあまり意味の無い風を感じていた。目の前には、自分たちの陣地へ還ろうと蠢いている、負傷者たちが累々と……。
『なあ、リュウさんや』
二人だけの回線で、士郎さんが話しかけてくる。
『どうしましたかな、士郎さんや?』
しばし、言葉が途切れる。
『俺たちは、強いよな?』
『あぁ、私たちは強い。べら棒というくらいに、強い』
だからこの一戦、勝つしか無いのだ。
『気をつけろよ、リュウさん』
なんだ、草薙士郎ともあろう者が。
『戦場に、絶対は無い』
『心しておこう』
通話は、それっきりになった。
そして、来た。白樺女子が迫ってきたのだ。その殺気が、まるで私ひとりにのしかかっているような気にさせてくれる。そんな殺気であった。
「陸奥屋一党、これより総攻撃に移る!!」
鬼将軍の声だ。そして白樺軍はまだ槍を構えていない。そこへ号令が下された。
「全軍っ、突撃ーーっ!!」
声をあげて駆ける。私も腰の木刀を抜いた。スルスルと先頭に立ったのは、我らが小隊長のトヨムである。白樺軍も槍を構え、遅れて突っ込んできた。
「なんてことすんのよ、バカーーッ!!」
カエデさんの声が、無線で届いてきた。
「せっかくのたうってた敵の負傷兵、踏み潰されて全員死人部屋送りになったじゃないーーっ! 敵の数が揃っちゃうわよっ!!」
「面白い、この鬼将軍が相手だっ!! 総力でかかってこい、白樺軍っ!!」
そうか、考えてもみれば負傷者を踏み潰せば死人部屋送りになるだな……。ならば、狩り放題だな。思わず笑みがこぼれてしまった。
生徒会長視点。
いきなり来たっ、陸奥屋一党軍が! これまでは陣地防衛に専念していたのに、最終日にきて初手からの全軍突撃。
「軍師のヤハラさんやカエデさんは、こうしたお茶目もするんですね」
第一副会長のイッちゃんがもらす。
「言ってる場合じゃないわよ、こちらも突撃、突撃よっ!!」
私の指揮に、イッちゃんは全体号令。四号作戦の指示を出す。これは達人先生にナンバーを振って、そこへ戦力を集中する作戦。四号はフジオカ先生のことなんだけど、ここはあまり気が進まない。
護衛の鬼神館柔道が強いというのが、理由のひとつ。もうひとつの理由は、柔道家の集団だけあって、キルよりも負傷者が出やすいこと。ここへ来ての負傷者量産って、嬉しくないじゃない?
だけど白樺軍兵士たちは、向かって左側。フジオカ先生と鬼神館柔道に殺到していく。だけど今回の突撃は、これまでとはちょっとだけ違っていたりする。
達人先生に当たる小隊は、正面からが二個小隊。横に回るのと背後を取る小隊を一個ずつ。さらには護衛のネームドプレイヤーたちを邪魔する小隊、と各小隊に役割分担したのね。
「そんな手があるなら、初日から出せば良かったのに」
と口をとがらせたのが、昨日のミーティング。
「こうした手は初日から出していては通じません。騙して騙して、ここぞというときに打つから効果的なんです」と言ったのは昨夜のイッちゃん。さて、その効果はいかに?
リュウ視点。
カエデさんから悲鳴のような指示が飛んできた。
「リュウ先生、今すぐフジオカ先生の救出に向かってくださいっ!! なんとかしてーーっ!」
エマージェンシーか!? まさかヒロさんほどの武人が。
「わかった、すぐ行く!」
通信終了、しかし、そうは言ったものの私も囲まれていた。手槍の間合いを活かして、微妙な距離を作られていた。チョンと挑発するような攻撃を見せては、すぐに後退。さらに後退で間を保たれていた。
しかしここは、四の五の言っている場合ではなかった。ゴリ押ししてでもヒロさんの元へとゆかねばならぬ。向かって右側のひとりを討ち斃した。そこを突破口とする!
しかし敵の包囲は十重二十重。すぐに補充の兵が現れて私の邪魔をする。
これとその隣りの兵も討ち斃す。人の波が濃すぎて、漕いで歩いているような塩梅だ。
「邪魔をするなーーっ!!」
柳心無双流、怒りの太刀。木刀とテコの原理で邪魔者を片っ端から跳ね飛ばす。脇を守ってくれるはずのトヨム、セキトリはすでに人の波に押されて、引き離されてしまっていた。
だから私は、自力で群衆を突破しなくてはならなかった。
なるほどこれは厄介だ。白樺兵も三日目に来てようやく、人数を有効に使うことができた、ということか。
さらに有効な使い方を考察するなら、正面と横側に人数を配置しておく。それを処理している間に、バックへ回り込み襲いかかることである。このイベントに際して、一度や二度、私もそれを口にしているはずだ。いよいよその『マズい手』が出てきたか……。
ではそれに対応するには?
私は突いてくる敵の手槍を巻いた。そのまま崩し技に入る。横にいた敵、後方に控えている敵を次々と崩してゆく。このようにして、一度の攻撃で複数の敵を始末する。それこそが最良の手と考える。そしてヒロさんに近づくにつれ、上から人が降ってくるようになった。
剣を手にしていても柔道家、さすがヒロさん。白樺兵を投げ飛ばし、負傷者撤退者を雪だるま式に生んでいる。
そしていよいよ、白い柔道着の巨漢を目にする頃には、ヒロさんの周りで将棋倒しや群衆雪崩が発生しているのが見えた。将棋倒しは読者諸兄もご存知だろうが、群衆雪崩はあまり耳にしたことは無いであろう。
将棋倒しというのは、縦一列に転倒や押し倒しが発生する事故。群衆雪崩はひとりの転倒をスタートに、扇状の押し倒しが発生する事故である。当然将棋倒しに比べると負傷者の数で段違いの結果となりやすい。